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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode86

悪役令嬢、魔王にビンタする。

 魔王アホーボーンと対峙して以降、

 1 自分のほうが不利なのに偉そうに家来にしてやると交渉してきた

 2 自作のゲームで勝負を持ちかけてあっさり断られた

 3 ケルベロスにワタクシの殺害を命令するも逆にディスられて精神崩壊寸前

 4 アリアにワタクシの殺害を命令するも相手にされず逆ギレ

 と立て続けにミスを4連発。

 今度は何やら封印していた地獄の魔王の闇魔法を見せてやるとか息巻いているが、どうせこれもショボいコケ脅しに違いない。


 そんなことよりも今は先に片づけておかねばならぬことがある。

 それは魔王アホーボーンにきっちりとケジメをつけてもらうことだ。

 何のケジメかというと……

 1つ、スイーツを人質にケル、ベロ、スーに命令したことへのケジメ。

 2つ、アリアの弱みに付け込んで命令したことへのケジメだ。

 魔王アホーボーンは女の敵であり、スイーツの敵なのだ。だから退治しに来た。

 ここはガツンと一発言っておく必要がある。


 つかつかつか。

 ワタクシは単独、魔王アホーボーンに詰め寄った。


「な、なんだ? 俺様は魔王様だぞ!? 何か文句でもあるのか!?」


 うーん。なんだか、とってもムカつきますわね。


 バチン!!

 あ、いけない。思いっきりビンタを喰らわせてしまった。

 ガツンと言葉で言ってやろうと思っていたのに、あまりにムカつく顔をしていたものだから、つい手が出てしまったのだ。これは不可抗力。うん、仕方ない仕方ない。

 後ろを振り返ってみると、仲間たちの呆れた顔、青ざめた顔、色とりどりの表情が見えた。

 ネコタローだけは何が面白いのか、くっくっくっと笑っている。猫の笑いのツボはよくわからないけど、可愛いからよしとする。


「ぶっ、ぶったな!? ママにもぶたれたことなかったのに!!」


 おそらく生涯初であろうビンタを喰らった魔王アホーボーンはしばらくの間、茫然自失としていたが、何が起きたのか理解して、ようやく口にした言葉がそれか。ママて。

 どこにいるかは知らないが、そのママはちゃんと息子に教育しておくべきだった。大いに反省してほしいものである。


「俺様が優しく応対してやっているのをいいことにつけ上がりおってからに。俺様に手を上げたからには、もう後には引けぬぞ……」


「あら、優しく応対ですって? 家来にしてやると交渉してきたこと、自作のゲームで勝負を持ちかけてきたことはまだわかりますわ。けれど、ケル、ベロ、スーの獣人三姉妹とアリアに殺害を命じておきながら「優しく応対」とは笑わせてくれるものですわね」


「ふん、減らず口を叩きおって。俺様の闇魔法で地獄を見ずに済むのだからな。「優しく応対」で間違いはない」


 地獄は充分見てきたのだけれど。

 その地獄は人間世界と比べものにならないくらい住みやすくてハッピーでスイーツな楽園でしたけれど。


「俺様は歴代最強と言われた先代魔王にも認められた闇魔法の使い手……。だが、そのあまりにも強力な闇魔法は周囲の悪魔たちどころか地獄全土をも巻き込みかねない。俺様がほんの少しでも本気で闇魔法を使うと、誰もが怖れて逃げていく。もともと俺様は生まれつき慈悲深く平和を愛する男ゆえ、暴力は好まぬ。だから闇より産まれいでし時より、戦うことを自らの意志で封印してきたのだ」


 んん?

 どういうことかしら?

 ちょっと理解が追いつかないのだけれど、もしかして……。


「え? もしかして、一度も戦ったことがないのかしら?」


「うむ。だからそう言っているであろう」


 ……………………。


「え? え? それで魔王になれちゃうものですの? 運命の王子たちとの王位継承デスマッチや、地獄一武道会で優勝しないといけないのではありませんの?」


「そんな野蛮なことはせぬ。暴力反対」


 うん、暴力反対。それはいい。できればワタクシとて暴力など使わずにスイーツを食べていたい。

 でも、戦うかどうかはともかく、その能力を評価もせずに魔王の座に就くことができる地獄の世襲制には問題があると思う。このラストバトルが終わったら、さっそく改善せねば。


「さあ、話は終わりだ。我が漆黒の闇に封印せし、邪悪なる混沌の闇魔法でお前らを跡形もなく消し去って、皆殺しにしてやろう」


 皆殺しと暴力反対って矛盾していると思うのはワタクシだけだろうか。この男の脳みその中身は一体どういう構造になっているのかしら。一度、中をこじ開けてのぞいてみる必要がありそうですわね。

 と、心の中で軽口を叩いてみたものの、目視できるほどの強大な闇の魔力が広がっていくのを見て、額からつぅと冷や汗が流れるのを感じる。

 てっきり口だけ番長かと思っていたが、魔王アホーボーンは本当にすごい闇魔法の使い手のようだ。


「え? アホーボーンちゃんって、こんなに強い魔力を持ってたの? ゲーム以外、能がない役立たずだと思っていたのに」


 側近として長く仕えていたはずの獣人三姉妹が長女ケルですら、この驚きぶり。能ある鷹は爪を隠すにしても、隠し過ぎでしょ。


「ご主人様。どれだけ役立たずでどれだけ無能でも魔王は魔王。その魔力だけは、残念ながら絶大です。くれぐれも油断なさらぬように」


 ムチ打ち地獄を預かる伯爵として仕えてきたエリトも、棘だらけの言い方ではあるものの、魔力の強さだけは高く評価しているようだ。


「闇魔法を極めたという先代魔王様ですら、アホーボーンの才能を認めていた。そのアホーボーンが初めて本気で闇魔法で戦うのじゃ。この戦いの行方、まだわからぬぞ」


 サキュバスの姫アリアの表情からは決死の覚悟がうかがえる。どうやら冗談の類ではなさそうだ。


「お前たちに魔王の本気というものを見せてやる。闇魔法の真髄と恐怖、とくと味わうがよい」


 これで飛び出すのがダークアロー程度の闇魔法だったら大笑いだ。

 しかし、魔王の本気はすごかった。