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エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode20

悪役令嬢、0+0=0だから地獄では無敵モード。

 ようやく作戦会議を終えたのか、再び敵悪魔たちが要塞から続々と出現してきた。

 あのまま引きこもられたらどうしようかと心配していたところだ。外部から闇魔法の黒炎で炙り出して差し上げても良かったのだが、それだとせっかくの乗り物が故障してしまう恐れがある。

 今後ワタクシの足となってくれるあの移動する要塞は絶対に無傷で手に入れたい。だから、向こうからのこのこと出てきてくれたことは大変ありがたい。


 おや?

 よく見ると無法者の集団にしか見えない敵悪魔たちの中に、ひときわ目立つ悪魔がいる。

 凶暴な悪魔を率いるにしては、意外にも線が細い。整髪料でカチッと決められた頭髪に、知性を感じさせる片眼鏡、そして凛々しく整った顔立ちは王都で働くエリート官僚を連想させる。

 どうやら彼がこのムチ打ち地獄のトップらしい。その手には一見して高級本革製だとわかる棘だらけのムチを握りしめている。


「そこの小娘! 地獄に堕ちておきながら刑罰を受けないどころか、反逆するとは何たる非常識! 魔王様よりムチ打ち地獄を預かりし、このエリト伯爵自らの手で貴様を断罪してやるから覚悟するがいい!」


 エリト伯爵を名乗る悪魔が良く通る声で高らかに宣言する。どうやら地獄に堕ちたら、ちゃんと罰を受けるのが常識らしい。

 しかし――


「ワタクシもローゼンブルク公爵家の当主として責任のある立場。事実、罪を犯したのであれば罰も受けましょう。しかし、ワタクシは清廉潔白の身。償うべき罪などこれっぽっちもナッシングですわ」


 そう。ワタクシには償うべき罪などないのだ。人間世界で処刑されたけど、あんなのは捏造された罪によるものだ。

 堂々と胸を張って主張するワタクシの後ろでは三人組が「ご主人様なら普通に大量虐殺ぐらいやってそうですが……」「うんうん、わかるわかる~」「さもありなん」などと、好き勝手なことを言っている。


 ワタクシは己の生き方、信念を貫いているだけであって、犯罪者でも、ましてや大量虐殺者でもない。

 ……まあ確かに我が道を貫きすぎて揉め事や暴力沙汰はしょっちゅうだったし、人間世界の法に照らして罪のあるなしを論ずるなら限りなく有罪に近い気もするというか有罪確定だろうけど、そんな小さな枠の中に納まるワタクシではない。


「人間の小娘よ。何も知らぬようだから教えてやろう。地獄の刑罰の重さは、犯した罪の重さと罪悪感で決まるのだ。仮に貴様が冤罪だったとしよう。しかし、地獄に堕ちて「貴様が悪い」と地獄の断罪人たちに言い続けられているうちに、本当に自分が悪いのかもしれないと罪悪感を抱くようになる。仮に冤罪で罪の重さが0だったとしても、罪悪感さえ芽生えれば地獄の刑罰は有効となるのだ」


 ふむ。“地獄の刑罰の重さ=罪の重さ+罪悪感”というわけか。それなら冤罪だったとしても無理矢理に罪悪感を植え付けてやれば刑罰を与えられる。なるほど、刑罰を与える役割を担う地獄にとっては大変都合のいいシステムだ。よくできている。


「そういうからくりでしたのね。罪を犯してもいないスイーティアが、ムチ打ち地獄でいやんあはんと悶え苦しんでいた謎がようやく解けましたわ」


「いやんあはんは言っていません!!」


 ほっぺを大きく膨らませて抗議するスイーティア。

 あれ、言ってなかったっけ?

 それはともかく、地獄のご都合主義に付き合うつもりはない。御託はいいから、さっさと乗り物をよこせ。


「……どうやら理解できたようだな。貴様も少なからず過去の出来事に対する罪悪感を持ち合わせているだろう。どんな聖人君子 でも何一つ罪を犯していない人生などありえないからな。さあ、貴様も地獄の刑罰を受けるのだ!!」


 エリト伯爵とやらが茨のムチを振りかぶる。

 蛇が鎌首をもたげるようにしなったムチがワタクシの顔めがけて襲い掛かる。


 パシンッ!!


 見事顔面に直撃。

 後ろでスイーティアが「キャッ!」と悲鳴を上げる。


 パシッ! ビシッ! パパンッ!!


 命中率100%。さすがはムチ打ち地獄を統率する者。線が細く見えてもムチの扱いにかけては超一流のようだ。人の上に立つ者、こうでなくては。人間世界の王侯貴族も少しは見習ってほしい。


「な、なぜだ!? なぜ、私のムチを受けて無傷でいられる!!」


 そう。彼の言う通り、ワタクシはまったくの無傷。

 後ろに控えている家来たちは心配でならない様子だが、ワタクシは微動だにせず両腕を組んで仁王立ち。だって、痛くもかゆくもないんですもの。


「そんなに不思議なことかしら。今、貴方が振るったムチは地獄の刑罰なのでしょう? 地獄の刑罰の重さは、罪の重さ+罪悪感で決まるとおっしゃいましたわよね。ワタクシの罪の重さは0。罪悪感も0。0はどれだけ足しても0にしかならない。だから、ワタクシには地獄の刑罰は一切通用しない。それだけのことですわ」


「ざ、罪悪感が0の人間だと……!? そ、そんな人間が存在してたまるものか!!」


 ところがどっこい、これこの通り存在するのです。


「地獄の責め苦が効かないなんて、さすがボクたちのお嬢様! 非常識にも程があるぅぅ♪」


 ヒャッハーが飛び跳ねて喜ぶと、他の家来たちもそれにならう。

 ネコタローもにゃんにゃん飛び跳ねている。あら、可愛い。


「おのれ~……! 貴様のような非常識な存在をこのまま放置しておくわけにはいかぬ! ムチ打ちの刑が効かぬならば、刑罰に関係なく普通に物理的にブチ殺してくれるわ! 二度と転生できぬように魂まで消滅させてやる!!」

 ・

 ・

 ・

 と、最後のセリフが彼の一番の見せ場だった。

 そのあとは毎度おなじみ、今やルーチンワークと化しつつある増殖+狂戦士化の闇魔法でひとひねりの一丁上がり。チーン。


 そして、ワタクシは念願の乗り物を手に入れた。

 これで地獄での生活がより快適になるかと思うと笑いがこらえきれない。むふ❤


「エトランジュお嬢様。だいぶお顔が悪党になっていますよ……(汗)」


 戦いを終えて、ムチ打ち地獄のトップたるエリト伯爵の命運がどうなったかというと、さきほどから仲間になりたそうに、こちらをチラチラ見ている。


 うーむ。この地獄の住人たちの掌返しはいかがなものかと思いつつも、力ある者に従うという理屈はとってもわかりやすい。人間世界でもこうだったならワタクシは処刑されることなく、今頃は天下統一を成し遂げていたことだろう。


 移動要塞も手に入れた。新たに家来も増えた。ワタクシの地獄生活は順風満帆、ハッピーライフへとまっしぐらだ。

 この調子で地獄を満喫するとしよう。

 さあ、レッツらゴー。




 第2幕

  完