エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode14
悪役令嬢、専属メイドとマカロンに癒される。
地獄に在りながら天国さながらの至福の時がゆっくりと流れてゆく。
スイーティアお手製のマカロンが、戦いにささくれ立った心を優しく癒してくれる。
地獄の真っ只中にいるにもかかわらず、一口ほおばるたびに天国の階段を上っていく気分……。そんな夢心地にさせてくれるのだから、ワタクシの専属メイドのパティシエとしての腕前は天下無敵だ。
「ありがとう、スイーティア。相変わらず、とっても美味でしたわ。大満足よ」
「お喜びいただけて何よりです。こうしてまたエトランジュお嬢様のためにスイーツをお作りできるなんて、こんなに嬉しいことはありません。本当にご無事で何よりです」
処刑されて地獄に堕ちているのだから無事ってわけではないのだろうけど、特に不便もなくこうしてご機嫌さんにやっているのだから、まあ無事と言えば無事なのか。
あまり深く考えても得るものはなさそうなので、そういうことにしておこう。うん。
「ワタクシはどこにいようとも我が道を征くのみですわ。……けれども、どちらかというと人間世界よりも地獄のほうが快適な気がしますわね」
やれ常識外れだの、やれ前代未聞だのと口うるさく言ってくる連中がこの地獄にはいない。少なくともその分だけ居心地がいいのは確かなのだ。
「ふふっ。さすがはお嬢様。無茶苦茶ですね」
笑顔で主人を無茶苦茶と評するスイーティア。表情を見るに微塵も悪気はないようだし、スイーツも最高だから、褒め言葉としてありがたく受け取っておくとしよう。
その後、スイーティアは最期の時のことをぽつりぽつりと語ってくれた。
聞けば、ワタクシの義理の妹であるアンジェリーナの鶴の一声でスイーティアの処刑が決定したらしい。
義理の姉であるワタクシを独り死なせるのは忍びないから冥土の土産にメイドもギロチン送りにしましょう、という彼女のしゃれにならない思いやりあふれる言葉に心動かされた第一王子が即座に処刑を実行したのだという。
そんな進言をするアンジェリーナも大概イカれているが、それをそのまま実行してしまう第一王子も相当頭がおかしい。遠くない未来に暗君を戴くことになるエーデルシュタイン王国の無辜の民には同情するばかりである。
さらにスイーティアは物言わぬネコタローに代わって、ネコタローがアンジェリーナの不興を買って処刑されたことも教えてくれた。
以前からワタクシだけに懐くネコタローが気に食わなかったアンジェリーナは、ワタクシを処刑した後にネコタローを自分のものにしようと首輪に無理やり手綱を付けて縛りつけようとした。
それに抵抗してアンジェリーナの手の甲を引っ掻いたネコタローは、無残にも第一王子の剣によって斬殺されたのだという。
「あの子はちっとも変わりませんわね……。ワタクシのものは何でも自分のものにしたがる」
そして手に入らないとわかれば、激しく怒り狂う。容赦なく攻撃する。無慈悲に破壊する。
何があの子をそこまで駆り立てるのかはわからないし、わかろうとも思わないが、ワタクシに対する異常なまでの対抗心、嫉妬心、そして狂気が遂にはワタクシだけでなく、その周囲にいる者たちまでも死に至らしめた。
それほどワタクシが憎いのであればワタクシだけ処刑すればいいものを、ネコタローやスイーティアのような力のない無実の者たちまで死に追いやるとは……いずれその罪に見合うだけの苦しみを100倍返しで味わわせてやらねばなるまい。
「まったくもって許しがたいですわね」
「お嬢様、どうかお怒りをお鎮めください。私にとってお嬢様のいない世界など、生きる意味はありません。こうしてお嬢様に会えたのです。今となってはあの人たちにむしろ感謝したいぐらいです」
そう言って健気に微笑むスイーティア。
見ると、スイーティアの心根に触れて感極まったのか、三人組がそろって涙を流している。クックなどは最敬礼までしている。
そうだった。スイーティアはこういう人間だった。いつも笑顔で、前向きで、人のせいにすることなく明るく生きる。
女のワタクシでも嫁に迎えるなら、彼女がいいと思うぐらい大変良くできた娘さんなのだ。
しかし、スイーティアの優しさに甘えるわけにはいかない。
本当に申し訳ない気持ちでスイーティアに頭を下げる。
「あ、頭をお上げください! ……たとえ地獄であったとしても、またお嬢様にお仕えすることができて、私は幸せです」
「貴方……。ワタクシのせいでひどい目に遭って地獄に堕ちたというのに、それでもまだワタクシの専属メイドを続けるつもりですの?」
「はい、もちろんです!」
スイーティアが真っ直ぐにワタクシを見る。口元は微笑んでいるが、そのまなざしは真剣そのものだ。
ワタクシはこれまでやりたい放題、自分の心の赴くままに行動してきた。だから嫌われ者であるという自覚はしている。自覚はしているが、他人からどう評価されようと関係ないので、生き方を改めることなく自由に生きてきた。それがまた更なる怒りや憎しみを買い、負のスパイラルにつながっていることもわかっていた。それでも生き方を変えることができないほど相当に身勝手な頑固者なのだ、ワタクシは。
しかし、スイーティアは地獄に堕ちてもなお、そんなワタクシについてきてくれるという。彼女が地獄に堕ちたのはワタクシのせいだというのに、だ。
スイーティアにだけは嫌われたくない。スイーティアの想いにこの先、全力で応えていきたい。
ワタクシは心の中で、そう静かに誓ったのだった――