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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode58

悪役令嬢、叔母夫婦のことを思い出す。

 生涯初めての友を得たワタクシは、昨晩このうえない幸福感に包まれて床に就いた。

 あれだけ幸せな気持ちに満たされていたのだ。当然、現実では絶対に味わえないようなハッピーイベントの数々が待ち受けていることだろうと大いに期待に胸を膨らませていたのだが、まったくもってそんなことはなかった。

 世の中、そうワタクシの都合の良いようにはできてないらしい。


 嫌な夢を見た。

 目覚めてからそれなりの時間が経過した今も珍しく気分が優れない。

 サキュバスの姫アリアとの戦いの最中、両親の夢を見たことと関係があるのだろうか。両親が亡くなった直後の頃の夢だった。


 両親の死について調査報告書には事故と明記されていたが、当時は事故でなく暗殺だという噂があった。

 誰かが死ぬと、やれ謀殺だ、やれ祟りだのと噂好きの貴族たちが、まことしやかに囁き合うのは社交界において珍しいことではない。

 しかし、我が両親を暗殺した犯人が当のワタクシだという噂まで流されてはたまったものではない。

 ワタクシが愛する両親を殺すはずがない。殺すなら噂を流した心無い大人たちを選ぶに決まっているのに。


 そんな噂を流されるのもワタクシが黒髪+闇魔法+666のアザを持ち、大人の言うことをちっとも聞かない生意気なお子様だったからだろう。

『悪魔の子エトランジュ』はともかく、『親殺しのエトランジュ』という二つ名は記憶から抹殺したいが、幼心に傷ついた出来事として、今もワタクシの心のささくれになっている。

 そんな経緯もあり、第一王子と婚約して王城に出入りできるようになった際、真っ先に両親の死因を調べたのだ。まあ、結局真偽は不明のままに終わったのだが……。


 自らの死を予期していたかのように、お父様は遺言書を残していた。

 そこにはローゼンブルク公爵家の家督も財産もすべて一人娘のエトランジュに相続する旨が記載されていた。

 遺言書の存在に慌てふためいたのは、お父様の実の妹にあたる叔母とその配偶者にあたるランデール伯爵だった。


 叔母は、「兄の愛した一人娘をみなしごにするわけにはいかない」と、もっともらしい美談をでっち上げ、自ら喧伝して回り、社交界で一躍時の人となった。

 彼女の狙いは、わかりやすくローゼンブルク公爵家の財産だった。この段階でワタクシの望むと望まぬに関わらず、半ば強制的に叔母夫婦と共同生活する羽目になることが確定したのだった。


 ランデール伯爵は、義理の兄夫婦の死を嘆くどころか、人生最大のチャンスとばかりに嬉々としてワタクシの後見人なることを頼んでもいないのに買って出た。

 法律上、後見人は被後見人が18歳になり成人するまで成長を見守る役目を負うわけだが、彼の場合、ワタクシを見守るどころか常に両手両足を押さえつけ、足を引っ張り、首輪をつける勢いで干渉してきた。

 将来自分のものとなる予定のローゼンブルク公爵家の名誉や財産を毀損すまいという魂胆が見え見えだった。今、思い出しても、うっとうしいたら、ありゃしない。

 ランデール伯爵はワタクシが18歳を迎えれば後見人の地位を失い、ローゼンブルク公爵家の家督と財産を受け継ぐことができなくなる。ゆえに彼にとってはワタクシが17歳で処刑されたのは願ってもない幸運。今頃、人間界で万歳三唱して人生を謳歌しているに違いない。


 以上のことからもわかるように叔母夫婦は、自らの欲望にとても忠実な人間だった。

 中でも彼らの最大の成果は、エーデルシュタイン王国が世界の覇者となるための最終人間兵器としてワタクシを王に売り込むのに成功したことだろう。

 その対価としてランデール伯爵は侯爵へ一気にツーランクアップ。王を補佐する宰相の地位におさまった。

 無料で仕入れたワタクシを、最高値で売り飛ばしてみせるとは、まことに見事な商才だ。詐欺や人身売買の類の商才ではあるが。


 前置きが大変長くなってしまったが、なぜワタクシが今、別に思い出したくもない叔母夫婦のことをわざわざ回想しているのかというと、移動要塞マカロンを遠巻きに囲んで抗議デモをおこなっている群衆の中心に、彼らの姿を確認してしまったからだ。


 叔母夫婦は、地獄に堕ちた罪人らしき人間のみならず、地獄の住人である悪魔たちまでも大量に引き連れている。その数1000は下るまい。

 なぜ、叔母夫婦が地獄にいるのか?

 なぜ、悪魔たちを扇動してワタクシの前に現れたのか?

 疑問は尽きない。

 彼らが一体何を訴えに来たのかを知るために、先刻から大声で叫んでいるシュプレヒコールの内容に耳を傾けてみることにする。


「エトランジュ・フォン・ローゼンブルクの横暴を許すな―!」

「「「「「許すな―!!」」」」」


「自分だけ地獄の刑罰を受けずにスイーツ三昧のハーレム生活なんて、ずるいぞー!」

「「「「「ずるいぞー!!」」」」」


「地獄の刑罰は免除! 労働も免除! 食事は1日3食のフルコース! 我々は待遇の改善を要求するぞー!」

「「「「「要求するぞー!」」」」」


 うん、彼らの主張はなんとなくわかった。

 要するにアレだ。叔母夫婦は地獄に堕ちて、ご多分に漏れず地獄の刑罰を受けてひどい生活を送ってきた。それなのに一足先に地獄に堕ちたワタクシが自由気ままにスイーツなハッピーライフを送っていることを知り、許せなかったわけだ。

 そして、地獄の悪魔まで巻き込んでワタクシを退治しにやってきたのだろう。その行動力には頭が下がる。


 彼らのことだ。おおかた悪魔や罪人を利用してワタクシを討ち取り、魔王アホーボーンがかけた賞金を独り占めにすることも計画に織り込んでいるに違いない。

 我が親族ながらそのバイタリティには敬意を表したい。

 とはいえ、彼らにだけは抗議されたくないという思いもある。

 人間世界では己の欲望を満たすために権謀術数の限りを尽くし、果ては被後見人たるワタクシを王族に売り飛ばすことまでやってのけてくれた彼らだ。願わくば10年ほど時を遡ってその悪行の数々にこそ抗議してやりたい。


「大丈夫か、エトランジュ?」


 先の戦いで友達になったアリアが心配そうに声をかけてくれる。


「ええ、大丈夫ですわ。まさか地獄で叔母夫婦と対面するとは思っていませんでしたけれど、考えてみればあの方たちが地獄に堕ちるのは当然ですものね。早いか遅いかの違いだけで、いずれこうなることは必然ですわ」


 問題は、ワタクシが相手だと知ったうえで正面から敵対行動を起こしてきた彼らと、どう向き合うかだ。

 さてさて、どうしてくれようか……?

 むっふっふっふっ。