エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode70
悪役令嬢、叔母夫婦をその手で…。
叔母夫婦に三つの選択肢を突き付けてから5分以上が経過。
自らの命運がその選択によって決まるのだ。長考に入るのも無理はない。
その間、彼らの顔色は青ざめたり紅潮したり土気色になったりと百面相を見せている。
時間が経過するにつれ、我が地獄の軍団の面々は苛立ちを隠そうともせず、舌打ちする者、激しく貧乏ゆすりをする者、スイーツを作り始める者、そのスイーツをつまみ食いする者と、思い思いの方法で叔母夫婦にプレッシャーをかけている。
改めて整理してみよう。
叔母夫婦に与えられた選択は以下の三つだ。
1 今すぐ消滅
2 地獄の刑罰を受ける
3 ワタクシの家来になる
どれを選ぶも叔母夫婦の自由。生殺与奪の権を握っているのはワタクシではなく、彼ら自身にあるのだ。
問答無用で処刑せずに、ちゃんと選択肢を与えてあげるなんて、きっと天国にいる両親も我が娘の慈悲深さに感涙し、むせび泣いていることだろう。
このまま三つとも選択せずに、ただただ時間ばかりが経過したらどうしようかと不安がよぎった頃、我が地獄の軍団のプレッシャーに負けたのか、ついに叔母夫婦は観念したように渋々③の選択を口にし、苦渋の決断を下したのであった。
「罪を償ってワタクシの家来になる……ということでよろしいのですね?」
「あ、ああ……」
義叔父が震える声で絞り出すように首肯する。
叔母は苦虫を嚙みつぶしたような表情で顔をそむけるだけ。うんともすんとも答えない。この沈黙は肯定だと受け取っておくとしよう。
「それではワタクシの家来になっていただく前に、罪を償っていただきます。我が地獄の軍団の一員となるにしても、つい先刻までは敵だったわけですから、まずは禊(みそぎ)を済ませていただきませんと、ね?」
「それなら私に任せてください。ムチ打ち地獄の長たるこのエリトが彼らの罪と穢れを綺麗さっぱり落として差し上げます」
物言いは穏やかだが、ムチを舌なめずりしながら普段は見せない悪魔の表情で叔母夫婦を睨みつけるエリト。
「いやいや、ここは俺に任せてくれよ。こんな根性の腐った連中を姐さんの家来にするってぇなら、せめてこのシュワルツ自慢の48の拷問技を喰らわせてやってからじゃねえと収まりがつかねえってもんだぜ」
「甘い! 甘いわね、シュワルツちゃん。こいつらはずっとエトランジュちゃんをいじめてきた連中なんでしょ? だったら、一生かけて償ってもらわなきゃ。だから、一生3時のおやつ抜きってことで決定よ!」
「さすがケル姉! なんて恐ろしい罰を思いつきやがるんだ!」
「ケル姉が味方でよかったのでスー!」
獣人三姉妹の長女ケルの提案を、次女のベロと末っ子のスーが絶賛する。
確かに生涯3時のおやつ抜きは極刑に等しいが、その効き目があるのはワタクシとスイーティアとアリア、それからケル、ベロ、スーの三姉妹、つまりスイーツの使徒だけだ。
仲間たちは他にもいろいろと積極的に提案をしてくれたが、どのようにして罪を償ってもらうかは、もう決めている。
「ワタクシは相手に痛みを与えるような暴力的で野蛮な刑罰を好みません」
その言葉を聞いて、瞳を輝かす叔母夫婦。
こんなキラキラした目をワタクシに向けるなんて珍しいこともあるものだ。
しかし、誤解してもらっては困る。ワタクシは痛みを与えないと言っただけだ。苦しみを伴わないとは一言も言っていない。
「さて、それでは始めましょうか」
縄で椅子に縛り付けられている叔母夫婦に近づく。
ゆっくりと両手を上げる。
そして、その両手を蛇の形に変える。
「あ、あれは……!!」
背後でアリアが驚きの声を上げる。
そう、これは以前にアリアとの戦いで編み出した蛇拳・双頭の蛇。
その効き目の凄まじさは身をもって体験している。
まずは右の蛇で叔母の脇を、左の蛇で義叔父の脇を攻撃する。
えい。
こちょこちょこちょこちょこちょこちょ。
「ぎゃはははははははははははははははははははは!!!?」
「ひぃぃぃぃいぃいいぃいいいぃぃぃぃぃいいいぃ!!!?」
たまらず悲鳴を上げる叔母夫婦。
うーん。効果てきめんで大変結構なことなのだけれど、二人を同時に相手するのに腕が二本では足りない。できればタコやイカのように八本なり十本に増やしたいところだが、あいにくそのようなスキルは持ち合わせていない。
そんなワタクシの不満を敏感に感じ取ったのだろうか、アリアがずんずんと歩み寄ってきた。
そういえば彼女はかつてワタクシと互角の死闘を演じたことがある双頭の蛇の使い手だった。なるほど、そういうことなら一緒に――
えい。
こちょこちょこちょこちょこちょこちょ。
こちょこちょこちょこちょこちょこちょ。
「ぐはぁぁああぁぁぁあああぁああああぁぁああぁ!!!!」
「ぐひぃぃぃいぃいいぃいいいぃぃぃぃぃいいいぃ!!!!」
アリアの参戦により効果は2倍。
ひーひー言って泣き叫びながら、だらだらと鼻水とよだれを垂らしている叔母夫婦。
強力タッグの放つ連携技の前に、エーデルシュタイン王国宰相の権威もランデール公爵夫人のプライドも砂上の楼閣と同様、脆くも崩れ去っていった。
「こいつはいい。俺も参加させてもらうぞ」
次に動いたのはネコタローだった。
叔母夫婦に対して溜まりに溜まっていた不満をここぞとばかりに発散させる気なのだろう。
さらに続けとばかりに、他の仲間たちも我先にと押し寄せる。
イグナシオはなにやら怪しげな触手のような機械を取り出して叔母の足の裏をくすぐり、スイーティアは羽ペンを持ち出して義叔父の耳を執拗に責めている。
ちなみに義叔父のかつらはとっくの昔に剥がれ落ちている。
仲間たちの手も加わり、双頭の蛇の二匹どころか、五つ首を持つ巨大な毒蛇ヒュドラどころか、東洋で語り継がれる伝説の多頭竜オロチもかくやという威力になってしまった。
うーむ。さすがにこれは効き目が強すぎる。
これだと「②地獄の刑罰を受ける」と変わらない。こちょこちょ地獄だ。
仲間たちの気も済んだだろう。叔母夫婦が精神崩壊してしまう前に、このあたりで勘弁して差し上げるとしよう。
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罪を償い終えた叔母夫婦は、縄を解かれて解放。ワタクシの家来という縛りはあるものの、一応は晴れて自由の身となった。
しかし、こちょこちょ地獄の余韻に浸っているのか、それとも笑い過ぎて後遺症が残っているのか、涙とよだれと鼻水まみれの顔をぬぐおうともせず、ぐったりと地面に横たわったままになっている。
「どうして、私たちがこんな目に遭わねばならぬのだ……?」
「全部あの子のせいだわ。何もかもアンジェリーナのせいよ……」
むむむ。ここでアンジェリーナの名が出てくるとは。
叔母の目には、実の娘に対する強い憎しみの色が浮かんでいる。
一体、何があったというのだろうか……?