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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode62

悪役令嬢、実況する。《ヒッヒとベロ編》

 イグナシオのおかげで双眼鏡という超絶便利アイテムをゲットしたワタクシは、いい機会なので仲間たちの戦力をじっくりと観察することにした。

 誰がどういう特性を持っているかは把握しているつもりだが、向上心の高い彼らは目を離すといつの間にか成長している。歓迎すべきことではあるが、指揮官として彼らの能力を最大限活かすためにも常に状態は把握しておきたい。


「というわけで仲間の戦力分析を兼ねて、実況はワタクシことエトランジュと――」


「解説は総参謀長のエリトがお送りいたします」


 おやおや。いつの間にかエリトが総参謀長に出世している。

 仰々しく「総」と「長」が加わっているが参謀はエリトひとりなのだから「総」も「長」もあったものではない。まあ、それでエリトのモチベーションが上がるというのなら安いものだ。総参謀長の座は彼に任せるとしよう。


 はてさて、どこから実況したものか。

 実のところ、先のアリアとの戦いの折、イグナシオとシュワルツが楽しそうに実況している様子を見て、ちょっとうらやましく思っていたのだ。

 実況するからには仲間たちの珍プレー好プレーを余すところなく拾っていきたい。

 ワクワクしながら戦場を見渡して、まず注目したのは三人組のヒッヒと、獣人三人娘のベロだった。


 三人組はワタクシが地獄に堕ちて最初に出会い、戦い、そして家来にした仲間だ。

 出会った当初はブサイクで品のないチンピラ悪魔だったが、ワタクシが名前を与えたことによって変身(メタモルフォーゼ)。現在の見目麗しい姿へと変貌し、生まれ変わった。

 三人組は地獄ではじめての仲間であり、ワタクシが名付け親ということもあり、思い入れがある。


 ベロは獣人三人娘の次女で、長女のケル、末っ子のスーと合体すると地獄の番犬ケルベロスに変化するという、ちょっぴり変わった仲間だ。

 魔王アホーボーンがワタクシに賞金首をかけたことをきっかけに出会ったので仲間になってからの期間は比較的短い。

 しかし、そこはスイーツを愛する者同士、心の距離は瞬く間に縮まり、今では同志として揺るがぬ絆で結ばれている。


「ねえ、エリト。ベロがヒッヒに好意を持っているらしいという噂を耳にしたのだけれど、あれは事実なのかしら?」


「さすがご主人様、お耳が早い。どうやらヒッヒのほうもまんざらではないらしく、憎からず想っているようです」


 その二人の様子にスポットライトを当ててみると、お互いに背中を合わせて背後に敵が回り込まないようにして次々と敵を打ち倒しているのがわかる。


「すでに背中を預けられるほどの信頼関係を築いているようですわね」


 よく見ると二人の顔が紅潮しているのがわかる。それが戦いによるものか、互いの背中を感じているせいなのかは不明だが、なんだか見ているこちらまでドキドキしてしまう。

 この双眼鏡というアイテムはとても優れものだけど、人の恋路をのぞき見ていている気がして罪悪感を覚える。

 それでもこの蜜の味は抵抗し難いものがあり、やっぱり見てしまう。

 ワタクシって、意外と悪い子。


「ご存じの通り、ヒッヒは短剣を両手に携えて斬撃、ベロは長い足と獣人ならではの俊敏さを活かした足技と、攻撃手段こそ違えども共に近接物理攻撃を得意とする典型的な前衛タイプという点で共通しています。加えて『たまに敵をノックバックさせる』というパッシブスキルも共通しているため、たとえばヒッヒが敵をのけぞらせることに成功した場合にすかさずベロが追撃する。さらにのけぞらせた場合、今度はヒッヒが追撃……と、うまくハマれば無限の連携コンボが決まります」


「二人の戦闘スタイルは相性バッチリというわけですのね」


「はい、その二人が連携を高める訓練を重ねた結果がアレです」


 解説するエリトに促されてみると、なんとヒッヒとベロが手を取り合っている。

 さらにはヒッヒが空いたもう片方の手をベロの腰に当てる。

 ベロはそれを拒絶することなくヒッヒの背中に手を回す。

 そして二人は顔を近づけていく。

 このまま順当に行くと二人の唇は――


「きゃっ!!」


 思わず悲鳴を上げて双眼鏡から目を離してしまう。

 ドキドキ。ドキドキ。

 心臓がバクバクしている。おそらく顔は真っ赤になっていることだろう。


「姐さんがそんな女の子らしい悲鳴を上げるなんざ珍しいな。天変地異でも起きたのかい?」


「大丈夫、お姉様?」


「だ、大丈夫。大丈夫ですわ。仲間に危険があったわけじゃないから安心なさって。ちょっと思いがけないシーンに遭遇してビックリしただけですわ」


 実はワタクシ、正直に申し上げると、こういう色恋沙汰にはまるで免疫がない。

 ワタクシとて年頃の花の乙女。色恋に興味がないわけではない。お父様の書斎で読んだいけないご本でそれなりの知識もある。

 しかしながら、こうして目の前でラブシーンを見せつけられると胸のあたりがキュンキュンむずむずしてしまうのだ。


 かつての婚約者である第一王子とは結局ダンスの一つも踊らなかったし、手さえ握らなかった。理由は第一王子がワタクシの闇魔法を恐れていたのと、黒髪と666のアザのせいで呪われることを心配していたからなのだが、黒髪と666のアザにそんな気の利いた効力はないし、彼のことを呪うほど強く想ったこともない。

 まあ早い話がワタクシは年相応には恋愛に興味があり、読書で培った知識で耳年増ではあるものの、恋愛経験はゼロということだ。


「ご主人様。ヒッヒとベロの様子をご覧になってください」


「え? いいの? もしかして、あのまま二人はキ、キ、キ、キ、キッスを……?」


「は? 何を言っているんですか。いいから早く見てください」


 呆れたような声でエリトがせかす。

 再び双眼鏡を通して二人の様子を見てみると、まず飛び込んできたのはベロがきりもみ回転して足技で敵を薙ぎ払っていくというアクロバティックな光景だった。

 あの回転のスピード。どれだけ自ら身体をひねったところで、あれは無理だ。一体、どうやって……?

 しかし、その疑問はすぐに解消された。

 着地したベロを優しくヒッヒが受け止めたかと思うと、すかさずベロの身体を玩具の独楽のように思いっきり回しながら放り出したのだ。

 すると、先程と同様にベロが美しいブルーのロングヘアを振り乱しながら、すさまじい回転蹴りで周囲の敵を吹き飛ばしていく。

 合点がいった。あれはヒッヒとベロの合体技だったのだ。


 感心して見ていると、二人が違う動作を見せる。

 片方の手をお互いにがっちりとつかみ合う二人。何事が起きるのかと興味津々で観察していると、今度はヒッヒ自身が回転しはじめ、自分を軸にしてベロをブンブンと豪快に振り回す。振り回されるほうのベロは器用に足技を繰り出して的確に敵にダメージを与えていく。

 先の合体技と同じく、さながら舞踏会でダンスを踊っているかのように華麗で優雅だ。

 二人の呼吸もピッタリ。ダイナミックな技を駆使する中でも視線は常にお互いを見つめ合っている。

 二人の熱情に当てられて、こっちが照れくさくなってしまうが、実況の役目を買って出た以上、努めて平常心でコメントする。


「なるほど。戦闘訓練を重ねていくうちにお互いの相性が抜群なことに気づいて、あの合体技を磨いていくことにした。その過程で、まずベロが恋心を抱きはじめた。続いて、そんなベロの想いに気づいたヒッヒが次第にベロを恋のパートナーとして意識するようになった……そんなところかしら?」


「(そのとおりでございます)」


 エリトが恭しく首を垂れる。

 うーん。この実況と解説、楽しすぎる。

 のぞき見する行為に多少の罪悪感がないわけではないけれども、仲間たちの戦力分析と人間関係の把握はリーダーとしての責務。怠るわけにはいきませんものね。

 ええ、そうですとも。ワタクシは何一つ悪くない。罪悪感を覚える必要など、これっぽっちもありませんわ。


 と結論が出たところで、引き続き楽しむ……いえ、我が地獄の軍団のリーダーとして、責務を果たすことにいたしましょう。

 さあ、お次のターゲットは、だ・れ・に・し・よ・う・か・な、っと♪