エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode71
悪役令嬢、正ヒロインの悪意ある蠢動を感じる。
「全部あの子のせいだわ。何もかもアンジェリーナのせいよ……」
涙ながらにどころか、よだれと鼻水で顔をぐちゃぐちゃしながら、我が子の罪を訴える叔母。
我が両親亡き後、ワタクシは叔母夫婦とその実の娘であるアンジェリーナとの共同生活を始める羽目になったわけなのだが、彼らの娘への溺愛ときたらそれはもうはた迷惑なほどだった。
時間の無駄なので端折って説明するとするなら、アンジェリーナの言うことはすべて正しい、ワタクシの言うことはすべて悪、そんな感じだ。
それほど娘を溺愛していた叔母が憎しみを込めて我が子の名を口にするとは、ワタクシの死後、よほどのことがあったに違いない。
「叔母様。貴方がたはワタクシが処刑されて、我が世の春を謳歌さなっていらしたのではないのですか?」
「ええ……ええ、そうよ。でも、あの子は第一王子との婚約パレードを終えてから豹変した。実の両親である私たちをあからさまに邪魔者扱いするようになった。第一王子の婚約者として正式に認められたあの子のことを誇りに思っていたのに……寄生虫とまで言われたのよ!?」
寄生虫か。未来の王妃を産んだ実の母として甘い汁を吸い尽くそうとしていたはずからアンジェリーナの発言が見当違いというわけでもないだろうに。
それでも叔母は被害者ぶって怒りをあらわにする。
それに乗じて義叔父が続く。
「そう、あの子が態度を豹変させて間もなくして私の書斎から身に覚えのない王族暗殺計画の証拠が発見されたのだ。それを発見し、真犯人として私たちを告発し、手柄を独り占めにしたのは我が娘アンジェリーナ……! 第一王子に情けも容赦も無用、即刻処刑してほしいと嘆願したとか! それほど私たちが邪魔だったのか!? 私たちは血のつながった家族なのだぞ!?」
「悪魔のようなやつじゃな……」
呆れと恐れが入り混じった声でアリアがつぶやく。
サキュバス一族の姫君たる彼女にそこまで言わせるのだから、アンジェリーナもなかなか立派なものである。
「あんな娘、産まなければよかった…………」
悔やんでも悔やみきれないといった様子の叔母が嗚咽を漏らしながら語る。
「昔からどこかおかしいと思っていたのよ。あの子が3歳のときだったかしら……ひどい高熱を出したことがあってね。数日後に熱は下がったのだけれど、そのとき幼子とは思えないおかしな言動をしていたのよ。伯爵家じゃダメだとか何とか、訳のわからないことを口走っていたわ……」
このエピソードは初耳だ。
アンジェリーナが3歳だからワタクシはそのときまだ4歳。当時はまだ我が両親も健在で叔母夫婦とは離れて暮らしていたから、知らなくて当然かもしれない。
「高熱の後遺症かと心配したけど、アンジェリーナはすぐに落ち着きを取り戻した。でも、それから使用人をあごでこき使うようになった。わがままで贅沢になった。特にエトランジュ……あなたに対する対抗心、嫉妬心は子供のそれとは思えなかった……」
「そうだったな……。本当はあの子が小さい時から気づいていたのだ……。あの子が普通じゃないということを。だが、あの子が抱える負の感情を自分たちに向けられるのが怖かった。だから、あの子を甘やかして何でも言うことを聞いてやるようにしたのだ」
アンジェリーナのことを溺愛しているのかと思っていた叔母夫婦だったが、内心では彼女の狂気を怖れ、怯えていたのか。
そして、これまでワタクシに向けらえていたアンジェリーナの狂気は、ワタクシが死んだことによって行き場を失い、最も身近で邪魔な存在、すなわち叔母夫婦に向けられたというわけか。
何がアンジェリーナを突き動かしているか?
その正体を知る由もない。
しかし、ワタクシに続いて実の両親まで手にかけるとは……底知れない悪意が蠢動し始めた。そんな嫌な予感がする。
地獄で楽しく生きているワタクシには関係のないことだが、唯一、人間世界での心残りである執事のジュエルの安否が気がかりだ。
ジュエルにはワタクシのことなど早く忘れて、田舎でのんびりと畑でも耕しながらスローライフを過ごしてほしいのだけれど、彼のことだ、我が身を顧みずにワタクシの冤罪を晴らそうと奔走していることだろう。
どうか。どうかジュエルが無事でありますように。
「ご主人様」
心の中でジュエルの身の安全を邪神に祈るワタクシに、ヒッヒが声をかけてくる。
「何かしら、ヒッヒ?」
「こちらのお二方は、これをもってご主人様の家来ということでよろしいですね?」
「ええ、よろしくてよ」
「では、ご主人様に一つお願いがあります」
おや、ヒッヒが願い事とは珍しい。
彼はジュエル不在の地獄において、執事の役目を果たしてくれている。
その働きぶりは経験に勝るジュエルには及ばないまでも、このまま続けていけばジュエルに比肩する万能執事になると期待を寄せている。
「あら? どんなお願い事かしら?」
「このお二方を僕たちの配下にしてください」
叔母夫婦を指さしながら胸を張るヒッヒ。
その隣にはクックとヒャッハーが並び、同じく胸を張る。
なるほど。彼ら三人組は地獄での初めての家来だ。ワタクシは彼らのことを家来ではなく仲間だと思っているのだが、彼らにしてみれば生え抜きの先輩家来として、新米家来を鍛えてやろうという気持ちが芽生えるのもわからなくはない。
「よろしくてよ。叔母夫婦のことはヒッヒ、クック、ヒャッハーの三人に任せますわ。しっかりと可愛がって差し上げてね」
「「「御意!!」」」
「……というわけでお二方。これからは僕たちがあなた方の教育係を務めますので、どうぞよろしく」
うやうやしく礼をするヒッヒ。
その美貌に思わず、うっとりする叔母だったが、顔を上げたヒッヒは変身(メタモルフォーゼ)する前の悪魔の姿へと変貌している。
「ひ、ひぃっ!!!?」
ニチャリと粘着くような嫌な笑みを浮かべるヒッヒ。
そう言えばそうだった。
久しぶりに見るから忘れていたけど、出会ったときはこんなブサイクで凶悪な顔の悪魔だった。
のけぞり、後ずさりする叔母夫婦。その背後に待ち構えていたのはクックとヒャッハー。彼らも変身前の姿に戻っている。
「くっくっくっ、うまそうな人間がいるぞ」
「食べちゃおっか!? 今夜は闇鍋だぜ! ひゃっはー!!」
「さあ、俺たちがたっぷりと可愛がってやるぜ、ひっひっひっ……」
何事も最初が肝心。
この分なら親愛なる叔母夫婦の教育は、三人組に一任しておいて大丈夫そうだ。
叔母夫婦が家来に加わったところで、精鋭ぞろいの我が地獄の軍団においては何の足しにもならない。というか、むしろ足手まといでしかない。陽動作戦でおとりに使うのがせいぜいといったところだろう。
彼ら三人組にみっちり鍛えてもらって、せめて弾除けぐらいには使えるように成長してもらいたいものだ。
スイーツの仇、魔王アホーボーンを退治にしに行く道のりだったのに、叔母夫婦のおかげで、すっかり余計な道草を食ってしまった。
気を取り直して魔王退治を再開するにしても、疲れた心を紅茶とスイーツで癒さなければならない。というかスイーツ抜きで、これ以上一歩も動きたくない。
「スイーティア」
「はい、お嬢様」
以心伝心、すべてわかっていますといった笑顔で両手にたくさんのスイーツが乗った大皿を持っているスイーティア。さすがだ。
さて、と……。
美味しいスイーツを仲間たちと楽しみながら、魔王退治のプランを練るとしましょうか。
第6幕
完