エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode61
悪役令嬢、はじめての大規模戦闘。
移動要塞マカロンを降り立ったワタクシの眼前に広がるのは、1000を超えるであろう大群衆。軍隊として訓練をされていない有象無象の罪人たちも混ざっているから軍勢とは言い難いものの、手にしている武器や相当数(ぱっと見で半数以上)が悪魔で構成されていることから、その戦力は軍勢に近いものがあるだろう。
しかしながら、その群衆を率いるのが叔母夫婦であるため、本来の戦力を遺憾無く発揮することは困難だ。
仮に叔母夫婦のもとに集ったのが英霊クラスの戦士たちと魔王クラスの悪魔たちだったとしても、指揮官が無能だと勝てる戦も勝てない。
その昔、一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた羊の群れに敗れると言った英雄がいたそうだが、集団戦闘の本質を看破した名言だと思う。
敵勢力の数は1000。対する我が地獄の軍団は、ワタクシ、三人組、ネコタロー、スイーティア、エリト、シュワルツ、イグナシオ、ケル、ベロ、スー、アリア、アリア親衛隊(その数20)の合計33。つまり1000対33の圧倒的多数と圧倒的少数の戦いというわけだ。
兵の数で敵を圧倒して勝利する。そのために必要な兵力を準備する。これが戦略の基本だ。戦術によって少数が多数に勝利するケースもあるが、それを前提して戦いを挑むのは愚かというものである。
生前よりワタクシは極めて少数(大半の場合、ワタクシ+ネコタロー)で大多数の敵と戦ってきたが、それは増殖の闇魔法で兵の数を敵よりも増やせる算段があっての行動であり、戦略の基本にきちんと則っている。
まあ、仮にワタクシひとりだったとしても禁呪を使えば蹂躙できてしまうわけなのだが、これは装備の性能差という戦略的優位に他ならない。たとえるなら、ひのきの棒と伝説の勇者の剣ぐらいの差がある。しかし、その闇魔法も今は使えない。
そんな中での1000対33。絶望的なまでの戦力差。圧倒的不利と言えよう。
だが、前述の英雄の言葉ではないが、叔母夫婦という二頭の羊に率いられた狼たちなど恐るるに足らず。こちとら狼どころか暗黒竜に率いられた一騎当千の地獄の精鋭たちなのだ。
仲間たちは全員が一騎当千だから1000人分の働きをしてくれるとして、我が地獄の軍団の戦力は1000×33で33000ということになる。数字上は1000対33だが、実質1000対33000で我が軍が圧倒的優位だ。
あえて不安要素を挙げるとするなら、これだけの軍勢を相手取っての大規模戦闘は生前死後含めても初めての経験だということぐらいである。
ワタクシの闇魔法を警戒してのことか、しばらくの間、睨み合いが続いたが、しびれを切らした叔母夫婦が数の圧倒的優位を背景に戦端を開いた。
「ゆけ! 地獄の秩序を乱すエトランジュとその仲間たちを始末するのだー!!」
「「「「「おおーーー!!!!」」」」」
義叔父の檄を受け、前衛部隊が一気に駆け出す。ほぼ半数の500もの兵が口々に雄叫びを上げながら迫ってくるのは、なかなか壮観な光景だ。
それにしても、地獄の秩序て。
この人たち、みんな地獄に堕ちた罪人と悪魔でしょ?
そんな人たちが秩序を守るために戦うなんてこと、あり得ますの?
いや、あり得ませんわよね。
要するにアレだ。秩序を守るうんぬんは建前で、本心では自由気ままに地獄で楽しく過ごしているワタクシたちのことが許せないだけだろう。
「どうしても他人の幸せが許せない輩がいるのは人間世界でも地獄でも同じようですわね。やれやれ、仕方ありませんわ。そんな輩は遠慮なく無慈悲に返り討ちにして差し上げましょ」
「ご主人様が遠慮しているところなんて、初めて出会ったとき以来、お見かけしたことはありませんけどね。無慈悲なのは、いつものことですが」
爽やかな苦笑を浮かべてヒッヒが余計な一言を添える。
他の仲間たちも「違いねえや」「さもありなん」と笑い声を上げる。
目の前に武器を手にした敵が物凄い勢いで迫っているというのに、この緊張感のなさときたら……ま、頼もしくていいんですけれど。
「さあ、貴方たち。戦争の時間ですわよ」
「「「「「おおーーー!!!!」」」」」
仲間たちも敵に負けじと雄叫びを上げる。
同時に前衛を務めるヒッヒ、ネコタロー、スイーティア、ケル、ベロ、スーが突撃を開始する。
同じく前衛部隊に組み込まれたアリアは、ずしんずしんと迫力のある足音を響かせながら親衛隊を引き連れて威風堂々たる行進。前衛の第二波として十分な効果が期待できそうだ。
拠点たる移動要塞マカロンの前に陣取り、戦況を見守るのは後衛部隊である指揮官のワタクシ、参謀のエリト、遠距離からの銃撃を担当するシュワルツとイグナシオだ。
ちなみに現段階では遊撃部隊のクックとヒャッハーも本陣にて待機している。
さて、仲間も増えたことだし、このあたりで我が地獄の軍団の人員構成を再確認しておくとしよう。
ヒッヒ 《近接物理攻撃に強い。たまに敵をノックバックさせる》
クック 《防御力が高い歩く壁。たまにド根性でトドメの一撃に耐える》
ヒャッハー 《弓が得意で遠距離攻撃可能。たまにクリティカルヒットを与える》
ネコタロー 《移動速度が速い。防御力は低いが、敵の攻撃を回避する確率が高い》
スイーティア 《ひたすら前進して殴る。たまにスイーツで味方のHPを回復する》
エリト 《ムチで中距離物理攻撃できる。たまに敵の動きを一時停止させる》
シュワルツ 《銃火器による遠距離攻撃可能。たまに手榴弾での時間差攻撃する》
イグナシオ 《銃火器による遠距離攻撃可能。たまにカンフーで急所攻撃する》
ケル 《両手の大きな爪で近接物理攻撃。たまに2回連続攻撃する》
ベロ 《足技による近接物理攻撃。たまに敵をノックバックさせる》
スー 《ぴょんぴょん跳ねながら近接物理攻撃。たまに敵を混乱させる》
アリア 《移動速度が遅いが攻撃力、防御力ともに抜群。たまにプロレス技発動》
アリア親衛隊 《アリアのダメージに応じて強化。たまにアリアの盾になる。飛行型》
といった陣容だ。
なかなかの充実ぶり。叔母夫婦や地獄の住人たちがワタクシにジェラシーを覚えるのも無理のない話かもしれない。
「イグナシオ。例のアレは用意できていまして?」
例のアレとは、遠距離からでも戦況をしっかりと把握できるようにイグナシオに頼んでおいたアイテムだ。ワタクシとしてはオペラグラスの進化系のようなものを期待している。
「うん、お姉様。これを使ってみて。これは双眼鏡と言って二つの穴を通して見ると、遥か遠くのものが間近に見えるアイテムだよ。地獄の特訓のときに作った『マクミランTAC-50』の魔改良版はチート過ぎてダメだってお姉様に言われたから、スコープ部分だけを魔改良して双眼鏡にしてみたんだ」
さすが我が弟。素晴らしい応用力だ。
その性能の程を確かめるために双眼鏡とやらをのぞき込んでみる。
どれどれ……。
ほほう、これはこれは驚きましたわね。
ゆうに200mは先にいるであろう前衛部隊の戦いぶりが、まるで目の前で繰り広げられているかのように見える。手を伸ばせば届くのではないかと錯覚する。
「イグナシオ」
「はい、お姉様」
「グッジョブですわ」
「お姉様のためならこのくらい何てことないよ、へへ」
「ふふっ、後日で構わないからエリトの分も用意してもらえるかしら?」
「お姉様ならそう言うだろうと思ってエリトさんの分もちゃんと用意しておいたよ」
まったくもう、この子ったら。なんてよく出来たお子さんなのだろう。
姉として鼻が高い。人前じゃなければ、このままギュッと抱き締めたいくらい。
「はい、エリトさん」
「ありがとうございます、坊ちゃま」
「ぼ、坊ちゃまはやめてよ。エリトさんは地獄の伯爵で、ボクはただの商人なんだから」
「いいえ、坊ちゃまはご主人様の弟君。私の主君同然のお方ですから」
そう言ってイグナシオから恭しく双眼鏡を受け取ったエリトは感激の面持ちだ。
ワタクシと同じアイテムの所持を許され、その隣で戦況を見極める役を仰せつかったことで、我が地獄の軍団の参謀として認められたことを実感したのだろう。
「さあ、エリト。貴方ものぞいてみてご覧なさい」
「はい、ご主人様。…………おお! なるほど、これはすごい。戦場の隅々まで見渡すことができますね。自軍が有利と高をくくっているのか、ランデール公爵夫妻とやらの薄ら笑いまで見えますよ」
あ、ホントだ。叔母夫婦のお間抜けな顔はもちろん、さらに倍率を上げると整形して異常に高くなっている叔母様の鼻も、義叔父様の鼻毛が一本飛び出しているのもよく見える。……できれば見たくなかったけれども。
これは大変いいアイテム……どころか人間世界に持ち込んだらアーティファクト級のアイテムとして常識を覆ることになる代物だ。そんなアイテムをあっさり作ってしまうイグナシオ。我が弟ながら恐ろしい子。
よし。せっかく反則級のアイテムを入手したのだ。このまま我が地獄軍団が誇る前衛部隊の戦いぶりをじっくり拝見させてもらうことにしよう。