エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode81
悪役令嬢、実況する。《地獄の三人組編その2》
地獄の三人組 vs 魔王親衛隊の戦いを実況しようと準備をしていたものの、ついつい前置きが長くなってしまった。
今度こそちゃんと実況しよう。
「ヒッヒは近距離物理攻撃タイプ、クックは近距離防御タイプ、ヒャッハーは遠距離物理攻撃タイプと三者三様。この戦いの行方、ネコタローはどう思いまして?」
「どうもこうも、俺はあの三人組が魔王親衛隊にボコボコにされて、すたこらさっさと逃げ帰ってくる映像しか浮かばん」
相変わらずネコタローは三人組の不利というスタンスを崩さない。
ネコタローとて三人組の現在の実力は十二分に評価している。それでも不利と見るのは、魔王親衛隊の実力を高く評価しているからだろう。
まあ、地獄のトップを護るための精鋭部隊なのだから、その評価は当然と言えば当然なわけだが。
「ヒャッハーの弓矢はすでに有効射程圏内ですけど、動きませんわね」
「魔王親衛隊の防御力は極めて高く、鍛え上げられた肉体と一級品の装備によって並大抵の攻撃は通用しない。弓矢程度は弾き返してしまうだろうということをヒャッハーも理解しているではないかな」
「なるほど、ヒャッハーもああ見えて考えていますのね。でも、だからと言ってあの小さな体で魔王親衛隊を相手に肉弾戦を挑むのはそれこそ無謀ではなくって?」
「何か作戦があるのだろう。……いや、ヒャッハーのことだから何も考えていないだけかもしれんが」
ザザッ。
イヤフォンからノイズが聞こえる。
「ちょっと、タローちゃん。ボクだって、ちゃんと考えて行動してるんだぞ~(怒)」
ヒャッハーが通信機を通してネコタローに抗議する。
「怒られた」
ペロリと舌を出すネコタロー。可愛い。正直たまらん。
しかし、そんなことはおくびにも出さずに努めて冷静に実況を続ける。
「いよいよ近距離物理攻撃の射程圏内ですわよ。ここからは必殺の間合い。一瞬たりとも気を抜けませんわ」
ずっと直進していた三人組がようやく足を止める。そこはもうお互いの攻撃が届き、致命傷を与えることができる危険地帯(デッドゾーン)だ。
「両者、睨み合ったまま動きませんわね」
「50もの魔王親衛隊を前にして堂々たる姿勢。その度胸だけでも称賛に値する」
ネコタローの言う通りだ。
出会って間もない頃の三人組は、ちょっとでも格上の相手が現れると途端に怖気づいていた。その彼らが魔王直属の親衛隊と正面から対峙し、臆することなく向き合っている。彼らの成長ぶりが何だか誇らしい。
「お、魔王親衛隊が先に動いたぞ」
見ると、隊長らしき前列中央の悪魔が一歩前に出たのがわかる。
そして、その右手をゆっくりと懐に入れる。
「何かしら? 武器? 魔法? まさか、白旗をあげるなんてことはないですわよね」
「まさか、あり得んよ」
鼻で笑うネコタロー。
憎たらしいけど、これまた可愛いからすぐに許しちゃう。
改めて戦場へ目を移すと、隊長らしき悪魔が懐に入れた右手を今度は一気に天に向かって掲げる。
キラキラとした物体が宙を舞う。
あれは……!
「金貨ですわね」
「ああ、金貨だな」
三人組が最下層の悪魔であることを見抜き、侮蔑を込めて金貨で釣ってやろうという魂胆なのだろう。まんまと釣られて金貨を拾うのに夢中になっているところを後ろからグサリという寸法だ。
懐かしい。あれはまさにワタクシが地獄の三人組との初戦で使った手ではないか。
あのときは金貨に夢中になる三人組の臀部を闇魔法ダークアローで貫いて差し上げたものだ。
しかし、変身(メタモルフォーゼ)で真なる姿を得て、我が地獄の軍団の一員としていくつもの戦いを乗り越えてきた彼らは、もうあのときの金貨に釣られるような小物ではない。
「ご主人様。もしかして吾輩が金貨を拾うと思ったのではありませんかな? くっくっくっ。見損なってもらっては困るのであります」
「クックの言う通りです。僕たちはご主人様の家来になったおかげでお金なんかよりも、ずっと大切なものを見つけたのですから」
イヤフォン越しに二人の自信と誇りに満ちた声が響く。
うんうん、さもありなん。
現に眼前に散らばる金貨には目もくれず、不動の姿勢を崩さないヒッヒとクックと……
あれ? ヒャッハーは?
誇らしい気持ちでヒッヒとクックの背中を眺めていたが、ヒャッハーの姿が見えないことに気づく。本来彼らと並んでいるべき場所にヒャッハーの姿がないのだ。
視線を下してみると、地面に這いつくばって一生懸命、金貨をかき集めるのにご執心の様子のヒャッハーがいた。
「ヒャッハーさん?」
「ひゃは☆ だって、金貨が落ちているんだから拾わなきゃもったいないじゃ~ん♪」
悪びれた様子もなく、敵を前にして楽しそうに金貨を拾い集めるヒャッハー。
「三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。エトランジュの家来になったとて変わらないやつは変わらないのだよ」
「あら、そうかしら?」
ヒャッハーの記憶には今もダークアローに貫かれた臀部の痛みが残っているはずだ。
我が地獄の軍団の一員ともあろう者が、同じ過ちを繰り返すとは思えない。
これは彼らの作戦なのだ。ヒャッハーが油断させておいて、クックとヒッヒが奇襲を仕掛ける頭脳プレーに違いない。きっと。たぶん。そうだったらいいな。
金貨に夢中になっているヒャッハーを、魔王親衛隊が集団で襲い掛かる。
罠にかかった哀れな獲物を背後から仕留めるだけの簡単な仕事。魔王親衛隊は完全に油断しており、各々が持つ武器を大きく振りかぶる。
「懐がガラ空きですわよ、親衛隊の皆さん」
この隙を待ってましたとばかりにクックとヒッヒが瞬時に間合いを詰めて攻勢に出る。
ヒッヒは短剣を両手に握り締め、防具の隙間を正確に鮮やかに斬り刻んでいく。鎧で身を固めている分だけ動きが遅くなっている親衛隊は、ヒッヒのスピードにまったく対応できていない。
クックは持ち前の膂力と強靭な拳を存分に活かし、防具で固めた敵悪魔の顎を次々と捉えていく。強烈な打撃で脳を揺らされた相手は糸の切れた操り人形(マリオネット)のように地面に崩れ落ちる。
二人の攻撃にひるんだ魔王親衛隊が大混乱に陥っていく。
「これは驚いたな。遥か格下だと思っていた相手からの意表を突いた攻撃とはいえ、あの魔王親衛隊がなすすべもなく、いいようにやられるとは……」
「ふふん、どうかしら? うちの三人組もなかなかやるでしょう」
目いっぱいのドヤ顔でネコタローを見る。
「ああ。決して彼らの実力を低く見ていたわけではなかったのだが、まさか魔王親衛隊を相手にここまでやるとは思っていなかった。彼らには詫びねばなるまいな」
自分の評価が間違っていたことを素直に認めるネコタロー。
なかなかできることではない。我が愛猫ながら立派な紳士だ。
「金貨はもらう。勝利もいただく。どっちかじゃなくて、どっちも手に入れたほうがお得に決まってるよね~? ひゃはっ☆」
いかにも。何もどちらかだけに絞る必要はないのだ。
とかく頭の固い人々は二つの選択があると、どちらかしか選べないと思い込んでしまう。
しかし、二つに一つと決めつけずとも、どちらもほしいならどちらも手にいればいいだけのこと。
それこそがエトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢の流儀であり、その流儀をヒャッハーたちが受け継いでくれていることは誠に喜ばしいことである。
それからの戦いは、ほぼ一方的なものになった。
鎧兜で着飾ったせいで動きが鈍い魔王親衛隊をヒッヒがスピードで翻弄する。
その隙を狙って、クックがパンチ一閃、敵悪魔からダウンを奪う。
ヒャッハーは、ちょろちょろとすばしっこく敵の背後に回って、矢で敵のお尻をブッ刺して回っている。当然これは本来の弓矢の使い方ではない。
「そろそろ最終局面ですわね」
バタバタと戦闘不能状態に陥っていく魔王親衛隊。
あとは金貨を放り投げた隊長らしき悪魔だけが残った。
「最後のトドメ! いくでありますよ、ヒャッハー!!」
「OKだよん☆」
クックがヒャッハーをひょいと抱え上げる。そして右手に満身の力を込めて、投擲の構えを見せる。
これはクックとヒャッハーの合体技か。
「ゆけっ! スーパーウルトラアルティメットオメガアローーーーーーっっっ!!!!」
気合とともにヒャッハーを敵隊長めがけて投げ放つ。
時速200キロはあろうかという猛スピードで飛んでいくヒャッハー。
普段は弓矢を使っての遠距離攻撃を得意とするヒャッハー自身が矢となりて敵隊長を貫く。
ごつん!!
物凄い音が戦場に響き渡り、両者共倒れ。
いや、ダメじゃん。
自分もダメージ喰らって、どうするのよ。まったく、もう。
と言いつつも、笑顔で彼らを見つめる自分がいることを自覚する。
ともあれ最後の関門であった魔王親衛隊との戦闘も見事勝利。
それも我が地獄の軍団の中でも最弱と評価されていた三人組だけで勝ち取った勝利。
これはとてつもなく大きい。
彼らにとっては揺るぎない自信となり、仲間たちにとっては迷いのない信頼となるだろう。
おかげでラストバトルをこれ以上ない形で迎えることができそうだ。
魔王アホーボーンよ、貴方の命運はもはや風前の灯火。
今夜は震えて眠るがいい。