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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode76

悪役令嬢、魔王城攻略す。

 地獄の底というものがあるとするなら、それはこの場所のことを言うのであろう。

 人間世界は言うまでもなく天国までをも飲み込んでしまいそうな貪欲で暴食で凶暴で巨大な口を開き、侵入する者たちを喰らわんとする大洞穴。その奥底は奈落の深い闇に包まれており、全貌はまるで計り知れない。

 大洞穴の入り口にある、いかにも堅牢な城門は少なく見積もっても数百年の刻が経過していることがわかり、その間、一度たりとも破られなかったことを物語っている。

 城門の向こう側には大小さまざまな城や塔が乱立しているのが見える。おそらくは歴代魔王によって増築に次ぐ増築が重ねられたのだろう。乱雑に不統一な大きさの建造物が並ぶ一方で、すべての建造物には闇を想起させる黒がふんだんに使用されている。

 混沌にして壮麗。

 複雑怪奇にして難攻不落。

 それが魔王アホーボーンの居城たる魔王城に対するファーストインプレッションだった。


 魔王城の外観を一瞥しただけで、固く閉ざされた城門をこじ開けるには相当な労力を要することは一目瞭然だった。

 対する我が地獄の軍団は総勢33名。その内訳はワタクシ、三人組、ネコタロー、スイーティア、エリト、シュワルツ、イグナシオ、ケル、ベロ、スー、アリア、アリア親衛隊(20名)である。ちなみに叔母夫婦は戦力外のためカウントしない。

 精鋭ぞろいとはいえ、たったの33名で頑強な城門を正面から叩き壊すのは、さすがに骨が折れる。さりとて城門をくぐりないことには、いつまで経ってもラスボスたる魔王アホーボーンをボコボコにしてやることができない。


「エトランジュよ。この難関、どう突破する?」


 いきなり立ちふさがるミッションインポッシブルな無理難題をどう解決するつもりなのか、心配そうにネコタローが声をかけてくる。


「そんなの簡単ですわ」


「へ?」


「イグナシオ。マカロン・トランスフォームモード。いざ、まいりますわよ」


「うん、お姉様! マカロン・トランスフォームモード、発進!!」


 イグナシオが発声とともに移動要塞マカロンの操作盤を鮮やかな手つきで入力し、操縦かんを握りしめる。

 すると、一瞬ふわりとバランス感覚を失ったかのような錯覚を覚える。


「ご、ご主人様!? こ、これは一体……!?!?」


 突然の出来事に慌てふためくヒッヒ。

 ふっふっふっ。先刻は我が地獄の軍団の軍旗と紋章という嬉しいサプライズを頂戴したので、これはその返礼。どうやらその試みはまんまと成功したようですわね。


 これぞマカロン・トランスフォームモード飛行タイプ。

 こんなこともあろうかと秘密の特訓をしていた1ヶ月間のうちに移動要塞マカロンの改良も並行しておこない、イグナシオの知能とワルサンドロス商会の科学技術と魔法の粋を集めた最高傑作が完成した。そして本日ようやくお披露目の時が来たというわけだ。

 飛行タイプの他にも深海の探索もお手の物の潜水モード、地中深くにもぐることが可能なドリルモードにも対応している優れもの。

 改良ついでに増員に備えて増床した。物理的な容積は変えられないので、魔法の力でちょこちょこっとイジらせてもらった。部屋数も収容人数も見た目を遥かに上回る10倍の面積。作戦会議室、武器弾薬室、食堂と厨房、シアタールーム、大浴場、娯楽施設まで完備のさながら高級ホテルと軍事施設が融合した混ぜるな危険な施設が出来上がったのである。

 それもこれもすべては収納魔法の恩恵だ。収納魔法と言えば地味な印象があるが、軍事利用すれば兵站を気にせずに済む。これは相当大きい。また、大量の武器を秘密裏に持ち込むことができるため暗殺やテロ行為に悪用することができる。

 いや、ワタクシはやりませんわよ? 一応、そういう使い方もできると言うだけの話。


「聞いてませんよ、ご主人様!?」


 参謀のエリトが信じられないという表情でワタクシを見る。

 うん、だって言ってませんもの。こういうのはいざというときのために秘密にしておくからいいんじゃないの。

 移動要塞マカロンがいかに改良されたかとその詳細については、いずれ機会があれば劇的増床ビフォーアフターとして紹介することにして、さっそく魔王城へ侵入するとしよう。


「イグナシオ。このまま城門の上を通過して、一番大きくて立派ないかにも魔王がいそうな城まで飛行してちょうだい」


「了解、お姉様」


 ワタクシの指示を受けてマカロンが前方に移動する。

 何事かと指令室に集まってきた仲間たちが前方180度を見渡せる大きな一枚ガラスの向こうにある風景を見て、「おおっ!?」という驚愕と感嘆の声を上げる。

 そりゃそうだ。つい先ほどまで陸路を走っていた乗り物が宙に浮いて飛んでいるのだから。


「なあ、姐さん。こうやって敵さんの頭を飛び越えていくのはいいが、あとで背後を突かれて挟撃されないように爆撃しておいたほうが安全じゃねえのかい?」


「おほほほほほ。お馬鹿さんね。そんなことをしたらワタクシのお城がメチャクチャになってしまうじゃありませんの」


「あの、お嬢様? ワタクシのお城って……もしかして魔王城をご自分のお住まいにするおつもりですか?」


「え? 当然でしょ」


 魔王城は地獄の最高権力者が住まう場所だ。その設備たるや、さぞかし充実したものに違いない。魔王を退治した後は当然、勝者であるワタクシたちのものとなる。

 自分のものになるとわかっている施設を、わざわざ破壊するのは馬鹿げている。おどろおどろしくてエレガントじゃない部分はリフォームするとしても、それ以外は余計な経費をかけずにそのまま使用するのがお利口さんのやり方だ。

 いかがかしら? 戦後処理のことまで配慮したワタクシの魔王城攻略法に仲間たちはさぞや感心し、尊敬の念を禁じ得ないことだろう。


「悪魔だ。本物の悪魔がここにいる」


 後ずさりしながらバケモノでも見るかのような目でワタクシを見上げるネコタロー。

 他の地獄の悪魔たちも「悪魔だ」「悪魔よ」「悪魔でスー」と口々に囁き合っている。

 おかしいな。経済的で合理的でエコな攻略法だと思ったのですけれど。

 まあ、いいですわ。悪魔たちに悪魔だと認定されたということは、ワタクシも地獄の住人として受け容れられた証。めでたいことだ。

 郷に入っては郷に従えという言葉もある。

 ここはこのまま悪魔的戦法を貫き通すとしよう。