エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode37
悪役令嬢、ネコタローしゃべる。
「断じて許せん!!!!」
「ネコタローが……しゃべった?」
後ろ足で立ち、怒りに肉球を震わせるネコタロー。うーん、可愛い。
けど、いくら可愛くても立ったうえに、しゃべる猫だなんて……。
「……ま、地獄だし。猫の一匹や二匹しゃべってもおかしくありませんわよね」
というわけで華麗にスルー。
「いやいやいやいや! ちょっと待ってくれよ、エトランジュ! それはだいぶ感覚がマヒしているぞ!? 長年連れ添ってきた愛猫が突然立ち上がってしゃべったんだから、もう少し驚いたり喜んだり、リアクションがあってもよかろう!?」
さらりと流そうとしたところ、ネコタローが必死になって食い下がってくる。ここが正念場とばかりに器用に前足をわちゃわちゃと振りながら身振り手振りしてアピールする姿がこれまた可愛くて、ついついからかいたくなる。
「そう言われましてもねぇ……。地獄でさんざん悪魔を見てきた後だと、どうしてもインパクトが弱いんですもの」
「いやいやいやいや! 確かにインパクトは弱いかもしれないけど、せめて俺がここに至った大冒険活劇を語らせてくれ!!」
とまぁ、それからひとしきりネコタローをからかって満足した後、ワタクシたちはネコタローの大冒険活劇とやらを拝聴することにした。
ネコタローは、もともと地獄の住人だったらしい。
とある事情から人間世界に黒猫となって転移したはいいが、運悪く黒髪も黒猫も忌まわしいとされる人間世界に転移したため、人間に迫害された。転移した際に本来の魔力を失ったネコタローに対抗するすべはなく、傷ついて死にかけていたところを幸運にもワタクシに拾われたのが運命の出会い。以来、ワタクシを命の恩人として慕い、数々の冒険を繰り広げてきたとネコタローは語るがそれほど大した出来事はなかったように思う。
せいぜい200年ぶりに目覚めたファイアドラゴンを力ずくで再び眠りにつかせて火山噴火を防いだこととか、死霊に支配された遺跡の謎を解いて失われた古代魔法を手に入れたこととか、その程度のものだ。
しかし、ネコタローの饒舌な語りを食い入るように聞く家来たちは、城下町で紙芝居の英雄譚に夢中になる子供たちさながらに目を輝かせている。
クライマックスはワタクシの処刑シーン。敬愛してやまない主が目の前でギロチンにかけられるというのに、ただの黒猫だったために何もできなかった口惜しさ。自らの無力をどれほど呪ったことか。そう語るネコタローは当時のことを思い出してやるかたないといった様子だ。
自分を我がものにしようと近づいてきたアンジェリーナに、仇討ちとばかりに一太刀ならぬ一ひっ掻きを浴びせたまではいいが、その場であえなく第一王子の剣によってネコタローは命を絶たれた。
「この恨み、晴らさでおくべきか! あいつらをいつか必ず地獄に堕としてやるのだ!!」
と第一王子とアンジェリーナへの復讐を誓って、ネコタローの独壇場は幕を閉じた。
語っている最中、登場人物たちを独り芝居で演じるネコタローの可愛かったことといったらない。あー、眼福眼福。
「さあ、エトランジュ! ここから第二幕のはじまりだ! 愚かな人間どもに復讐してやろうぞ!!」
「復讐? 興味ありませんわ」
「へ?」
もちろん無実のワタクシを処刑したことは許しがたい。まさかあんなふうに突然ギロチン送りにされるとは思ってもみなかった。ワタクシを陥れた人間はおおかた予想がついているから、次に会うことがあれば推定有罪で1000倍返しにして差し上げようと思う。
でも、だからと言って、せっかく地獄で始まった新たな人生を復讐などという不毛で後ろ向きなことに浪費するつもりはない。
「復讐なんかよりも大事なのは、今ですわ。ワタクシは暗い過去をひきずって生きるより、楽しい未来を切り拓くために生きたい。復讐よりも、この地獄でいかに快適にスイーツにハッピーライフを過ごすかのほうが遥かに重要だと思いますわ」
「エトランジュ……。死してなお、地獄に堕ちてなお、己の生き方を貫き通すか。まあ、わかっていたことだけどな……。お前は本当に強いやつだ。さすが、俺が惚れ込んだエトランジュだ。皆の衆、拍手!!」
わー!という歓声とともに万雷の拍手。
はい、めでたし、めでたし……ということでいいのかな、これ?