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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode65

悪役令嬢、一つめの質問をする。

 椅子に縛り付けられ、我が地獄の軍団の面々に囲まれた叔母夫婦は、観念したようにぐったりとした表情をしている。ネコタローの脅しがだいぶ効いているようだ。

 何とかこの窮地を脱しようと、義叔父が慈悲を請うように情けない顔で周囲を見回す。

 だが、当然のごとく彼に同情する者は皆無だ。


「ん? お前は……」


 義叔父の首が、ある人物のところでピタリと止まる。その瞳に希望の光が宿る。

 やれやれ。諦めの悪い男だ。地獄でワタクシに再びちょっかいを出してきた時点ですでに命運は尽きているというのに。


「スイーティア。お前はスイーティアではないか。こんなところで再会できるとは、これも何かの縁。ささ、早く私たちを縛り付けているこの縄を解いておくれ」


「そうよ。あなたは私たちが雇ったメイドなんだから、私たちの命令に従いなさい」


 叔母夫婦は心優しいスイーティアに活路を見出したようだ。

 主従関係を持ち出せば、大人しい性格のスイーティアは逆らえまいと高をくくっているのだろう。しかし、彼らは大きな勘違いをしている。


「お久しぶりです、ランデール公爵夫妻。このようなところで再びお会いすることになるとは残念です」


「ええい、挨拶はよい! 早くこの縄を解かぬか!」


「そうよそうよ、早くしなさい! まったく愚図なメイドなんだから!」


「……何か誤解をなさっているようですが、私はエトランジュお嬢様の専属メイドです。私の忠誠心はお嬢様に対してのみ捧げているものであり、あなた方の命令に従う筋合いはございません」


「んなっ!? なんだとぉ!? メイド風情が生意気な!! 誰がお前の給金を払っていたと思っているのだ!?」


「私のお給金はエトランジュお嬢様からいただいておりましたが? お嬢様の専属メイドになる以前にしても、お給金はローゼンブルク公爵家から頂戴しておりましたが?」


 虫を見るような目で叔母夫婦を見つめるスイーティア。

 おお、こわ……。

 もしも天使のようなスイーティアにあんな目で見られたら、ワタクシなら耐えられない。

 シュワルツではないがチビる可能性すらある。

 あのスイーティアをここまで怒らせるとはワタクシが知らないところで、一体何があったのやら。気になるところだが、好奇心は猫を殺すとも言う。知らぬが仏、触らぬ神に祟りなしだ。


「そ、そんなことはどうでもいいのよ! 平民は貴族の命令に黙って大人しく従えばいいのよ!!」


 叔母の発言は特権階級にある王侯貴族たちを象徴している。

 貴族以外の人間はすべて愚かで、卑しい存在であり、貴族が使役してやることによってようやく生活できているのだから感謝すべきだと本気で信じているのだ。だから金や権力を得るために平気で人々を犠牲にする。

 本来、貴族が持つ権力は義務と一体のものであり、その義務とは国民領民の生活を守ることである。権力はその義務を速やかに行使するために与えられているに過ぎない。それなのに、その義務を放棄して権力のみを声高に振りかざすお馬鹿な貴族のなんと多いことか。


「叔母様。この地獄では人間世界での身分は通用しませんわよ。貴方がたはこの地において、ただの罪人であるということをお忘れなく」


 かくいうワタクシもそのただの罪人の一人だ。冤罪だけど。

 それでもこうして人間世界にいるときよりも、のびのびと楽しく優雅にハッピーライフを過ごせているのは地獄で出会った仲間たちのおかげだ。

 可憐で美しくエレガントだが、その取り扱いには多少の命の危険が伴うワタクシを、あるがままに受け入れてくれる仲間たちには感謝しかない。


「「地獄へ堕ちろ!!」」


 夫婦仲よく声をそろえてワタクシへの呪詛を唱和する。

 はい、言われるまでもなく地獄に堕ちています。ついでに申し上げると貴方がたもね。

 自らの欲望を満たすために戦争を仕掛けてきておいて敗北したら逆恨みとは。

 彼らの辞書には『自業自得』や『因果応報』といった類の言葉はすっぽり抜け落ちているようだ。

 まあ、それはさておき、そろそろ本題に入るとしよう。


「叔母様、義叔父様。これから二つ質問をします。正直にお答えになったほうが身のためですわよ」


 最大限の作り笑いで彼らに忠告して差し上げる。

 どうやらワタクシの思いやりが伝わったようで、二人とも真顔で壊れた玩具のように何度も首を縦に振る。


「それでは、一つめの質問をします。ワタクシは、なぜ処刑されなければならなかったのかしら?」