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エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode19

悪役令嬢、専属メイドが語るエピソードにちょっぴり昔を思い出す。

 あれから敵悪魔は要塞に引きこもって出てこない。おおかた戦力と作戦の立て直しを図っているのだろう。

 その間、三人組が一躍スターダムにのし上がったスイーティアを囲んでワタクシとの馴れ初めを聞かせてくれとせがんでいる。

 ……馴れ初めって、恋仲の方たちが知り合ったきっかけのことじゃなかったっけ? まあ別に構わないけれど。


「たとえ火の中水の中……。そこまでご主人様を想っておられるからには、何かとっておきのエピソードがあるのでありましょうなぁ」


「ええ、もちろん。あれは忘れもしません。ワタクシがローゼンブルク公爵家にメイド見習いとしてお仕えして間もない日のことでした――」


 そして、スイーティアは胸に手を当てて、昔を懐かしむように語り始めた。

 ワタクシの義理の妹アンジェリーナが国宝級のツボを割ってしまったこと。明らかに故意に割ったのをスイーティアのせいにして罪をなすりつけてきたこと。実の娘が可愛くて可愛くて可愛くて仕方のなかった叔母夫婦は娘の証言を一切疑うことなく、スイーティアの罪だと決めつけたこと。


「……私はその場で奥様から自害するように命じられました。こんなことで私の人生は終わってしまうのか。死を強要される恐怖と絶望になすすべもなく震えていたそのとき――!!」


 スイーティアの語りがだんだん熱を帯びてゆく。お姉さん、入り込んでるなー。

 三人組は毎度のこととして、今回はネコタローまでも身を乗り出して興味津々で聞き入っている。


「一部始終を階段の上から見ていた、当時まだ幼かったエトランジュお嬢様が毅然とした態度でこうおっしゃったのです。ワタクシが許す、と。たかがツボごとき、人の命以上の価値はない、と」


「ひゃー! さっすがご主人様! カッコいいーん♪」


 スイーティアがヒャッハーの歓声に満足げに頷いてから続ける。


「割れたのは国宝級のツボですから、その損害は計り知れません。アンジェリーナ様もそのご両親も烈火の如く猛反発しました。しかし、幼いお嬢様は怯むことなく平然と言ってのけられたのです。それはワタクシのツボなのだから貴方たちには関係のないことだと」


 あー。なんとなく思い出してきた。

 あのツボはワタクシの実の父親、ローゼンブルク公爵が所有していたものだ。両親亡き後、遺言により屋敷も資産もすべて一人娘のワタクシが相続した。当然その中に国宝級のツボとやらも含まれる。

 叔母夫婦は義理の親という立場を殊更主張してきたし、アンジェリーナも義理の妹だと言い張り続けたが、法的にはワタクシがローゼンブルク公爵家の当主であることに変わりなく、叔母夫婦はただの後見人で、アンジェリーナはただの従妹でしかない。

 従って彼女らに財産の所有権はなく、ツボが割れようが屋敷が倒壊しようが、とやかく言う筋合いはないのだ。

 だから言ってやった。貴方たちには関係のないことだ、と。


 それを聞いた叔母夫婦は顔を真っ赤にして、ぐうと唸るだけで押し黙ってしまった。

 ぐうの音も出ないというが、ぐうの音は出るものだと、このとき初めて知った。

 アンジェリーナはギリギリと歯を食いしばって拳を振るわせていた。なぜあの子がそこまで怒るのか未だに意味がわからない。


「――そして、お嬢様はワタクシに向かって、こうおっしゃったのです。本日この時をもって貴方をワタクシの専属メイドに任命しますと」


 んー、そんなこと言ったかな? 言ったかも。

 ついでに、割ったツボの分はせいぜいこき使って差し上げますわ、とも言った気がしてきた。

 けど、スイーティアの記憶の中では美談になっているらしく、ついでの一言は割愛された。


「以来、私はお嬢様に一生を捧げることにしたのです」


 めでたしめでたし、みたいに締めくくるスイーティア。

 今ここは地獄であって、ワタクシのせいで道連れされたのだから全然めでたくないはずだけど、話し終えたスイーティアは満足そのものといった表情だ。

 三人組は感動(?)のエピソードにむせび泣いている。

 彼らはいつものことだからいいとしても、今回はネコタロー、お前もか。涙するネコって初めて見た。


「あのときのこと覚えていますよね、お嬢様?」


「……さあ? そんなこと、あったかしら。昔のことだから忘れましたわ」


 ぷいっと顔をそむけたワタクシの頬は、たぶん少しだけ赤かったと思う。