エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode64
悪役令嬢、叔母夫婦と地獄でご対面。
叔母夫婦が扇動した群衆との戦いは、一刻と経たずに幕を閉じた。
開戦直後は1000対33と我が軍の圧倒的不利だったが、蓋を開けてみれば後衛部隊のシュワルツとイグナシオ、遊撃部隊のヒッヒとヒャッハーを温存しての圧勝。
我が軍に損耗なし。片や敵軍は前衛が半壊した段階で、次々と蜘蛛の子を散らすように持ち場を放棄。戦線を維持できずに脆くも瓦解した。
叔母夫婦は旗色悪しと見るや、どさくさに紛れて退却しようとするも、混乱して逃げ惑う悪魔たちに押し合いへし合い揉みくちゃにされて気を失っていたところを顔見知りだったネコタローが発見。あっさりとお縄になる。
そして今、ワタクシの前で死刑判決を待つ罪人のように椅子に縛り付けられているわけだ。
仲間たちは口々にムチ打ちだ、八つ裂きだ、火あぶりだと叔母夫婦の即刻処刑を望んだが、公明正大かつ大海原よりも広い心を持つワタクシがそれを許さなかった。
たとえいかな悪党でも公正な裁判を受ける権利がある。罪は法によって裁かれるべきものであり、人によって裁いてはならないのだ。
……なーんて言えば聞こえはいいが、叔母夫婦を簡単に処刑してしまっては面白くないというのが本音である。
それに、この二人には聞いておきたいことがある。
「叔母様、義叔父様。いつまでそうやって気絶したふりをなさっているおつもりですの?」
ぴくりと身体を反応させた叔母夫婦は、これ以上の狸寝入りは無意味と悟ったのか顔を上げてゆっくりと目を開ける。
義叔父のランデール公爵の瞳には恐れ、怯えの色が浮かんでいる。
叔母のランデール公爵夫人は恐れよりもワタクシへの怒り、憎しみのほうが勝っているようだ。あの穏やかで優しいお父様と、この欲深くヒステリックな叔母が実の兄妹だという事実が、いまだに信じられない。
叔母のビリーヌ・フォン・ランデール公爵夫人は、エーデルシュタイン王国宰相夫人でもある。その地位におもねる人々からの美辞麗句を真に受けて、齢44となった今もなお社交界の華を気取っている。
生来の性格のキツさに由来するつり上がった眉と目、整形で異常に高くした鼻、歪んだ唇と、非の打ち所がない悪役顔だ。黒のとんがり帽子に魔法の杖でも持たせれば、どこに出しても恥ずかしくない魔女の出来上がりだ。
その夫たるラギール・フォン・ランデール公爵は年上の50歳。綺麗にカールされた立派な白髪がトレードマークだ。……それ以外にさしたる特徴はない。その唯一の特徴の髪がかつらであり、中はもぬけの殻であるということは城下町の靴磨きの少年でも知っている公然の秘密である。
本質はただの小心者でしかない彼が宰相にまで成り上がることができたのは、詐欺師としての才能と、強欲な妻に尻を叩かれ続けた結果に他ならない。
「ごきげんよう、叔母様、義叔父様。こんなところでお目にかかれるとは奇遇ですわね。お元気そうで何よりですわ、おほほほほほ」
「き、聞いてくれ、エトランジュ! これは誤解なんだ! 悪気はなかったんだ! 地獄の環境があまりにも劣悪だったものだから、誇り高き貴族としてノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)を果たそうとしただけであって、決してお前に思うところがあっての行動ではなかったのだ! いや、そもそも私たちはまさか相手が可愛い姪っ子であるお前だとは知らなかったのだよ!」
必死で、いかにも自分は被害者であるかのような顔をしてスラスラと嘘を並べ立てる義叔父。
よく舌が回るものだ。生前に日々食していた贅を尽くした料理が潤滑油となっているのだろう。
「あらあら、それはおかしいですわねぇ。ワタクシ、ちゃんとこの地獄耳でハッキリと聞きましたのよ。「エトランジュ・フォン・ローゼンブルクの横暴を許すな―!」「地獄の秩序を乱すエトランジュとその仲間たちを始末するのだー!!」という義叔父様の勇猛なお声が今も耳に残っておりますわ」
「そ、それはだなぁ……、あれだよ、あれ。地獄の悪魔どもに脅されて致し方なくだなぁ……」
しどろもどろになって言い訳を始める義叔父。この期に及んでまだ言い逃れができると思っているようだ。ある意味、すごい。
「あなた! こんな生意気な小娘に言い訳する必要なんてありませんわよ! エトランジュ! 叔母として、あなたの実の父親であり我が兄の名のもとに命じます! あなたが現在所有している財産と家来をすべて後見人である我が夫ラギール・フォン・ランデール公爵に差し出しなさい!!」
はー、この叔母も大概すごいな。
我が地獄の軍団に囲まれて縄で縛りつけられている状態でよくもまあ、こんな発言ができるものだ。
かつてのワタクシのように強力な魔法が使えるわけでもなし、一発逆転の秘策があるわけでもないだろうに、なにゆえこのような強気な発言ができるのか意味不明だ。
特権階級にいる多くの者がそうであるように、叔母もまた自分の命じたことは実行されるのが当たり前だという感覚が染みついているのだろう。
自らの努力によるものではなく、ただその血統によってのみ特権を得た人間は、生まれながらにして神に選ばれたという強烈な選民意識を持っている。
我が両親のように恵まれた環境に生まれたことを感謝し、苦しんでいる人々を助ける――たとえば、孤児だったジュエルを執事として取り立てたように――なんてことができる立派な人格を持った貴族は天然記念物、絶滅危惧種並みの極めて稀な存在なのだ。
「おい、クソババア。そんな口を利いていい立場だと思ってるのか? んん?」
ネコタローがずずいと前に出て、オラつきながら叔母を睨みつける。
精いっぱい悪ぶって凄んでみせるネコタローがこれまた可愛い。
しかし、ただの黒猫だった頃のネコタローしか知らない叔母夫婦には効果てきめんだった。
「ひっ!? ひぃぃぃぃっ!!? ネ、ネ、ネコがしゃべった!!!?」
「ここは地獄だぞ。そりゃ、ネコだってしゃべるさ。そんなことよりも、お前たちには人間世界じゃ随分と世話になったからな。たっぷりとお返ししなきゃなぁ、んん~?」
「ま、待て、ネコタロー! お前を飼うことを許し、ずっと面倒を見てやった恩を忘れたのか!?」
「はあ? 何言ってんだ? お前たちは俺が黒猫だという、ただそれだけの理由で飼うことに大反対しただろう。傷ついて弱っている子猫の俺を拾ってくれたのはエトランジュで、育ててくれたのもエトランジュだ。お前たちに世話になった覚えなんて、これっぽっちもない」
「だ、だが、後見人である私が許したからお前を飼えたわけであってだな……」
「アホか。エトランジュがお前の許しを必要としたことなんて、ただの一度もなかっただろ」
「うぐぐ……!!」
ネコタローに正論で詰め寄られて、たじたじの義叔父。
詐欺師まがいの男が、うっかり爵位を持ってしまっただけで、身にまとう気品も迫力も頭脳もネコタローのほうが遥かに上だ。
「脅すのはそのぐらいにしておきなさい、ネコタロー。食後のデザートはゆっくりと楽しむものですわよ……ね?」
「……なるほど、お楽しみはこれからというわけか。エトランジュ、おぬしもなかなかの悪よのぅ。ふっふっふっ」
「あら、そんなに褒められても何も出ませんわよ? おほほほほほ」
場を和ませるために努めて朗らかに、努めてエレガントに微笑んだつもりだったのだが、叔母夫婦は蛇に睨まれたカエルのように青ざめて硬直してしまった。瞳孔は開き、口から泡を吹いている。
うーん。可愛い姪の笑顔にこの反応。失礼しちゃいますわ。
……などと怒っていても仕方ない。
叔母夫婦には、どうしても聞いておきたいことがある。
彼らの処遇は、その後に決めるとしよう。