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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode31

幕間狂言:有能執事、復讐を誓う。

 エトランジュお嬢様が無実の罪でギロチン台にかけられてから数日が経過した。

 引き裂かれた心の傷は時間の経過とともに癒えるどころか、いや増すばかりだ。

 幼少期を共に過ごしたお嬢様とは身分に大差はあれども絆は強く、年齢もちょうど同じ。臣下の分をわきまえずにあえて言わせてもらうなら、俺はお嬢様のことを幼馴染だと思っている。

 お嬢様も身分差を気になさるような狭量なお方ではない。とても自由な魂をお持ちの方だから、俺に対して執事に命令するというよりも、気の置けない旧知の友のように接してくださる。

 だからと言ってお嬢様のご厚意に甘えるわけにはいかず、むしろ執事として厳しくお諫めすることが多かった。おかげでお嬢様からは「ジュエルは、いつも小言ばかりね」と、よくすねられたものだ。

 しかし、そのすねたときの表情の何と愛くるしいことか。お嬢様にすねられることは俺にとって仕事の成功を意味し、最高のご褒美をいただいたことになる。

 その敬愛してやまないエトランジュお嬢様が罠に嵌められ、処刑されたのだ。許せるはずがない。


「そこで何をしているの、ジュエル?」


 振り向くと、そこにはエトランジュお嬢様の義妹(血縁としては義妹ではなく、従妹にあたるのだが相続権を主張するために本人は妹だと言ってはばからない)アンジェリーナがいた。俺の復讐リスト第2位の人物だ。

 裏で糸を引いてお嬢様を陥れた主犯はアンジェリーナだと確信している。しかし、俺の復讐リストは第一王子が第1位の座についている。

 あいつは地位も権力もありながらアンジェリーナに言われるがまま婚約者を裏切り、エトランジュお嬢様を処刑し、あまつさえその日のうちにアンジェリーナと婚約するという厚顔無恥で破廉恥極まりない暴挙を平然とやってのけた。

 同じ男として許しがたい。必ずこの手で100回殺してやる。何度生まれ変わっても、あいつだけは100回殺す。


「聞いているの、ジュエル? そこで何をしているのかと聞いているのよ」


 俺をジュエルと呼び捨てにしていいのは、エトランジュお嬢様だけだ。お前が馴れ馴れしく呼ぶんじゃない。


「……今朝ほどランデール公爵に頼まれた資料を探しておりました」


 ランデール公爵は、アンジェリーナの実父で、配偶者の公爵夫人はお亡くなりになったローゼンブルク公爵の実妹だ。つまりエトランジュお嬢様の義理の叔父にあたる。

 ランデール公爵も公爵夫人も両親を亡くされたエトランジュお嬢様の後見人として親代わりを務める責任があるにもかかわらず、頭の中はローゼンブルク公爵家の資産をいかにして我が手にするかということだけ。強大な魔力を有するお嬢様を私利私欲のために第一王子の婚約者として王家に売り飛ばした張本人で、俺の復讐リスト第3位、第4位に名を連ねている。


「今夜も名家の方々をお招きして祝宴を開くから、あなたが責任をもって取り仕切ってね」


 義姉と呼んだ人をギロチン台に送っておいて毎夜毎夜祝宴に明け暮れるとは、どの口から責任という言葉が出てくるのか。

 しかし、そのアンジェリーナが第一王子におねだりして今やローゼンブルク公爵家の家督も財産も相続した。第一王子の新たな婚約者にして未来の王妃。こんな横暴が許されてなるものか。

 第一王子を溺愛し、すべてを鵜吞みにした愚鈍な王と王妃は俺の復讐リストの第5位と第6位だ。


「…………エトランジュお嬢様のご葬儀はいかがいたしましょうか?」


「は? 何を寝ぼけたことを言っているの。お様……いいえ、あの女は王族暗殺計画を企てた大罪人なのよ。死体はあのまま処刑場に晒して見せしめにするのよ。そのうちカラスが綺麗にしてくれるわ」


 怒りのあまり、激しいめまいに襲われる。

 殺してやる。この女も、あの男も、全員殺してやる。皆殺しだ。

 だが落ち着け、ジュエルバトラーよ。今はその時ではない。こいつらをただ殺しても、民衆には反逆者に想いを寄せていた執事の逆恨みだと映るだろう。そして歴史には反逆者エトランジュと復讐に狂った執事ジュエルバトラーの名が刻まれるだけだ。それでは意味がない。

 こいつらを皆殺しにするのは、エトランジュお嬢様の冤罪を証明してからだ


 今日はランデール公爵の書斎を調べたが、冤罪の証拠は出てこなかった。出てきたのは長年にわたり公爵と公爵夫人がローゼンブルク公爵家の資産をかすめ取っていたという証拠だけだ。

 しかし、お嬢様。見ていてください。このジュエルバトラー、必ずやお嬢様の無実を証明して見せます。

 ですから人間世界での嫌な出来事はすべてお忘れになって、どうか天国で安らかにお過ごしください……。