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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode57

小休止:悪役令嬢、地獄でグルメ紀行。《ハンバーガー編》

 サキュバス一族の姫アリアという友を得て、ワタクシはすっかりと舞い上がっていた。

 戦いを終えた後、スイーティアが腕によりをかけて、ワタクシとアリアの友情をスイーツで祝ってくれたのだ。

 ガトーショコラに、ザッハトルテ。クレームブリュレにミルクプリン。ミルフィーユにマドレーヌ。モンブランにフィナンシェ。

 東洋に伝わる砂糖菓子まで。数十種類にも及ぶ古今東西のスイーツを目の前に、ワタクシもアリアも夢気分。特にアリアはこれまでスイーツ断ちしていた分を今日のうちに一気に取り戻す勢いで貪り食っていた。

 友と味わうスイーツは格別の味がした。ワタクシはこの日のスイーツの味を生涯忘れないだろう。


「このスイーツいいね」と友達が言ったから今日はスイーツ記念日

 エトランジュ・フォン・ローゼンブルク


 しかし、ワタクシは忘れていた。

 秘密の特訓の1ヶ月間、ずっと地球出身のイグナシオと、ごく普通の、至極まともな料理だけを口にしていたが、今日は仲間たちのもとに戻ってからの初の夕食。

 そう、すっかり忘れていたが、ここは地獄。今夜の料理は、きっと例のアレに違いない……。


 で、その日の夕刻――


「今日の料理当番は、この俺、シュワルツだ。安心してくれ。姐さんが激辛料理好きだってことはヒッヒたちから聞いているぜ。とっておきの一品を用意したから、心置きなく楽しんでくれよな」


 はい、予想通り現れいでたました、激辛料理。

 どんと目の前に置かれたのは、パンからこぼれんばかりの肉を挟んだ料理だった。パンで具を挟むといえばサンドイッチを思い出すが、それよりもっと豪快だ。

 サンドイッチが常温で提供されるのに対して、こちらは熱々。むわっと湯気が立っている。香ばしく焼き上がった挽肉と玉ねぎの香りが食欲をそそる。


「コイツは『ハンバーガー』って食いもんで、俺にとっちゃソウルフードみてえなもんさ。俺の故郷の味を是非、姐さんに食ってもらいたくって用意したんだ」


「ソウルフード……。じゃあ、これは地獄生まれの料理なの?」


「いいや、違う」


 違うんかい。


「コイツは地球で生まれた料理さ。ご存じの通り俺は地獄生まれの地獄育ち。生粋の地獄っ子さ。けど、この稼業を始めてから、特にイグナシオの坊ちゃんに雇われてからは、毎日のように地球の武器を扱うようになった。あれだけ多彩な武器を開発するからには、地球の連中はよっぽどの戦闘狂(バトルジャンキー)と戦争屋(ウォーモンガー)に違いねえと思って自分なりに調べたんだよ。そしたら中でも筋金入りなのはアメリカって地方の連中だっていうことがわかったんだ。やっこさんたちときたら、来る日も来る日も戦争戦争。戦争していない日がないってぐらいに戦争してやがるだぜ? 何を喰ったらそんな連中が育つのかと思ってみたら、ハンバーガーにたどりついたってわけよ」


 シュワルツの調査結果はずいぶん極端に思える。

 そのアメリカとやらに住んでいる人たちも実際には年がら年中ハンバーガーとやらを食べているわけではないだろうし、戦争しているわけでもないはずだ。


「まあ、きっかけはそんなところだが実際に食ってみると、このハンバーガーがうめえのなんのって。決して上等とは言えねえ挽肉に玉ねぎと香辛料を練り込んだパティ。コイツを鉄板で肉汁たっぷりジューシーに焼き上げる。そいつにトマトにピクルス、たっぷりのチーズを乗せて、香ばしく焼いたバンズではさむ。おっと、その前にケチャップとマスタードを入れるのも忘れちゃいけねえ。そして出来上がった豪快でジャンキーなコイツをガブリといくんだ。いいかい、姐さん。たとえお貴族でもご令嬢でもコイツを喰うときだけはお上品にフォークとナイフなんざ使っちゃいけねえ。手づかみでガブリと喰らいつくんだ。そいつがハンバーガーの礼儀作法、ハンバーガーへの敬意ってもんさ」


 熱のこもったシュワルツの力説に期待が高まる。

 食材の組み合わせだけ聞いても美味しいことは確定だ。

 それに先程から胃袋を誘惑してくるこの肉汁と香辛料の香り……。もうたまらん。

 シュワルツのご高説に則り、ここはハンバーガーへ敬意を表し、素手で鷲掴みにしてハンバーガーをいただくことにする。

 大きく口を開けて、あーん。

 ガブリ。


 あっふ。嚙んだ瞬間にジューシーな肉汁があふれ出す。

 これは混じりっけなしの100%の牛肉だ。シュワルツは上等な肉ではないと言っていたが、とんでもない。確かに高級な部位ではない。牛のスネやスジ、高級レストランでは提供しない部位を丁寧にミンチにして食べやすくしてある。それにみじん切りにした玉ねぎと一緒にしっかりこねて、塩コショウ、ナツメグといった香辛料で味と香りを整える。これを焼いて提供するだけでも立派な料理だ。

 肉の熱でとろけたチーズとの相性も最高。肉の脂とチーズの脂の濃厚なハーモニーは贅沢を通り越して背徳的ですらある。

 薄くスライスしたトマトの酸味。ピクルスの酸味。ケチャップとマスタードの酸味。4つの酸味がそれぞれの個性をもって力強い肉の味わいをさらに引き立ててくれる。

 そして、それらの味を優しく大いなる愛で包み込むのがバンズ。

 当然、パンなら何でもいいというわけではない。このこだわりの全粒粉で作ったバンズでなければ力負けしていたところだ。


 これがハンバーガーか。

 王国貴族の食卓では決して出会えない料理だ。けど、ワタクシは王国貴族の贅沢なフルコースなんかよりも、このハンバーガーを選びたい。そのためなら貴族の地位なんて捨ててもいい……というのは、さすがに言い過ぎかしら?

 ともあれ、とっても美味しくいただきました。

 ごちそうさま。


「おっと、姐さん。コイツも試してくれよ」


 だよね。このまま終わらせてくれるはずないよね。

 わかってた。うん。


「このシュワルツ特製チリソースをパティのうえに、たっぷりとかけて食ってくんな。うんめぇぞ~?」


 と言いながら、ワタクシに断りもなく、バンズをめくって、パティのうえにドロリとした赤いソースをドバドバとかける。

 何という冒涜。食べ物を粗末にしてはいけません。

 またこのパターンかと辟易しそうになるが、うん……? なんだかいい匂いが立ち込めてきた。どうやら、このシュワルツ特製ソースが匂いの発生源のようだ。


 ええい、据え膳喰わぬは女の恥よ。ここまでお膳立てされて、敵に背を見せるのはローゼンブルク公爵家の名折れ。さすがにエリトに食べさせられた300万スコヴィルを上回るということもあるまい。我これより死地に入らん――

 ガブリ。

 もぐもぐもぐ。


 ……ん? あれ? おかしいぞ。普通に、いや、とても美味しい。

 辛いか辛くないで言えば、辛い。

 ピリリと舌を刺激する辛さはあるのだが、ハンバーガーとの相性がよく、さらなる食欲を引き起こしてくれるのだ。

 これまでの地獄の激辛料理の数々と比較すると、ちょっと物足りないぐらいに感じてしまうのは、ワタクシの舌がおかしくなってしまったせいだろうか?


 いや、もしかすると辛さへの耐性がついたのかもしれない。

 レベルアップすれば防御力の向上や魔法耐性がつくのと同じ理屈で、辛い物を食べた分だけ経験値が上がり、舌が強くなったのではなかろうか。

 そうだ、そうに違いない。

 300万スコヴィルの戦いを乗り越え、ワタクシはレベルアップしたのだ。

 てってれー! 「エトランジュの舌はレベルアップしていた!」

 辛さという強敵を克服し、この世(地獄だけど)にもはや敵はなし。全知全能の神にでもなったかのような万能感を覚える。


「どうだい、姐さん。美味かったろ?」


「ええ、とっても」


「そりゃ、よかった。俺ぁ、ここ最近の地獄の激辛料理はどうかと思ってんだ。激辛料理は俺も好きだが、なんでもかんでも辛くすりゃいいってもんじゃねえ。美味さをないがしろにしちまうような辛さを求めちゃ、それはもう食いもんとは呼べねえ。大事なのは辛さと美味さのバランス。そして食材への感謝さ」


 シュワルツが常識的なこと言ってる!?

 気のせいか、その姿がキラキラ輝いているようにすら見える。

 いけない。これはうっかり恋に落ちちゃうアレだ。

 でも、間違えてはいけないわ、エトランジュ。悪党が雨の日に子犬を拾うとかして、たまにいいことした姿を目撃してキュンと来ちゃう乙女がいるらしいが、そんな馬鹿な話はない。悪党なんかにならずに、ずっと一途に真面目に生きている人のほうが圧倒的に立派なのだから。

 シュワルツが口にした「辛さと美味さのバランス」「食材への感謝」だって、冷静に考えたら、当たり前のことですものね。


 さて、と。

 お腹もふくれて、心も満たされた。

 辛さと美味さのバランスが見事にとれたハンバーガーに敬意を表し、そして食材への感謝を込めて――


「ごちそうさま」




 ※レシピは割愛