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エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode52

悪役令嬢、サキュバスの姫といざ尋常にタイマン勝負。

 突如として決定した一対一の大将戦に両陣営の家臣たちは戸惑いを隠せない様子だ。


「戦況は我々の圧倒的有利なのですから、わざわざ一騎打ちなどというリスクを負う必要はないでしょうに」


「わかってねえな、エリト。あれはエトランジュの男気だよ、男気」


「そうそう。おめえ、なかなか姐さんのことわかってんじゃねえか、ベロ」


「さっすがボクたちのご主人様だよね! その男気にしびれるぅぅぅ~♪」


 男気て……。

 これでも一応、可憐でか弱い乙女で通しているつもりなのですけれど。

 ワタクシの不満をよそに、ネコタロー、スイーティア、イグナシオが三人並んで両腕組んでふんぞり返ってドヤ顔している。あら可愛い。

 どうやら彼らはワタクシのとった行動がとっても誇らしいようだ。


 さて、と。正面からの一騎打ちなんて初めてのことだから、なんだか緊張しちゃいますわね。どうしたものかしら?


「あ、そんなところにメープルシロップとバターたっぷりのパンケーキが」


 と、アリアの足元を指さす。

 思わず、足元に目をやるアリア。

 その隙を突いて、WSCディフェンダーで銃撃する。


 ズギューン!


 見事命中。

 安心なさって、峰打ちですわ。

 ふふっ、勝った。

 こうしてワタクシは正々堂々、一対一の戦いに勝利したのであった。 完


 勝利の喜びを分かち合おうと振り返ってみると、ネコタロー、スイーティア、イグナシオが三人並んで情けなそうにうなだれている。

 あら? おかしいですわねえ。てっきりワタクシの華麗なる勝利に目をキラキラと輝かせているかと思ったのに。


「エトランジュちゃんってば、いざ尋常に勝負とか言いながら不意打ちって……」


「悪魔のスーたちですら、ドン引きなのでスー」


 悪魔にドン引きされてしまった。

 ちゃんと尋常に勝負して、見事勝利を収めたのに一体何がいけなかったというのだろうか。誰か教えてくださらない?


「ふんぬ!!」


 しっかり一発で討ち取ったはずのサキュバスの姫アリアは、なぜか元気溌剌。むしろ怒りでパワーアップしたように見受ける。

 彼女の分厚い肉の壁にめり込んだ弾丸がポロリとこぼれ落ちる。どてっ腹に風穴が開くどころか、まったくの無傷。肌艶もよくプルンと湯上りタマゴ肌だ。なんとうらやましい。


「おのれ、不意打ちとは卑怯者め……。いや、その勝利への執着は敵ながら大したものだと言うべきか。ならば、わらわも修羅と化そう。ゆくぞ、覚悟!!」


 そこからは、ワタクシ史上かつてない激しい攻防が繰り広げられた。

 ワタクシの武器はWSCディフェンダーの二丁拳銃。対するアリアが取り出したるは重さ100kgはあろうかという大戦斧。刃渡りもワタクシの首を斬り落としたギロチンよりも一回りほど大きい。

 ギロチン台にかけられたことを思い出して、不意に背筋が寒くなる。だが、この首はワタクシのもの。もう誰にも渡しはしない。


 ズギューン! ズギューン!!


 急所めがけて正確に銃弾をヒットさせるが、アリアのつるつるタマゴ肌を前にプルンと弾かれてしまう。

 うーむ。あのお肉、何で出来ているのかしら……?

 重厚な肉の壁もさることながら、ミノタウロスやオーガキングもかくやという彼女の膂力にも目を見張るものがある。動きこそ俊敏ではないものの、腕力と遠心力を利用したアリアの振るう大戦斧がブォォォンと物凄い風切り音を響かせながら襲い掛かってくる。

 秘密の特訓で習得した体技のおかげで何とかかわすことができているが、以前の魔法しか使えなかったワタクシだったら危なかったかもしれない。


 それから5分以上、猛攻が続いた。

 ワタクシはひたすら銃弾を撃ち込んだ。しかしノーダメージ。

 アリアも執拗に斧で襲い掛かってきたが、すべて華麗にかわした。ゆえにノーダメージ。

 お互いにノーダメージのまま、ただただスタミナだけを消耗していく。これでは埒が明かない。


「ふぅ、ふぅ、ふっ……。なかなかやるではないか。我が斧をすべてかわし切ったのは、そなたが初めてじゃ」


「はぁ、はぁ、はぁ……。貴方もなかなかのものでしてよ。ワタクシと対峙して5分以上立っていられる相手に出会ったのは初めてのことですわ」


「ふふふっ」


「おほほほほ」


 認めよう。サキュバスの姫アリアは、これまで出会ったことのない好敵手だ。

 どうせ通用しないのだから、この際、銃は捨てるとしよう。

 では、どうやって戦うのか?

 もちろん秘密の特訓の末にマスターしたカンフーの出番である。

 ワタクシがマスターしたのは、蛇の動作を取り入れた蛇拳。素早さ、鋭さ、しなやかさが求められるこの拳法は、生まれながらにして美しさと華麗さを備えるワタクシにピッタリのものだった。

 師いわく、「お前のは、蛇拳というよりキングコブラ拳だ」とのことだが、何のことやら。

 キングコブラとやらは見たことがないが、名前からするに王の風格を漂わせる美しくも力強い蛇に違いない。

 銃を捨てて蛇拳の構えをとったワタクシを見て、アリアは一瞬目を見開いたが、すぐに徒手空拳での戦いを挑まれていることに気づく。


「か細い人間の娘が超絶スーパーヘビー級の悪魔であるわらわに素手で戦いを挑むか……。その意気やよし。受けて立とうぞ」


 そういって羽織っていた黒のマントを脱ぎ捨てる。そして両手を大きく広げ、まるで血に飢えた熊のようにワタクシを威嚇する。

 すごい迫力だ。身長は大差ないのに思わず見上げてしまいそうになる。

 キングコブラvs人喰い熊。近年まれに見る屈指の好カード。互いに一撃必殺の技を持っていることを感じ取っているため、周囲には重苦しい緊張感が漂う。


「い、一体、何が始まるのでしょうか?」


 重い空気に耐えかねたヒッヒの疑問に、すかさずシュワルツが答える。


「第三次大戦だ」