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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode63

悪役令嬢、実況する。《ケルとエリト編》

 戦端が開かれてから、そろそろ15分が経過する頃。

 前衛部隊はヒッヒ、ネコタロー、スイーティア、ケル、ベロ、スー、アリア、アリア親衛隊(20人)の計27人。対する敵の前衛部隊は約500人。

 叔母夫婦に扇動された烏合の衆とはいえ500の荒くれ者たちを、たった27人で押しとどめている我が地獄の軍団の戦闘力の凄まじさよ。

 この分なら安心して実況に集中できそうだ。


 お次は誰にスポットライトを当てようか。

 そうだ。もう一組、気になっていたカップルがいた。

 つい先刻、勝手に総参謀長に出世したエリトと、獣人三人娘の長女ケルだ。


「ねえ、エリト。最近、貴方にもいい人ができたという噂を耳にしたのだけれど、事実なのかしら?」


 ぴくん。

 エリトの肩がわずかに痙攣する。


「……さあ? そのような噂はとんと聞き覚えがありませんね」


 エリトは努めて冷静を装っているが、額には汗が浮かび、声は上ずっている。


「あら、そうでしたの。噂もあてにならないものですわね」


「そうですとも。あえて苦言を申し上げますが、主君たる者が噂で動いてはなりません。無用な混乱を生む原因になりかねませんから」


「ええ、そうね。エリトの言うとおりですわ」


「私はご主人様率いる地獄の軍団の総参謀長として常に冷静に戦略を練り、時には冷徹な判断を下さねばならぬ身。私情をはさまないためにも特定の仲間との過度な接触は控えるよう心掛け、明確に線引きするようにしております。そんな私が恋人を作るなど……はっ、論外ですね」


 エリトが聞いてもいないことをペラペラと早口にまくし立てる。

 冷静を自認する我らが総参謀長殿の額はすでに冷や汗でびっしょり、声はますます上ずり、熱気で片眼鏡が曇っている。


「確かに彼女は美しい。あの燃えるような赤毛のショートヘアもよく似合っている。誰とでもすぐに打ち解けるコミュニケーション能力の高さも評価に値する。そして、その最大の魅力はヒマワリを連想させる眩いばかりの笑顔。彼女の笑顔を守るためなら、私はいつだって伯爵の身分も、この命すらも投げ出しましょう。ですが……! ですが、彼女は先代魔王様の代から仕える地獄の番犬ケルベロスの長女。いまだ魔王アホーボーン様の間諜である可能性も残っていることを考慮すれば、総参謀長たる私が彼女を愛することなど――」


 本当によくしゃべるなー。

 しかも、ベタ褒めのベタ惚れじゃん。

 聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいだ。


「ワタクシ、貴方のお相手がケルだなんて一言も言っていませんけど?」


「………………………………………………………………」


 束の間の静寂。


「誘導尋問とは卑怯ですよ、ご主人様!!」


 いやいや。誘導も何もアンタが勝手に自白したんでしょうが。

 恋は盲目とは言うが、こんなポンコツに総参謀長を任せておいて本当に大丈夫だろうか?


「ちょいと姐さん。それにエリトよ。おしゃべりに夢中になっていていいのかい」


「お姉様。単独行動しているケルさんのところに敵勢が集中し始めているみたいだよ。このままじゃ危険だと思う」


 シュワルツとイグナシオが双眼鏡をのぞきながら注意を促してくる。

 彼らも自前の双眼鏡で戦況を確認していたのか。


「ご主人様! 吾輩とヒャッハーなら、いつでも出動可能であります!」


「こんなときの遊撃部隊だからね~。ご主人様の命令とあらばスクランブル発進するよ~。ひゃは♪」


 遊撃部隊のクックとヒャッハーは今か今かとソワソワしながら出番を待っている。

 しかし、それ以上にソワソワしているのがエリトだ。

 ケルのピンチを聞いた瞬間から顔は青ざめ、右往左往しながら、ひっひっふー、ひっひっふーと深呼吸と間違えてラマーズ法を始めている。


「そんなにケルのことが心配なら、エリト、貴方が救援に向かってはどうかしら?」


「い、いえ! 参謀たる者、後方で俯瞰して冷静に戦況を見極めるという重要な役目があるわけでありまして……」


 いやいや、全然冷静じゃないし。

 居ても立っても居られない様子のエリトは、いつでも駆け出せるようにその場でランニングを始めている。行く気まんまんやん。


「ですが、ご主人様がそこまで是非にと私をご指名されるのであれば……」


 はいはい。気になるあの子を助けるために一刻も早く駆けつけたいわけね。

 参謀の役目をほっぽり出して駆けつけるためにはワタクシの指示という大義名分がほしいわけね。はいはい、わかりましたよ。


「わかったわ。是非、ケルのピンチを救ってあげて」


 ワタクシの言葉を最後まで聞くことなくエリトが猛ダッシュでケルのもとへと向かう。

 邪魔と判断したのか、トレードマークの片眼鏡を放り出していってしまった。

 うおおおおおぉぉぉ!!と叫びながらケルのもとへ一直線にかけるエリト。彼があそこまで情熱的な行動を見せるとは。


 敵勢に囲まれたケルに向かって迷うことなくムチを振るうエリト。

 てっきりムチで敵を一掃するのかと思いきや、そのムチがケルの身体をぐるぐる巻きにする。そこをすかさずエリトが渾身の力を込めて一気にムチを引き寄せると、ケルの身体が宙を舞う。そして、着地点でエリトがしっかりとお姫様だっこで受け止める。


 おおー。やるな、エリト。

 細身のエリトのどこからそんな力が湧き出てくるのか。これも火事場のおクソ力、いや愛のなせる業か。

 そういえば最近エリトのムチから茨のような棘が無くなっているのに気づいて不思議に思っていたのだが、なるほど、こういう場面を想定してのことだったのか。


 見事、ケルを窮地から救い出した白馬の王子様エリト。

 なにやら二人で見つめ合って言葉を交わしているようだが、いくら地獄耳のワタクシでもさすがに戦場のあの距離にいる二人の会話は聞き取れない。ああ、もどかしい。


「お姉様。よかったら、これを使って」


「ひゃっ!?」


 イグナシオが耳に何かを挿入してくる。

 突然、敏感な部分を刺激されたので、ワタクシとしたことが思わず悲鳴を漏らしてしまった。


「みんなには小型の通信機を付けてもらっているんだ。お姉様が遠くにいる仲間に指示を出すために作ったんだけど、そのイヤフォンを使えば音声だけを拾うこともできるよ、ほら」


 ザザー。

 耳障りな雑音が聞こえたかと思うと、エリトとケルらしき人物の声が響いてくる。

 あれだけ離れた場所の声を聴くことができるなんて魔法のようだ。


「……うれしい。本当に助けに来てくれたのね、エリトちゃん」


「キミがピンチのときには何があろうと必ず駆けつけると約束しただろ、ケル。私はキミのためだけの騎士(ナイト)なのだから」


 おい。参謀の役目とやらはどこへ消え失せた?

 エリトは総参謀長の座を捨てて、ケル専用の騎士へと転職したようだ。

 ……まあ、エリトも参謀である前に一人の男ということか。それはそれで素晴らしいことだと思う。二人が幸せなら、それが一番だ。

 天国の神も地獄の魔王もあてにならないから伝説の邪神にでも祈っておくとするか。

 どうか、あの二人に祝福を――


「ところで、姐さんは恋人を作る気はねえのかい?」


 明らかに興味本位といった様子でシュワルツが質問してくる。

 隣にいるイグナシオも、出番のなかったクックとヒャッハーも興味津々といった表情を隠そうともせずに、こちらを見ている。


「……興味ありませんわね。第一、ワタクシに相応しい殿方なんて、この世にもあの世にもいませんもの」


 と、そっけなく答えておく。

 ワタクシとて人の子。恋愛に興味がないと言えば嘘になる。

 ケル、ベロ、スーとスイーツでも食べながら気になる男子の話に花を咲かせてみたり、スイーティアとアリアとパジャマパーティーして恋愛相談に乗ってみたい。

 しかし、こと自分の恋愛となると話は違う。ワタクシはまだ当分の間、恋愛観測者としての立場を楽しみたいのだ。


 その観測者の立場から申し上げると、エリトがケルのもとへ駆け出すシーン。あれは実に良かった。恋愛小説に登場する、恋人のピンチに駆けつける青年さながらの盛り上げを見せてくれた。

 今年のベストシーン。主演男優賞と主演女優賞はエリトとケルで決まりだ。

 願わくば何度でも繰り返し見たい。


「お姉様。言い忘れていたけど、双眼鏡には自動録画機能を付けておいたからね。あとでゆっくり好きなシーンを見返すことができるよ」


 心を読まれた!?

 イグナシオは超能力者だったのか。

 我が弟が万能すぎる件……。


 ともあれ、ワタクシの念願は早々に叶った。

 今夜は赤いワインを片手に、こっそり一人で鑑賞会を開催するとしよう。