エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode44
悪役令嬢、弟と秘密の特訓開始。
敵は魔王城にあり。
その城主たる地獄の魔王アホーボーンは、冤罪のスイーティアに地獄の刑罰を与えた愚か者であり、ワタクシを激安価格の賞金首にした不届き者であり、ケル、ベロ、スーの三人娘を人質(スイーツ)で脅した卑怯者だ。情状酌量の余地は1ミクロンたりともない。
そんな悪逆非道な魔王退治の旅が今まさに始まったのだ。気分はさながら伝説の勇者。
勇者エトランジュ。
誰もまともな二つ名をつけてくれないから自分でつけてみた。
ふっふっふっ。なかなかどうして悪くない。
「どうしたの、エトランジュお姉様? すんごい悪そうな顔になってるよ」
見ると目の前でイグナシオが首をかしげながら立っている。
おっと、いけない。獲物となる魔王をどんなふうに料理してやろうかと、ついつい脳内シミュレーションに夢中になり過ぎてしまったようだ。
「ボクに相談があるんでしょ? ボク、お姉様の頼みならどんな願いでも叶えられるように頑張るよ」
「ふふっ、それは頼もしいですわね。頼りにしていますわよ、イグナシオ」
イグナシオが弟になってからというもの、我が地獄の軍団の経営は右肩上がりの赤丸急上昇。鯉の滝登りどころか暗黒竜の雲海登り状態だ。
なにせ地獄で一番と評判のワルサンドロス商会を吸収合併したわけだから、その時点で財政問題は一切気にする必要がなくなった。さらにはワルサンドロス商会の設備、技術、開発力を駆使して、次々と新兵器を開発できるようになった。
しかし、その中核たる天才少年イグナシオが、後方勤務のお留守番であることに少なからず不満を感じているようだったので、このたび姉のワタクシから相談を持ちかけるという体でコミュニケーションをとることにしたのだ。
イグナシオの不満の根っこは、なんとなく察しがついている。たぶん、ワタクシや仲間たちと一緒に最前線で活躍したいのだろう。
彼の適性を考えると後方勤務が適材適所なのだが、いくら天才でもそこはまだまだ子供。もっとみんなの役に立ちたい気持ちと、みんなと一緒に戦えない疎外感を同時に抱いているに違いない。
ワタクシも魔法を失い、以前のように最前線で戦えぬ身。イグナシオの気持ちはよくわかる。
ケルベロスとの戦いでは一歩引いて俯瞰で戦局を見ることの大切さを学んだ。ワタクシが魔法を失わず、いまだに独りよがりな闇魔法無双を続けていたら、チームとしての成長はなかっただろう。
だから、魔法が使えないことは気にしていない。すでに存在しないものと思っている。
問題は、いざチームが思いがけぬピンチに陥ったときだ。
歴戦の猛者をもってしても何が起こるかわからないのが戦闘である。
奇襲。強敵。罠。悪天候。仲間の不調。ちょっとしたことで傷口が広がり、致命傷に至ることさえあるのだ。
そんなとき、ワタクシが足手まといになるわけにはいかない。この際だから魔法のことは綺麗さっぱり完全に忘れて、新たなスキルを身につけ、いざというときに備えておきたい。
ついでに言うなら魔法に特化しすぎてフィジカルがいまいち弱いのも改善しておきたいし、もっと言うなら地獄に来てからというものスイーツと激辛料理を大量摂取しているせいでドレスが少々苦しくなってきたのも何とかしたい。ただし、後者は門外不出の極秘情報だから決して口には出さず、永久に封印しておく。
話を本筋に戻すと、目下の課題は新たなスキルの習得である。
魔法が使えないのなら、物理でシバけばいいじゃない。
そこでイグナシオの出番というわけだ。彼は天才少年であり、現役バリバリの武器商人。イグナシオに、か弱く可憐な公爵令嬢であるワタクシにも手軽に扱える銃器を開発してもらえばいいのだ。
そして、イグナシオも一緒になって射撃の特訓をすれば、彼も最前線で戦えるようになるし、姉弟の絆も深まる。可愛い弟の不満を一気に晴らしてやれる。さらに言うならダイエッ……げふんげふん、いや体質改善にもなって一石三鳥という寸法だ。
「それで、ボクは何をすればいいの?」
「誰でも手軽に扱えて超絶強力な銃器を作ってくれないかしら」
「うん、いいよ。そんなのお安い御用だよ」
「イグナシオなら、そうでしょうね。でも、貴方自身の射撃の腕前の程はどうなのかしら?」
「うっ……。それは、あんまりかなぁ……」
ふふっ。バツの悪そうな顔しちゃって可愛らしい。
「それじゃあ、ワタクシと一緒に特訓しなくちゃいけませんわね」
「えっ!? いいの?」
バツの悪い顔から、パァっとみるみる表情が明るくなる。
むふふ。新しくできたワタクシの弟が可愛すぎる件。
「それって、ボクも仲間に入れてくれるってことだよね?」
「ええ。ただし、シュワルツからお墨付きをもらうことが条件ですわよ。貴方もワタクシも現時点ではまったくのド素人なんですから。しかし、やるからには頂点を目指してトコトンやるのが、ワタクシが勝手に作ったローゼンブルク公爵家の家訓。貴方もワタクシの弟になったからには、その家訓に則ってもらいますわよ。さあ、イグナシオ。そうと決まれば、シュワルツがチビっちゃうくらいの人間凶器になれるように、さっそく特訓開始しますわよ」
「うん! ありがとう、お姉様! 大好き!!」
思いっきりジャンプして、ワタクシの胸に飛び込んでくるイグナシオ。よっぽど嬉しかったのだろう。ぎゅっと抱き締めて、その想いを受け止める。
でも、イグナシオはまだ知らない。
このあと待ち受けているのが、地獄の特訓であるということを――
だって可愛い弟を戦闘に参加させることになるのですもの。そりゃもう、古今東西の戦闘術・暗殺術をみっちりと叩き込み、万が一、億が一にも怪我などしないように鍛えてあげるのが、姉としての愛情というものですわ。
嗚呼。ワタクシって、なんて弟思いなのかしら。