エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode83
悪役令嬢、ゲームスタート。
「さあ、ゲームをはじめよう」
魔王アホーボーンの威厳と自信に満ちた声が謁見の間に響き渡る。
相手は魔王の称号を冠するラスボス。とはいえ、我が地獄の軍団は精鋭ぞろいの33名。
伝説の勇者はパーティーを組んで戦ったと聞くが、さすがの勇者もこれほどの数の仲間を引き連れていたわけではあるまい。
数の上では明らかに劣勢に立っているにもかかわらず、それでもなおこの戦いを「ゲーム」と呼ぶほどの余裕ぶり。さすがは魔王を名乗るだけのことはある。
「さて、ゲームの説明をしよう。この大型スクリーンに注目してくれ」
魔王が玉座に向かって振り返ると、そこには真っ黒の何も描かれていない額縁だけの絵が飾られている。
何事かといぶかしんでいると、驚いたことに真っ黒だったカンヴァスに絵が浮かび上がる。それだけではない。その絵がまるで生き物のように動いていて、しかもどこからか音楽まで聞こえてくるではないか。
「これは……」
何かの魔法……? それとも罠か?
「だからゲームだと言ったであろう」
やれやれ、と言いたげな様子でかぶりを振る。
何かムカつくなぁ、コイツ。
「地獄の魔王というのは、お前たち凡人の想像を遥かに超える重責と激務ゆえに超多忙でな……」
嘘つけ。人間界の罪状を右から左へ流して、手抜きをしているくせに。
おかげで罪のないワタクシやスイーティアが地獄に堕ちる羽目になった恨み、忘れてはいないぞ。
「その超多忙な魔王である俺様の唯一の心の安らぎがゲームなのである。ゲームと言ってもお前のような時代遅れの人間世界から来たやつが知っているトランプなどではないぞ。ゲーム開発の技術では最先端を独走している地球から取り寄せたコンピュータゲームだ」
コンピュータ。イグナシオが新兵器を開発するときにいつも使っているアレか。
ワタクシの生きていた世界では理外の理の代物ではあるが、イグナシオの生きていた世界では当たり前のように利用されていた機械であるらしい。
大雑把に説明するとメチャクチャ賢い自動計算機だそうだが、それがなぜ巨大ロボットや破壊兵器の開発に貢献しているのか、まったく理解できない。
「コンピュータゲームの魅力に魅了された俺様は、古今東西ありとあらゆるゲームを収集して遊びまくった。アクション、シューティング、RPG、シミュレーション、レース、パズル、アドベンチャー、リズム、脱衣麻雀、その他エトセトラエトセトラ、とにかくジャンルを問わずに片っ端から遊びまくった」
おい。魔王は超多忙じゃなかったのか。
っていうか脱衣麻雀って、なんぞ?
「遊べば遊ぶほどゲームの世界にのめり込んでいった俺様は、やがてゲームを遊ぶだけでは物足りなくなり、自分好みのゲームを作る決意をしたのだ」
で、そのゲーム作りに夢中になって地獄の魔王の仕事をサボっていたと。そのおかげでワタクシたちは冤罪で地獄に堕ちたというわけですか、そうですか。
ほら、ご覧なさい。ネコタローが怒りのあまりプルプルと震えているじゃありませんの。可愛いったらありゃしませんわ。
「そして、ついに完成したのがこの『スーパー地獄レーシングシューティング』!! 構想100年、製作期間100年の超大作だ。地獄には著作権とか関係ないから、好きなゲームのキャラクター素材を丸パクリしてきて地球では絶対に実現できないオールスターゲームにしてやった。さあ、このゲームを遊べることに心から感謝しながら、俺様と勝負しろ!!」
「お断りですわ」
「んななな!!?」
魔王からの挑戦状をバッサリと切り捨てる。
切り捨てられた魔王アホーボーンはまさか自信作での勝負を断られるとは思っていなかったらしく、魔王の威厳をかなぐり捨ててあたふたしている。
しかし、断るのは当然だ。数の殴り合いなら確実に有利なのに、わざわざ相手の得意分野で戦う必要など、どこにもない。
「ゲームで勝負しなくても、貴方をボコボコに袋叩きにしてにすれば、それで終了じゃありませんこと?」
「いやいやいや、待て待て待て。それはさすがに卑怯であろう。それに俺様は紳士だからな。暴力反対なのだ」
「紳士が聞いて呆れますわ。今までさんざん、か弱く可憐な乙女を相手に賞金首をかけるわ、大勢の悪魔を使って襲撃してくるわ、やりたい放題やってくださったじゃありませんの。それを何? ご自分が不利だからって卑怯者呼ばわりするなんて、魔王ともあろう者が恥ずかしいとは思わないのかしら」
「ぐぅ……! 言わせておけば、たかが人間の小娘が! やりたい放題やってきたのはお前のほうだろう! 地獄に堕ちたくせに地獄の刑罰を受けず! 我が配下である悪魔たちを次々と籠絡し! 地球の技術を悪用して大量破壊兵器まで開発し! そのくせ毎日優雅にスイーツ三昧とは不届き千万!!」
「あら? それの何が悪いのかしら? ワタクシはエトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢。場所が地獄だろうと、相手が魔王だろうと、思うがままに自由に行動させていただきますわ」
「ぐぬぬぬ……!」
ここまで歯ぎしりが聞こえてきそうなほど、悔しそうに歯を食いしばる魔王アホーボーン。
そんなかつての主を見かねてか、我が地獄の軍団の総参謀長エリトが「あのー、失礼ながら魔王様。うちのご主人様に口で勝とうとしても絶対に無理ですよ」とフォローになっていないフォローをする。
「ええいっ! かくなるうえは、ケルベロスよ!! 我が命に従い、その女――エトランジュを殺すのだ!!!!」