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エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode45

悪役令嬢、新スキルを習得する。(諸般の事情により途中経過は割愛)

 血と涙と汗の努力。そんな自分の苦労をひけらかすようなアピールはワタクシの好むところではない。

 陰でどれだけ努力していようとも、おくびにも出さない。この程度のことは当然といった態度で、華麗にエレガントにさりげなく成果を披露するのがローゼンブルク公爵令嬢には相応しい。ゆえに地獄の特訓の具体的な中身については割愛させていただく。


 それは決して特訓と称した弟イグナシオへの虐待行為だと誹りを受けることを恐れているからではないし、見るに堪えない残虐シーンの数々でワタクシの血が何色かと疑われることを避けるための隠蔽工作でもない。

 あくまでも努力をアピールするような真似はエレガントではないという己の信条からである。ここは強く念を押しておきたい。


 いろいろ割愛させていただくついでに結論まで言ってしまうと、シュワルツに特訓の成果を披露したところ、文句なしの一発合格。チビりこそしなかったが、ワタクシたち姉弟の新スキルの凄まじさに開いた口が塞がらずにアゴが外れそうになっていた。

 最初にワタクシとイグナシオは、特訓施設を使って近距離における戦闘の模擬訓練を見せることにした。模擬訓練とは言え実戦さながらのもので、『木人』と呼ばれる人工知能とやらを搭載した等身大人形が剣、斧、弓、銃などの武器を装備して次々と襲い掛かってくる。最高難度のSSSに設定してあるので、ちょっとでも油断すると命を落としかねない。ちなみに最高難度SSSは勇者級、最低難度のEは村人級である。


 この模擬訓練でワタクシたちが装備しているのは拳銃のみ。地球のコルト社製『ディフェンダー』をベースにイグナシオが魔改良。大気中にある精霊四属性から好きな属性を選択して弾丸を生成することができるという弾切れ知らずの超優れもの。その名も『WSCディフェンダー』。魔法科学技術の粋を集めたアーティファクト級のマジックアイテムだ。

 襲い掛かってくる木人たちにはそれぞれ属性を持たせてある。精霊四属性には、火は水に、水は土に、土は風に、風は火に強いという四すくみの関係がある。これを利用して、敵の弱点属性で攻撃すれば多大な効果が得られるのだ。ゆえにこの模擬訓練では瞬時に敵の属性を見抜く判断力と、その弱点となる属性で的確に急所を撃ち抜く射撃技術が求められる。

 だが、それらのスキルはすでに地獄の特訓を経て習得済み。二丁拳銃で華麗にダンスを踊るかのように敵を撃ち抜く姿は、我ながら公爵令嬢に相応しいエレガントさと言えよう。


 万が一、銃にトラブルがあった場合や、銃を失った場合に備えての近接戦闘もぬかりない。

 ワルサンドロス商会の情報力を駆使して地獄から近接戦闘の達人であるカンフーマスターをスカウトしてきてもらい、厳しい修行の末に彼らから極意を伝授されるに至った。いまや姉弟そろって免許皆伝の腕前だ。

 銃撃に耐え抜き突進してくる木人たちに対しては、蝶のように攻撃をひらりとかわし、蜂のように急所に鋭い蹴りを一撃。ひるんだところを近距離から銃撃しトドメを刺す。あるいは、こちらに気づかぬ敵の背後に忍び寄り、手刀による一撃で意識を奪うこともできる。

 今後も射撃の技術と組み合わせていけば、様々なシチュエーションに応じた戦闘が可能になりそうだ。新スキルの未来は明るい。


 近接戦闘だけではない。新スキルとして遠距離、超遠距離からの狙撃も習得した。

 1キロ先で飛んでいる鳥を100発100中で撃ち落とせるぐらいにはなった。そんな馬鹿なとシュワルツは情けない声を上げていたが、これには少々からくりがある。

 ベースとなったライフル銃は『マクミランTAC-50』。長距離射撃において地球では最強と評されるライフルの一つだそうだ。これにイグナシオは命中率を上げるための魔改良を2つほど加えた。

 一つは補正機能。狙撃の精度は雨や風といった天候に大きく左右される。一流のスナイパーはそういった外部要因を計算に入れて狙撃するわけだが、天才少年イグナシオは周囲5キロ以内の環境をすべてデータ化し、魔法による自動補正機能を搭載することに成功した。

 もう一つはスコープ。遠く離れたターゲットを目視できるのは当然として、何と『千里眼』の魔法を付与し、5秒以内の未来予測機能を搭載。補正機能の合わせ技で、ほぼ誰が撃っても100発百中のチート武器が出来上がってしまったわけである。

 さすがにこれはズルすぎるし、何キロも離れた相手を一方的に狙撃するのは敵とはいえ敬意に欠けるため、実戦投入はよほどのことがない限り控えようと思う。


「姐さん。坊ちゃん。アンタたちの実力はよ~~~……くわかった。もうアンタたちに教えることは何もねえぜ」


「だってさ。やったね、お姉様!」


 無邪気に喜ぶイグナシオ。

 シュワルツは顔をひくひくさせながら師匠が免許皆伝するときみたいなセリフを言っているけど、彼には何も教わっていない。近代戦闘のプロフェッショナルを自認していたシュワルツとしては、自らのプライドを守るための精いっぱいのセリフだったのだろう。軽く聞き流して差し上げるのが武士の情けというものか。

 見るとシュワルツは生気を失い30歳は老けたように見える。我が弟の不満を解消してやるためとはいえ、なんだか悪いことをしてしまった。あとで3時のおやつに誘って、失った30年を回復してあげねば。


 ともあれ、これでイグナシオが最前線で共に戦えるようになった。魔法を失ったワタクシは魔法に代わる新スキルを手に入れることに成功した。

 魔王退治に向かって一歩前進。

 魔王アホーボーンよ、首を洗って待っているがいい。おほほほほほほほ。