エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode55
悪役令嬢、伝家の宝刀を抜く。
自分の容姿に強烈なコンプレックスを持つサキュバス一族の姫アリアは、その心の傷の深さのせいで完全に人間(?)不審に陥ってしまっている。
ワタクシに彼女の傷を癒すことはできない。けれども、傷を抱えたまま孤独に生き続けることからは解放してあげられるかもしれない。
だから、これまで披露してこなかった伝家の宝刀を抜くことにした。
「貴方が抱えている心の傷は相当根深いようですわね。よろしくってよ。自分だけが傷ついている、自分だけが被害者だと思い込んでいる貴方に、いいものを見せて差し上げますわ」
天国の神も、暗黒の邪神も照覧あれ。
これぞワタクシが人間世界で忌み嫌われた第三の呪縛である。じゃじゃーん。
「そ、そのアザは……!」
ぐいっとドレスの襟の部分を引き下げて、首筋にあるアザを見せる。
そこには、くっきりと666の文字。
人間世界ではこれを悪魔の数字と呼んでいる。
ただでさえ黒髪+闇魔法のコンボ。そのうえ666の烙印が刻まれているわけだから、申し開きようない悪魔の子エトランジュの一丁上がりだ。
おかげで子供の頃からさんざん後ろ指をさされてきた。教会からエクソシスト専門の神父を派遣されたことまである。
聖ウリエール学園・初等部に入学する際、哀れに思った両親が外科手術でアザを消すことを勧めてくれたが丁重に断った。
愛する両親からもらったこの身体、感謝こそすれ、なぜ犯罪者のようにコソコソと隠滅せねばならないのか。
アザの一つや二つが、なんだというのだ。パーティーのときなどは、あえて隠さずにむしろトレードマークとして強調してやったこともあったぐらいだ。(今はそういう若気の至りも落ち着き、自然体で気に入ったドレスを着るようにしている)
黒髪+闇魔法+666のアザ。
「早い、うまい、安い」の三拍子ならぬ、「おぞましい、忌まわしい、禍々しい」の呪いの三重苦。存在そのものが生ける特級呪物。
これこそが、ワタクシことエトランジュ・ローゼンブルク公爵令嬢が生まれや言動とは無関係に人間世界で忌み嫌われていた三大要因である。
サキュバスの姫アリアよ。どうだ、恐れ入っただろう。
誰しも悩みやコンプレックを抱えているものなのだ。自分だけが被害者のように思ってはいけない。それよりも、そんなものは「ただの個性」ぐらいに思って、楽しく前向きに生きたほうが、ずっと人生得だということにどうか気づいてほしい。
「な、なあ、エトランジュ……」
ん?
何やらネコタローが気まずそうな表情で手を挙げて発言を求めている。
「あら、ネコタロー。何かしら?」
「エトランジュの言いたいことはよくわかるのだが……地獄では逆効果だぞ、それ」
逆効果? どゆこと?
首をかしげるワタクシを見て、意を決したように解説を始めるネコタロー。
「あのな、エトランジュ。黒髪と闇魔法は人間世界では忌まわしき地獄のツープラトンなわけだが、ここ地獄においては先代魔王が黒髪・闇魔法の使い手だったこともあって憧れの対象なのだ」
なんと!?
そう言うことは先に言ってほしい。
地獄に来てからそこそこの日が経過するが、今まで誰も教えてくれなかったし、誰も褒めてくれなかったのはどういうわけか。
憤るワタクシの心に構わず、ネコタローは続ける。
「そして、666は地獄では最高に縁起がいい数字。黒髪、闇魔法、666と三拍子そろえば人間世界では最低最悪のバミューダトライアングルだが、地獄においてはラッキー7の大フィーバー、逆転サヨナラ満塁トリプル役満なのだ。つまり、お前は地獄においては美しく咲き乱れるラフレシアの花束。唯一無二の暗黒の華なんやでー。でー。でー……」
ネコタローがおそらく地獄における最大限の賛辞っぽい言葉を贈ってくれた。
なるほど。黒髪、闇魔法、666は人間世界では三重苦だったが、地獄では容姿端麗、雲中白鶴、豪華絢爛の三重奏というわけか。
所変われば品変わると言うが、人間世界と地獄でこれほど価値観が真逆だとは思ってもみなかった。
うーむ。せっかくとっておきの秘密を明かしたというのに逆効果とは残念至極。
困ったぞ。これで決まりだと思っていたから、次の手は考えていない。
さて、どうしたものやら……。
「それはさぞやつらい目に遭ってきたことじゃろうな。エトランジュ、そなたが人間世界でどれほど虐げられてきたか、わらわには痛いほどよくわかるぞ……」
おや。てっきり逆効果だったかと思いきや、アリアの心にはしっかりと響いたようだ。
「そなた、ご両親は健在か?」
「いいえ、ワタクシが幼い頃に事故で亡くなりましたの。でも、ワタクシの黒髪も闇魔法もこのアザも性格もすべて受け入れて愛してくださったわ」
「さようか。素晴らしいご両親を亡くして気の毒に……。サキュバス一族は女だけの種族であるため、わらわの親は母一人。その母も女王という立場もあってか、醜く、飛ぶこともできぬ娘をうとましく思っているようじゃ。もう何年もお会いしておらぬ……」
もっとも頼れるはずの母親には見限られ、心無い家臣からはブタ姫とさげすまれ、そんな環境で過ごしてきたら誰でもトラウマを負うし、コンプレックスを抱えるだろう。
だけど、そんな親や心無い連中のせいで、アリアが暗い人生を歩むことになるなんて絶対におかしい。彼女には自由に心のままに生きて、幸せになる権利がある。
「人様の親御さんをどうこう言うのは、憚られますけれど……。我が子の個性を愛して伸ばしてやれない親なんて、子供のほうから見限ってやればいいのですわ」
「え……?」
「ワタクシは幸運にも両親に愛されましたけど、もしあの意地悪で姑息で性根が腐っている叔母夫婦が両親だったら、こっちから絶縁状を叩きつけていたでしょうね。ついでに闇魔法で黒髪に変えて全身に666のアザも刻んで置き土産をプレゼントしたに違いありませんわ」
「うん、やるだろうな。エトランジュなら」
「ええ、間違いありません。お嬢様なら絶対にやります」
ネコタローとスイーティアもお墨付きをくれる。
付き合いが長いだけのことはある。ワタクシへの信頼感は絶大だ。
「ぷっ……」
アリアが笑った。
こちょこちょしたわけではない。自然にこぼれ出た笑みだ。
笑うと福々しいほっぺにえくぼができて愛らしい。
「そなたの言動を見ていると、なんだか今まで自分が気に病んでいたことすべてが馬鹿馬鹿しくなってくるな。そうか……他人の評価なんて、どうでもいいのじゃな。自分の人生、どう生きるかは自分で決めればいいのじゃな」
「そうよ。たった一度きりの人生……まあワタクシの場合、二度目の人生ですけれど、思いっきり好きなように謳歌しないと損ですわよ」
「ふふっ、その通りじゃな。よし、わらわは今日から生き方を変えるぞ。これからは誰が何と言おうとスイーツを好きなだけ食べる!!」
「おほほほほ、そうこなくては。……スイーティア」
ワタクシの合図で待ってましたとばかりにスイーティアが色とりどりのスイーツを取り出す。
「おお! 夢にまで見たスイーツの数々! これを食べてもよいのか?」
「もちろん。思う存分、好きなだけ。お仲間の方々もどうぞ一緒に召し上がれ」
アリアの親衛隊は全員そろってワタクシのほうに深々と礼をしている。
スイーツのお礼ではなさそうだ。アリアを呪縛から解放して差し上げたことへのお礼か。
気にしなくていいのに。アリアと出会えてワタクシのほうこそ感謝したい。アリアからはたくさんの初めてをもらったのだから。
1 スイーツを滅ぼすと言われた
2 スイーツを燃やされた
3 一対一の真剣勝負をした
4 ワタクシと戦って5分以上生きていた
5 プロレス技をかけられた
6 こちょこちょされてお下品な笑い声をあげた
7 戦いに引き分けた
アリアとの戦いを通して、なんと7つも人生初を体験できた。
体験は財産である。アリアはワタクシの人生にかけがえのない財産を贈ってくれた。
そして――
「あの、エトランジュ……」
夢にまで見た念願のスイーツを口にしながら、アリアがおずおずと頬を赤らめながら切り出す。
「よければ、わらわと、その、と、友達になってほしいのじゃが……」
「トモ、ダチ……?」
「……はじめて友情を知ったモンスターみたくなってますよ、お嬢様」
アリアが贈ってくれた8つめの人生初は、友達ができたこと。
ネコタローもスイーティアも地獄で出会った素敵な仲間たちもみんなかけがえのない存在だけど、友達というのは初めてだ。
幼少期から黒髪+闇魔法+666の3連コンボで学園内では畏怖の象徴。生まれ持った美しさとエレガントさのおかげでご令嬢方からは嫉妬の対象。友達ができる余地などなかった。これまで17年間できなかった友達が、ここに来てようやくできたのだ。
これはアレか? その昔、お父様の書斎で見つけたご本に描かれていた戦いを通して芽生える友情というやつか?
「お前、やるじゃねえか」「ふっ、お前もな」「今日から俺たちはマブダチだぜ」「宿敵と書いて友と読む」「よーし、夕日に向かってダッシュだ」とか、確かそんな内容だったと記憶している。
「あの、エトランジュ……? わらわと友達になるのは嫌か?」
「いいえ、とんでもない。もちろん喜んでお友達になりますわ。これからよろしくね、アリア」
どちらからともなく手を取り合い、心を通わせ合う。
両陣営の仲間たちが、それを惜しみない拍手で祝福する。
「よかったですわね、お嬢様」
「うんうん、よかったよかった。本当によかったな、エトランジュ」
スイーティアもネコタローも涙を流しながら、ワタクシに初めての友達ができたことを喜んでくれる。
これがワタクシの生涯の親友、サキュバス一族の姫アリアとの出会い。
その後、アリアは母親である女王と親子対決することになるのだが、それはまた別の物語……。
地獄での第二の人生が幸せ過ぎる。
地獄に堕ちてから愛猫に、専属メイドに再会した。弟に、仲間たちに、移動要塞に、地獄一の武器屋まで手に入れた。さらに友達まで出来て、その親衛隊まで漏れなく付いてきた。
なんだか物事がうまく運びすぎて怖いぐらいだ。
でも、怖れることはありませんわよね?
だって、ワタクシはエトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢。
この勢いで地獄の魔王アホーボーンを倒し、より快適で、よりゴージャスで、よりエレガントで、よりスイーツなハッピーライフを謳歌してみせますわ。
おほほほほほほほほほ。
第5幕
完