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エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode40

悪役令嬢、仲間のおかげで視野が広くなる。

 仲間たちの連携攻撃を前に、さしもの地獄の番犬ケルベロスも手も足も出ないかと思いきや、全然そんなことはなかった。

 黒く逆立った体毛で覆われた肉体の防御力は予想以上に高く、三つの頭脳、六つの目で敵の攻撃を察知する能力は非常に厄介だ。

 仲間たちは素晴らしい戦いぶりを見せているものの、敵もさるもの引っ搔くもの(……猿じゃなくて犬だけど)、苦戦を強いられている。


 だが、仲間たちが自立的に作戦を練り、実行に移してくれたことが思いもよらない成果をもたらしてくれた。

 ワタクシ自ら最前線で戦っていた頃とは違い、一歩離れたところから戦い全体を俯瞰して見ることができるようになったのだ。おかげで以前よりもずっと広い視野で戦況を判断できるようになった。


 家来を盾にするような真似はしたくない。自ら率先して敵に立ち向かうことがリーダーの証だ。そう思って常に最前線に身を置いて戦ってきたが、信頼できる仲間を得た今、実戦は彼らに任せ、味方の損傷を少なく、高確率で勝利を収める方法を広い視野で導き出すことこそが指揮官としての役割だったことに気づく。


「スイーティア。スイーツを用意して」


「え? おやつの時間ですか、お嬢様?」


「ええ、そうよ。ただし、ワタクシじゃなくてあの子のおやつですわ」


 そう言ってワタクシが指さしたのは、ケルベロスの凶暴に大きく開かれた口だった。


「クックとシュワルツは投擲、エリトはムチで、あのワンちゃんにスイーツを食べさせて差し上げるのよ」


  言われた仲間たちは何が何だかわからないという顔をしており、中にはやっぱりコイツは頭がおかしいんじゃねえのか?といった表情をしている者までいる。

 しかし、頭に?を何個も付けながらも、彼らはワタクシの指示通りに地獄の番犬ケルベロスの三つの口にスイーツを放り込むことに成功した。

 これでよし。あとはワタクシの推理が正しければ……。


「「「ぐおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉおおおお!!!」」」


 お腹の底まで響いてくるような重低音の咆哮を上げる地獄の番犬。

 どうやらワタクシの見立ては正しかったようだ。


「なんだぁ、姐さんの言った通りにしたら苦しみ始めやがったぞ?」


「理由は不明ですがチャンス到来のようですね! スイーティア嬢、このエリトにもっとスイーツを!」


「くっくっくっ、投擲なら吾輩に任せてほしいのであります!!」


 ここからは戦闘の質が大きく変化した。互いに身を削る死闘から、地獄の番犬の三つの口の中にスイーツを投げ入れるゲームになった。

 絵面はだいぶ違うけれども、聖ウリエール学園・初等部の運動会でやった玉入れ競技を思い出す。あのときは玉の代わりにダークアローを打ち込んで大惨事になったけど。


「ぐわぁああぁあああああああぁぁぁっっ!」

「ぐぎゃぁぁあああぁぁああああああああ!」

「ぐるるるるるるるるるるるるるぅぅぅぅ!」


 一口食べるごとに強い衝撃を受ける地獄の番犬が、三つの口から三者三様の唸り声を上げる。

 よし。確実にダメージが蓄積されているようだ。


「ぐうぅぅ! お、おのれ、卑怯な……! このままでは……! いや、しかし我らは地獄の番犬として魔王様にお仕えする身! むざむざと敗れるわけにはいかぬ!!」


 しゃべった?

 しかも、知性も忠誠心も備えているらしい。

 ちょっと意外だったが、ネコタローだってしゃべるんだ。地獄の番犬がおしゃべりしたところで何ら不思議ではないか。

 どうやらあと一押しのようなので、ここは気にせずサクッとトドメを刺して差し上げるとしよう。


「スイーティア! 3時のおやつに頼んでおいた、とっておきのスペッシャルなマカロンを!!」


「はい! ……って、いいんですか? あれはお嬢様が命の次に大切になさっていたものなのでは?」


 ワタクシの命が安い。

 スイーティアによると、スイーツはワタクシの命の次のポジションにあるらしい。その命の次を毎日食べているワタクシって、一体……。

 いや、今は命の尊さについて考える道徳の時間ではない。


「構わないから遠慮せずにお使いなさい。最後は、そうですわね……クックに決めてもらおうかしら」


「光栄であります! ご主人様の命の次に大切なスイーツで必ずや試合を決めて御覧に入れましょう! ……ゆくぞ! 喰らえ! グレートギャラクティカトルネードダイナマイトスペッシャルマカロンっっ!!」


 おい。ワタクシの3時のおやつを必殺技みたいにするんじゃない。

 クックが渾身の力を振り絞って投げたマカロンは、見事ド真ん中のストライク。ケルベロスの口の中へと納まった。喧嘩にならないように、ちゃんと3つ投げてあげるという配慮はクックらしい悪魔らしからぬ優しさだ。


「「「ぐぉぉぉおおおおおおおぉおぉおおおぉるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」」」


 のたうち回るケルベロス。効果は抜群だ。

 そして断末魔の雄叫びとともに、ぼふんと白い煙を上げたかと思ったら、中から3人?の獣の姿をした娘が登場した。いわゆる獣人というやつだ。

 地獄の番犬ケルベロスの正体見たり。しかし、さすがにこれは予想外。


「あの、ご主人様……。これは一体全体どういうことでしょう?」


 頭に?を三つも四つも付けた仲間たちを代表してヒッヒが尋ねてくる。

 だが、その疑問に答える前にやるべきことがある。

 あれだけ目の前でスイーツを食べる姿を見せつけられたのだ。もう我慢の限界。

 謎解きはスイーツのあとで――