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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode30

悪役令嬢、その正体は暗黒竜だった!?

「な、なんてことだ……! お姉さんの正体がドラゴンだったなんて!」


 いいえ、違います。

 反論したいところだが、暗黒竜に変身したため、うまく声を出せない。代わりに出たのは、「グオォォォォッ!」という可愛さの欠片もない唸り声だけだった。

 ひとたび変身したら声が出せない。他の魔法が使えない。すべての敵を排除するまで魔法が解けない。これが闇魔法ドラゴニアンの難点だ。禁呪になるのも頷ける。


「ようやくママになってくれる女の人に出会えたと思ったのに……! ボクを騙したんだな!!」


 ひどい言いがかりだ。しかし反論しようにも唸り声しか出ない。

 いや待て、エトランジュ。冷静になれ。これは知と知のラストバトル。声は出なくても意思疎通する方法はあるはずだ。


 そうだ。ジェスチャーで伝えるのはどうだろう。相手は天才少年。きっと身振り手振りだけでもワタクシの意図を汲み取ってくれるに違いない。

 神がかったひらめきで正解を導き出したワタクシは、まずは敵意がないことを伝えるために左右の手を何度も交差させてみた。


 しかし、あろうことか左右の手をクロスするたびに暗黒竜の鋭いかぎ爪からドス黒いオーラとともに必殺技みたいなものが飛び出してしまった。

 どうやら人間の感覚でドラゴンの肉体を操作するのは少々無理があったようだ。


 ドゴッ!!

 バキッ!!

 メキャッ!!


 特殊合金製の巨神の装甲がふわふわしっとりのチーズケーキにフォークを入れるかのごとく、呆気なく切り裂かれていく。


 ギャーーーーーーーーーーーーーー!!!!!?

 大切なワタクシの鋼鉄の巨神が……!! あれはワタクシのものなのにぃぃぃぃ!!


 このままではマズい。知と知のラストバトルが一方的な暴力による蹂躙に終わってしまう。しかもその果てに得られるものは巨大な鉄くず、燃えない粗大ゴミだ。

 これ以上のダメージを与えてはなるまいと、鋼鉄の巨神に背を向ける。


 ガギィィィィン!!

 ズズーン……。


 はて? 何の音だろうか。嫌な予感がするが……。

 恐る恐る振り返ってみると、鋼鉄の巨神の胴体が横真っ二つに裂け、上半身が床に這いつくばっている。


 ギャーーーーーーーーーーーーーー!!!!!?

 なんで!? どうしてですの!!?


 見ると、暗黒竜と化したワタクシのしっぽがピョコピョコとご機嫌さんに動いている。

 お前の仕業か……。


 敵を完全に排除したと認識したのだろう。闇魔法ドラゴニアンが解けてゆく。

 知と知のラストバトルのはずが……。頭脳バトルの末に無傷で鋼鉄の巨神を手に入れるというパーフェクトな計画が……。

 元の可憐な公爵令嬢の姿に戻ったワタクシは、絶望の淵に立っていた。その心の傷の深さをおもんばかってくれているのか、家来たちはワタクシと目を合わせようとせず、青い顔でうつむいている。


 ええい。終わったことをいつまでもウジウジと悔いても仕方ありませんわ。頭を切り替えて、この状況からの大逆転を目指すのよ。

 ワタクシは、エトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢。欲しいものは、いかなる手段を用いても必ず手に入れてみせる。


「あ、あ、あ……。ボクの最高傑作が……。ボクのギデオンが……」


 少年はお気に入りのオモチャが壊れて途方に暮れる子供のように鼻水を垂らして泣きじゃくっている。天才少年の面影は、もはやない。

 こうして見ると、まだまだあどけなさの残った普通の少年だ。傷だらけで雨に打たれていたネコタローを拾った日のことを思い出す。こういうか弱い存在を見ると、守ってあげたいと思わずにはいられなくなる。

 ママになるのは絶対に嫌だけど、姉ぐらいにならなってあげてもいいかもしれない。


「貴方の大切なものを壊してしまって、ごめんなさいね。悪気はなかったのよ?」


「この惨状を作っておいて「悪気はなかった」とか平然と言い切る姐さんのメンタル、すげーよな」


「お嬢様はあれで天然なところがおありなので、本当に悪気はなかったんだと思います。たぶん……。きっと……」


 そこ、おだまりなさい。

 今から心を閉ざしてしまった少年が麗しき公爵令嬢と出会い、心を通わせる名場面が始まるのだから。


「ワタクシはまだ17歳だし、未婚のまま子連れとかちょっと無理だから貴方のママには絶対なってあげられないけど……ワタクシの弟になるというのはどうかしら?」


「え……? でも、ギデオンも壊れちゃったし、お姉さんの役に立てないよ……?」


「役に立つとか立たないとか、そんなことは関係なくってよ。だって、家族ってそういう利害関係を超えたものでしょ?」


「家族……」


「それに貴方なら、ギデオンだってすぐに直せますわ。いいえ、直すだけじゃない。もっとすごい鋼鉄の巨神を大量生産することだってできるはずですわ」


「……なんか強引にいい話っぽくまとめようとしているけど、お姉さんの私利私欲がダダ漏れだよ?」


「あら、嫌ですわ。ひどい大人たちのせいで性格がねじ曲がってしまったのね。かわいそうに……。でも、大丈夫。ワタクシの弟になったら、そんな悪い大人を近づけさせたりしませんわ」


「今、目の前にいるのが一番悪い大人の気がするんだけど……」


「おほほほほ。細かいことを気にしていては、将来素敵な紳士になれませんことよ? そんな貴方にいい言葉を教えて差し上げますわ。――終わりよければ、すべてよし」


「お、終わりよければ……すべてよし?」


「そう。終わりよければ、すべてよし。万事解決。はい、これにて一件落着ですわ」


「え? え? 本気でそれで解決にしちゃうつもりなの? 強引にも程がある――」


「ふふっ。ワタクシに弟ができるなんて…………あれ? なんだか……めまいが……………………」


 ぐにゃりと景色が歪み、意識が朦朧とする。

 視界は狭くなり、ついには何も見えなくなり、もう立っていられそうにない。


「お、お姉さん?」


「お嬢様!! エトランジュお嬢様!!?」


「これはいけない! シュワルツさん、お姉さんを早く医務室に運んで!」


「あいよ、坊ちゃん。喜んで。おい、お前らも手伝ってくれ」


 薄れゆく意識の中で家来たちの声だけが頭の中に響く。

 これはMP切れ? 禁呪を連発し過ぎたせい? それとも――


 ここでワタクシの意識は完全に途切れた。




 第3幕

 完