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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode51

悪役令嬢、笑って誤魔化そうとするがそうは問屋が卸さなかった。

 どこからともなく声が聞こえる。


「エトランジュ……。エトランジュ……」


 どこか懐かしい声に、遠い記憶の彼方へ想いを馳せる。

 大いなる愛で温かく包み込んでくれるような声。これはそう、お母様の声だ。


「エトランジュ……」


 続いて威厳と優しさに満ちた声。

 ああ、懐かしい。お父様の声だ。


「お父様……。お母様……」


 目を開けると、そこには亡くなったはずの両親がいた。

 これは夢?

 それともワタクシは二度目の死を遂げてしまったのだろうか?

 だとすれば、ここは天国……?


 両親はワタクシがまだ幼い頃に事故で亡くなった。

 十にも満たない子供にきちんと状況を説明してくれる大人は周囲には存在せず、突然の別れにワタクシは戸惑うばかりだった。

 第一王子との婚約が決まり王城へ出入りするようになってから、ようやく事故当時の記録に目を通すことができるようになった。第一王子との婚約したことがプラスに機能した稀有な例の一つだ。


 調査報告書によると、両親は叔母夫婦の住む領地からの帰路、崖から馬車ごと墜落したそうだ。

 原因は馬が突然暴れ出したせいだと記されてあったが、肝心の馬が暴れた原因については何も記載されていないという体たらく。なんと杜撰な調査かと呆れたものだ。

 再調査を依頼したところで当時以上に精度の高い調査が期待できるはずもなく、また亡くなった両親が帰ってくるわけでもないので、ワタクシはそのままそっと調査報告書を閉じることにしたのだ。


 両親の死後も肖像画が残っていたおかげでその姿が記憶から消え去ることはなかった。

 しかし、声や思い出はそういうわけにもいかず、少しずつ記憶が薄れゆくのを幼心に悲しみつつも、強く生きようと日々自分に言い聞かせたものだ。

 その両親が今、ワタクシの目の前で当時の姿のまま、そして記憶から消えつつあった当時の声のまま現れたのだ。ここを天国だと思ってしまうのも無理のないことだろう。


「地獄でも自由奔放やりたい放題しているようだね。さすが私たちのエトランジュだ。ふふふ」


「そうやってあなたが甘やかすから、エトランジュがこんなにお転婆になってしまったのですよ。反省してください」


「むむむ……」


 ふふっ。ワタクシを甘やかして、お母様に叱られる。いつものお父様だ。


「エトランジュ。このままじゃ花嫁になるなんて永久に絶望的よ。もう少しお淑やかになさい」


「私はエトランジュが嫁に行く必要などないと思っているが……おっと。おっほん。母さんの言うとおりだぞ、エトランジュ。あまり無茶苦茶してはいけないよ」


 ここが夢だか天国だかわからないが、突然現れた両親に嫁入りの心配をされるぐらいだから、きっと悪夢の類に違いない。

 お父様とお母様とはもっと一緒にいたいけれど、これ以上ワタクシの嫁入りの話が長引いてはたまったものではない。ここは戦略的撤退だ。可及的速やかに目覚めるのだ、ワタクシ――

 ・

 ・

 ・

「はっ!? ……ここは?」


 あたりを見渡すと、そこは一面焼け野原。呆れたような白い目でワタクシを見る仲間たち。そして悪魔を見るような目でワタクシを見るサキュバスの姫とその一行。

 はて? 意識が吹っ飛んでいる間、ワタクシは一体何をしでかしたのだろうか?

 銃器を乱射して気分爽快だった気もするが、そっと記憶の奥底にしまっておこう。


 そう言えば、夢の中で両親に出会ったような気もする。

 しかし、どんな内容だったかまでは覚えていない。まあ、夢とはだいたいそんなものだ。

 お小言を頂戴したような覚えがあるが、ワタクシを溺愛してくれた両親がお小言なんてあり得ない。所詮は夢だ。忘却の彼方へとぶん投げるとしよう。


 残る問題は目前に広がる惨状だ。

 さすがにこれは我ながらチョッピリやり過ぎたような……。

 よし。ここは笑って誤魔化すとしよう。


「おほほほほ。ごめんあそばせ」


「お嬢様。笑って誤魔化そうとしてもダメですよ」


 ちっ、バレたか。

 さすがは我が専属メイド。長い付き合いだけのことはある。


「さようじゃ。笑って誤魔化そうとしても、そうは問屋が卸さぬぞ。この戦、どちらかが死ぬまで終わらぬと思え」


 そう言ってワタクシを睨みつけるサキュバスの姫アリア。ふっくらしたほっぺを目いっぱいプンスカ膨らませているのが可愛らしい。

 サキュバスの一団は、這う這うの体であるものの、かろうじて全員生存しているようだ。

 誰一人死者が出なかったことに安堵する。無意識化でも峰撃ちとは、やはりワタクシは世間の評判とは裏腹にとっても慈悲深い。

 とは言え、ワタクシの全力を受け切るとはアリアとその親衛隊の防御力は相当なもの。大量殺人者にならずに済んだのは彼女たちのおかげとも言える。ありがとうございます。


「エトランジュ・フォン・ローゼンブルクよ。わらわはそなたを決して許さぬ。容姿に恵まれ、スイーツを食べても太らず、戦においても常勝無敗。こんな不公平なことがあるか? わらわはそなたの存在そのものが許せぬ」


 あれま、存在そのものを否定されてしまった。

 一応、補足しておくがスイーツを食べても太らないわけではない。きっちりドレスはキツくなっている。トップシークレットだから口にはしないけれど。


「わらわはこの醜く太った体のせいで、サキュバス一族であるにもかかわらず空を舞うことができぬ。心無い家臣たちが、サキュバス一族の恥だ、飛べないサキュバスはただの豚だ、と陰口を叩いていることも知っている。やつらは、わたわをブタ姫と呼んでいるそうじゃ」


 ひどい話だ。

 人にはそれぞれ個性というものがある。特徴的な姿かたちをしていたとしても、それはただの個性であって、その人物の人となりとは全く関係がない。見た目の美醜によって人を区別したり差別したりするのは愚か者のすることだ。

 大切なのは心の美醜なのだが、アリアはそのことに気づかず、悪意ある風評によって自分の価値を決めてしまっているようだ。


「なぜ貴方は心無い家臣の言葉を尊重するのかしら? そんな輩の話に耳を貸す必要などなくってよ。ワタクシは貴方のことを福々して、とても可愛らしいと思っていますわよ」


 本心から出た言葉だった。

 けれども、それは見た目のことで傷ついてきた彼女にとっては傷口に激辛料理をぶっかけるがごとき発言だったようだ。


「ば、馬鹿にするな! こうなったら勝負じゃ! サキュバス一族の女王アリスサンドロスが一人娘アリアは、エトランジュ・フォン・ローゼンブルクに一対一の決闘を申し込むぞ!!」


 なんと怒りに燃えるアリアからタイマン勝負を挑まれてしまった。

 この世に生を享けて17年。初めて正々堂々、真っ向から一対一の勝負を挑まれた。

 今までは大多数を相手にワタクシひとりでの勝負か、相手の大多数を上回る増殖+狂戦士化の闇魔法での勝負しかしてこなかった。

 一対一だなんて、なんだかとっても新鮮。感慨深さすら覚える。

 イグナシオと戦ったときも一対一だったが、あれは巨大ロボットと暗黒竜の戦いだったから対象外。


「ええい、何をニヤニヤしておるのじゃ! どこまでもわらわを愚弄しおって許さぬぞ! 賞金などに興味はないが、そなたの首を差し出せば魔王アホーボーン様から魔法のやせ薬を賜る約束になっておる。さすれば、わらわはこの醜い身体から解放される。そなたを倒せば、わらわはサキュバスの姫として、次期女王として、大空へと羽ばたくことができるのじゃ!!」


 アリアから強烈な決意を感じる。

 これは言葉で説得し、戦いを回避していい場面ではない。

 ローゼンブルク公爵家の当主として、彼女の想いを正面から受け止めて差し上げねば。


「よろしくてよ。いざ尋常に勝負しましょう」