ビューワー設定

文字サイズ

フォント

背景色

組み方向

目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode82

悪役令嬢、魔王とのラストバトルに挑む。

 つい気取って「今夜は震えて眠れ」なんて言ってみたけど、夜まで待つ気なんかない。

 前述の通り、魔王アホーボーンは闇魔法を極めたという伝説の魔王の一族に連なる者であり、闇魔法は夜にこそ真価を発揮するのだから、わざわざ相手の有利になるように行動するほど、ワタクシはお人好しではない。

 現在、推測するに当方が断然有利。ならば、このまま一気にトドメを刺して差し上げるのがプロの仕事というものだ。


 というわけで、ここは魔王城の最奥部。ひと際豪奢に彩られた回廊に、くすんでいるがおそらくは純金製の扉。この先に魔王アホーボーンがいるのは十中八九、間違いない。

 冷静沈着をもって知られるワタクシではあるが、ラストバトルを目前に控えてさすがに胸の高まりを抑えきれずにいる。歴代勇者たちも同じ心境だったのだろうか。

 まさか地獄に堕ちた後に、伝説の勇者たちのように魔王退治をすることになるとは夢にも思わなかった。あの世は摩訶不思議、でっかいアドベンチャーだった。


 魔王を退治したあかつきには、公爵令嬢エトランジュから勇者エトランジュへクラスチェンジだ。

 これまで暗黒の魔女とか、闇の聖女とか、最強最恐最凶の究極の人間兵器とか、ロクでもない二つ名しかなかったが、ようやく晴れてワタクシに相応しい二つ名を戴くことができる。

 天国のお父様とお母様も喜んでくださるだろう。


 振り返ってみると、仲間たちがまっすぐな瞳でワタクシを見つめている。迷いなく澄んだ瞳だ。この仲間たちがいたから、ここまで来られたのだ。

 ありがとう。

 心の中で彼らへ感謝する。


「さあ、皆さん。いざ、魔王退治の時間ですわよ」


 そして、ぐっと扉を押し開ける。

 ん……。

 あれ? 開かない。

 ふんぬっ!!

 ……重くてビクともしない。


「……おっほん。クック、アリア。開けてくださらないかしら」


 力自慢の二人に扉を開ける役目を譲る。

 クックとアリアは苦笑しながらも黙って引き受けてくれる。

 これは適材適所。か弱く可憐なワタクシの細腕でこんな大きくて分厚い扉を開けることに、そもそも無理があったのだ。

 これは適材適所、適材適所。何ら恥じるところはない。

 たぶん今、ワタクシの顔は真っ赤だと思うが、それを指摘する命知らずがこの場にいなかったことは、魔王戦を前に戦力を減らす結果を招かずに済んで幸いと言えよう。


 扉を開けると、そこは静謐が支配する謁見の間。上座に位置する玉座から物憂げに頬杖を付いてワタクシたちを見下ろしている男は、魔王の称号に相応しい風格と魔力をまとっている。

 ゴクリ。

 背後から仲間の誰かが、その迫力と緊張に耐え切れずに唾を飲み込んだ音が聞こえる。

 この場を支配する静謐は仮初のもの。嵐の前の静けさというやつだ。ひとたび戦いが始まれば、それは大きなうねりとなり、誰一人として傍観者の立場は許されない、前人未到、驚天動地、天下無双のラストバトルに巻き込まれることになる。緊張するのも無理はない。


 魔王アホーボーンがゆっくりと気だるそうに立ち上がる。

 そして、一歩また一歩と玉座からの階段を下りてゆく。それはラストバトルへの秒読みであった。


「人間の身で、よくぞここまで来た。褒めてやろう」


 人の上に立つことが生まれた瞬間から決まっている者だけが持つ気高いたたずまい。静かな声の中に凛としたものを感じる。

 想像していたよりも随分と若い。見た目だけなら、ワタクシやジュエルとそう変わらない年頃に見える。

 魔族の象徴たる角と漆黒とまではいないまでも限りなく黒に近い色の髪。

 生まれついての魔王。それが魔王アホーボーンに対する第一印象だった。しかし、それはものの数秒でひっくり返ることになった。


「俺様の家来になると誓うなら、地獄の半分をお前にやろう」


「え……?」


 俺様……。人間世界では王や第一王子でも口にしなかった一人称。

 殿方は中等部2年生ぐらいの時期ときに自身が最強であるとか、「自分は特別な能力を秘めている」という根拠のない思い込みのもと根拠のない万能感に身をゆだね、立ち振る舞う病を患うらしい。仮にその病を患っているにせよ、彼はとっくにその年齢は超えているように見える。健全な男子であれば黒歴史としてその思い出を封印するものだと聞くが、もしかすると彼は相当こじらせているのかもしれない。

 だが、それよりも、もっと大きな問題がある。


 《魔王の家来になりますか》

  ・はい

  ・いいえ


 突如として突き付けられた選択肢。

 叔母夫婦あたりなら「はい喜んで」と即答で家来になるところだろうが、ワタクシはエトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢。魔王ごときの軍門に下る気はない。

 第一、この謁見の間には我が地獄の軍団以外は魔王アホーボーンしかいない。

 つまり、ワタクシたちの圧倒的優勢であり、魔王一人を寄ってたかってボコボコにできるチャンスなわけだ。そんな状況の中、家来になる見返りが、たったの地獄の半分ではお話しにならない。


「貴方の家来になるつもりなんて毛頭ございませんし、どうせ地獄をいただくなら半分とは言わず、貴方をブチのめして差し上げたあとに、領地も財産も全部まるっとワタクシのものにさせていただきますわ」


「なっ!?」


 一瞬たじろぐも、すぐさま魔王としての威厳を取り戻そうと姿勢を正す魔王アホーボーン。


「……なっはっはっはっ!! 人間の分際で威勢のいいことだ。よかろう。そんなに死にたいのなら、この魔王アホーボーン様が皆殺しにしてくれるわ!!」


 うんうん。

 魔王たる者、そうこなくては。

 皆殺し?

 できるものなら、やってごらんなさい。

 返り討ちにして差し上げますわ。


「さあ、ゲームをはじめよう」


 こうして魔王アホーボーンの厳かな声によって、ラストバトルの火ぶたが切って落とされたのであった。