エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode59
悪役令嬢、叔母夫婦と楽しく過ごした日々に想いを馳せる。
「それにしてもランデール伯爵……いえ、ランデール公爵夫妻と地獄でお会いすることになるとは思ってもみませんでしたね」
「いやいや、スイーティア。よく考えてみろ。あのランデール夫妻だぞ? あの金と権力の亡者だぞ? やつらが地獄に堕ちないほうが不自然だと思わないか」
「言われてみれば確かに……。うん。ネコタローの言う通り、あの人たちは地獄に堕ちて当然ですね」
生前より叔母夫婦の人となりをよく知るネコタローとスイーティアも、彼らが地獄に堕ちるのは当然という結論に達したようだ。
「ほぅ。天使のごとき心を持つスイーティア嬢にそこまで言わしめるとは……ランデール公爵夫妻とやらに俄然興味が湧いてきましたよ」
我が地獄の軍団の参謀たるエリトが、くいっと片眼鏡を上げて興味深そうにつぶやく。
戦闘が始まる前に叔母夫婦に関する情報を聞き出しておこうという腹積もりなのだろう。
それを受けて、ネコタローが待ってました!とばかりに叔母夫婦にまつわるエピソードを語り始める。
よくもまぁ、そんなに古い話を覚えているものだと思うが、スイーティアまで相乗りして暴露し始めているところを見ると、叔母夫婦に対する恨みつらみは相当根深いことがわかる。
ここは二人のストレス発散も兼ねて思いっきり言いたいことを吐き出してもらうとしよう。
最大の被害者たる当のワタクシは、多少の嫌がらせなど意に介していなかったため、ほとんど覚えていないのだけれども、そうですわね……。記憶の糸を随分昔までさかのぼって手繰り寄せてみて、ようやく思い出せるエピソードといえば――
あれは両親を失って間もない頃のこと。
ローゼンブルク公爵家の屋敷に押し掛けてきた叔母夫婦からいきなり何の脈絡もなく家事をしろと命じられた。
童話なんかによく登場する意地悪な親族が、身寄りのない子供を掃除、洗濯、料理とこき使ったりするアレだ。いびりとしては定番中のド定番のやつだ。
ワタクシ、不思議に思うのですけれど、掃除洗濯はまだいいとして、自分の口に入る料理をいびり倒す相手に作らせるのはいかがなものか。
毒でも盛られたら一発アウトだ。危機管理意識というものがないのだろうか。
童話に登場する意地悪な親族同様、叔母夫婦も危機管理意識が不足しているようだったので、幼い頃から親切だったワタクシは身をもって危機管理の大切さを知っていただくことにした。
と言っても、毒を盛ったりはしない。
一応相手はお父様の実の妹夫婦でもあるため、家事全般を命じられても大人しく言うことを聞くことにした。
ただし、ちょっぴり闇魔法を使わせていただきましたけれども。
だって仕方ないじゃありませんこと? ワタクシは家事なんてやったことがない深窓の箱入り娘、か弱く可憐な公爵令嬢なんですもの。
だから、増殖の闇魔法を使って叔母夫婦を大量生産することにした。そして彼らに掃除、洗濯、料理をさせたのだ。
増殖した分身(クローン)たちの能力はオリジナルのスペックに準ずる。
つまり、オリジナルが有能ならクローンも有能だし、オリジナルが無能ならクローンも無能になる。
そして、最初からわかっていてやったことだが、叔母夫婦の家事全般に関するスペックたるや、それはもう酷いものだった。
掃除をさせれば、窓を割る、家具を壊す、床を削る。掃除というより破壊行為だった。
洗濯をさせれば、洗濯板にこすりつけすぎて服を破く、アイロンで服を焦がす。叔母夫婦のお気に入りの衣装が次々と無残な布切れと化していった。
料理をさせれば、真っ黒に焦げた正体不明の物体が皿の上に並ぶだけという始末。味うんぬん以前にあれは食べ物ではなかった。
自分たちの無能ぶりを家中の者たちに漏れなくさらけ出してしまった叔母夫婦は、恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤にしながらワタクシに家事をやめるように懇願してきた。
ああ、こうして思い返してみると、なんだか懐かしい気持ちになってきた。
そういえば、そのあとすぐに面白い事件が起きた。
その名も『ランデール偽金貨事件』――
ワタクシの闇魔法の威力を思い知った叔母夫婦だったが、今度はその闇魔法を利用しようとたくらんだ。
転んでもただで起きないバイタリティというか、あの黒光りして家の中をカサカサと徘徊する恐怖の生命体がごときしぶとさには恐れ入る。
増殖の闇魔法を使えば錬金術ができるとひらめいた叔母夫婦は、さっそく金貨を無限に増殖するようにワタクシに命じた。
いや、命じたというのは語弊がある。ワタクシのおかげで危機管理能力を身につけたのか、優しく猫なで声ですり寄ってきた。
叔母夫婦いわく、ローゼンブルク公爵家を繁栄させるためとか、ご先祖様を祀るための神殿の建築費用に充てるとか、身寄りのない子供たちのためにエトランジュ基金を設立するとか、もっともらしい理由を並べ立てた。
最初から彼らの話を1ミリ信じていなかったワタクシは、よくそんなに息をするように嘘をつけるものだと感心したものだ。
最終的にはあんまりしつこいものだから仕方なく彼らの望み通りに偽の金貨を増殖の闇魔法で大量生産して差し上げることにした。
ただし、ちょっぴりイタズラを施した。本物の金貨を使わず、こっそり用意した偽物の金貨を増殖することにしたのだ。
本物の金貨にはエーデルシュタイン国王の肖像が刻まれているが、偽物の金貨には代わりに義理の叔父であるランデール伯爵(当時)の肖像を刻んで差し上げた。
野心家の義叔父が権力の頂点に立つ夢を抱いていたことは知っていたので、その夢を一足先にかなえてあげようというワタクシからのささやかな心遣いだった。
しかし、残念ながらその金貨が流通することはなかった。
あと一歩というところで叔母夫婦が気づいたのだ。
ワタクシが鍛えて差し上げたおかげで危機察知の感度が向上したのだろう。余計なことをしてしまったものだ。ちっ。
あわや偽金貨製造と、王位を簒奪しようという野心を暴露され、ダブルパンチのノックアウトでギロチン送りになるところだった叔母夫婦は、それからしばらく悪夢でも見ているような真っ青な表情で寝込んだ。
こうして思い返してみると、叔母夫婦との思い出は必ずしも悪いものばかりではなかった気がする。このように楽しい思い出もそれなりにあるのだから。
だが、ワタクシが一人思い出にふけっている間に、ネコタローとスイーティアが語った叔母夫婦のエピソードは散々なものだったらしく、仲間たちが口々に怒りをあらわにする。
「お姉様にそんな仕打ちをするなんて、ボク許せません。ワルサンドロス商会の総力を上げて彼らを殲滅しましょう」
「イグナシオの言う通りじゃ。我が友エトランジュの敵は皆殺しじゃ」
我が地獄の軍団の中では穏健派のはずのイグナシオとアリアが物騒なことを言い出す。
気持ちはうれしいけれども、叔母夫婦は貴方たちが手を汚すほどの価値はない。
「僕が一番許せないのは、ご主人様を王家に売り飛ばしたことです!」
珍しくヒッヒが拳を握りしめて声を荒げる。
整った顔が怒りに歪んでいる。せっかくのイケメンがもったいない。
「それもそうだけど、後見人のくせにエトランジュがギロチン送りになるのを黙認しやがるとは、外道にも程があるってもんだぜ」
口調も態度も男勝りだが、内面は意外と良識派のベロが腹に据えかねるといった様子で口をとがらせて腕を組む。
怒りの表現の仕方はおのおの異なるが、叔母夫婦を許せないという点においては完全に一致しているようだ。
皆が代わりに怒ってくれているからか、ワタクシ自身はむしろ冷静な気持ちになる。
過去の経験上、怒りに任せて戦うとロクなことにならないのはわかっているだけに、ありがたい。
おかげで冷静に、冷酷に、冷徹に、冷血に、叔母夫婦を断罪できそうですわ。
楽しい思い出を提供してくれた叔母夫婦ではあったが、敵対されれば応戦するしかない。
降りかかる火の粉は、ちゃっちゃと跡形も残さずに殲滅して差し上げるとしよう。