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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode79

悪役令嬢、実況する。《スイーティアとアリア編》

 イグナシオとシュワルツの働きによって、怒り狂って魔王城の大扉に迫る悪魔たちを無事に退けることに成功。後顧の憂いはなくなった。

 一方、戦意喪失させるために過剰なまでの銃撃をおこなったため、その銃声は魔王城全域に響き渡り、ワタクシたちの侵入は魔王城内にいる悪魔たちの知るところとなった。

 これはあらかじめ想定していたことであり、不測の事態ではない。魔王城の外から攻めてくる悪魔たちと、魔王城の中から襲い来る悪魔たちの両方を同時に迎撃する必要があったので、今回の魔王城攻略戦はいわゆる二正面作戦を採用することにした。


 イグナシオとシュワルツの戦いにケリがついたのを見届けたワタクシは、魔王城の大扉を閉じるのを確認した後、魔王城の正面入り口から内部へと進んだ。あくまで公爵令嬢として威風堂々と、そしてエレガントに。仲間たちもそれに続く。

 魔王城の内部は思いのほか手入れが行き届いており、各部に施された美しい意匠からは歴史と伝統、文化と美意識を感じ取ることができた。

 魔王城というからには、もっと陰鬱として腐敗臭が漂う悪魔の巣窟をイメージしていたし、強奪……もとい譲っていただいた後はお掃除が大変だと憂慮していたので、これは嬉しい誤算だ。


 さらに奥へと進んでいくと二正面作戦のもう一方である、魔王城内の敵を迎撃する任にあたっているスイーティアとアリア、そしてアリアの親衛隊の姿が見えてきた。

 彼女たちにこの二正面作戦の片翼を任せたのには、もちろん理由がある。それはアリアと彼女が率いる親衛隊の特筆すべき防御力にある。

 アリアたちの防御力の異常なまでの高さは、ワタクシとの戦いで証明済みだ。手加減なしで攻撃したにもかかわらず、最後のトドメのくすぐり攻撃以外の物理攻撃はすべて受け切ってみせた耐久性は、味方にすればこれほど頼もしいものはない。

 事実、アリアたちは魔王城内から押し寄せる悪魔たちを完璧に防いでくれた。それどころか思っていたよりもだいぶ奥のほうまで押し込んでいた。圧倒的防御力を背景にしたゴリ押しの凄まじさよ。

 ちなみにスイーティアは、アリアの回復役としてサポートに回るように指示しておいた。回復アイテムはもちろんスイーツだ。


「さて、魔王城攻略戦第2ラウンドの実況はワタクシ、エトランジュと――」


「解説はスーなのでスー」


 ルンルン気分といった様子でご機嫌さんの獣人三姉妹の末娘スー。二人の姉にたっぷり甘やかされて育った結果、脳みそメープルシロップ漬けの娘が出来上がった。彼女の発言は99%がスイーツのことであり、おそらく口に出さないだけで頭の中は200%スイーツのことだと思う。

 果たして、そんなスーに解説役が務まるのであろうか。不安だ。


「さっそくですけれど実況を始めていきましょう。あちらをご覧になって。アリアが悪魔をブンブン振り回していますわよ」


 ワタクシが指さした方向では、メスゴリラ……じゃなくてサキュバスの姫アリアが右手に一つ目巨人型の悪魔の足を、左手に牛の頭をしたこれまた巨大な悪魔の角を握り締め、それを驚天動地の膂力で棍棒を振り回すようにして戦っている。彼女が腕を振るたびに周囲の悪魔たちが吹っ飛んでいく。その様子はさながら――


「うわー、すごいでスー。まるでポップコーンが弾けるみたいなのでスー」


 ポップコーンて。


「ま、まあ確かにポンポン弾ける様子はポップコーンに似ていると言えば似ていますわね。軽く塩を振っただけのポップコーンも美味しいですし、バターをかけたやつは病みつきになりますし、けれどもポップコーンと言えばキャラメルソースをかけたキャラメルポップコーンがワタクシとしてはダントツの1位ですわ」


「スーも賛成でスー。キャラメルポップコーンは無敵なのでスー」


 いやいや。待て待て。

 これでは、ただのスイーツグルメレポートではないか。

 目の前では魔王城攻略のためにアリアたちが真剣に戦ってくれているのだから、こちらも真剣に実況と解説をせねば失礼にあたる。

 イグナシオが作ってくれた双眼鏡には録画機能も付いている。後日、反省会で使う貴重な資料にもなるのだから気を引き締めてかからないと。


「あれをご覧になって。アリアと親衛隊の合体技よ。初めて見るけど、凄まじい威力ですわね」


 アリアと親衛隊が横一列に並んでゴロゴロを前転しながら敵をなぎ倒し、押しつぶしていく。アリアの体格と体重を存分に活かした必殺の合体技だ。あれを喰らったら、この世に破滅をもたらすというリヴァイアサンとて一巻の終わりだろう。


「ゴロゴロゴロゴロ楽しそうなのでスー。ロールケーキが食べたくなってきたでスー」


 うんうん。

 ロールケーキ、美味しいよね。


「砂糖、ミルク、卵で作った甘くてふわふわのシフォン生地に包まれた、とろけるような甘さの生クリーム。ああ、想像しただけでうっとりしちゃいますわね。あくまでワタクシの個人的見解ですが、イチゴをたっぷり使ったロールケーキが最強と断言しますわ」


「イチゴのロールケーキは最高なのでスー」


 はっ!?

 いけない。またしてもスーの甘い言葉に乗せられてしまった。


「おい、エトランジュ。いい加減にせぬか。そんなにスイーツの話をされたら余計にお腹が減ってしまうではないか」


 双眼鏡と一緒に装着したイヤフォンからアリアの不満たらたらな声が響く。

 あ、そうだった。

 遠く離れた戦場でもコミュニケーションが取れるようにとイグナシオが双眼鏡以外にも小型の通信機とイヤフォンを用意してくれていたのだった。

 戦闘に突入したら基本スイッチはONにしてあるから、今までの会話はすべてだだ漏れだったわけか。


「スイーティア。そろそろスイーツ用の別腹が限界じゃ。回復を頼む」


「はい、アリア姫」


 アリアの要望を受けて、回復役のスイーティアがどこからともなく本日のスイーツを取り出す。

 あれ、いつも思うんだけど、どこにしまってあるんだろ?

 もしかして、スイーティアは収納魔法の使い手だったのか。だとしたら、本当に万能メイドだ。

 お待たせしましたとばかりにスイーティアが取り出したるは、今日の3時のおやつ、モンブランだ。

 あ、ずるい。ワタクシもまだ食べてないのに。

 まあ、働かざる者食うべからずとも言うし、ここは天下無双の戦働きを見せてくれているアリアに一番手を譲るとしよう。

 それにしても、あのモンブランの美味しそうなことと言ったら――


「双眼鏡越しでも確認できる美しい薄茶色のマロンクリーム。それが滑らかな絹の糸のように幾層にも贅沢に折り重ねられていますわ。頂上部にはラム酒で漬け込んだらしき濃い茶色の皮付きの栗の実。あれはまさしくスイーティア特製モンブラン」


「ご名答です。中には、お嬢様が大好きな栗をこして作った生クリームもたっぷり入っていますよ」


 はっ!?

 いけない。心の声のつもりが、ついついたまらず声に出てしまっていた。

 それだけスイーティアのスイーツの威力が強烈だということか。


「いいなー、スーも早く食べたいなー」


「ふふっ、スーちゃんの分もあるから、あとで食べようね」


「やったでスー!!」


「もちろん、お嬢様もご一緒に」


「え、ええ、楽しみにしていますわ」


 なんかもう会話だけ切り取ったら、スイーツの話しかしていない。

 録画した映像は後日反省会で使うにしても「こいつらスイーツの話ばっかりじゃねえか」「そういえば甘いものが食べたくなってきましたわね」「そうだ、スイーツにしよう!」という流れになるのが目に見えている。

 ワタクシは予知能力ではないが、これはほぼ確実だと断言できる。


 まあ、それもこれも今回は組み合わせが悪かった。

 ワタクシもスーもスイーティアもアリアも、みんなそろってスイーツの使徒。スイーツ三昧にならないわけがないのだ。

 しかし、何も悪いことばかりではない。さっそくいち早く本日のスイーツにありついたアリアが霊薬エリクサーもかくやという回復+パワーアップを見せて、一騎当千の無双状態で敵を駆逐している。

 この調子なら魔王城内の悪魔の掃討には、さほど時間を要さないだろう。