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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode67

悪役令嬢、真犯人を推理する。

 なぜワタクシが処刑されなければならなかったのか、その理由を知りたかったのだが、叔母夫婦の言い分はワタクシがいかに悪辣無比な人間であるかという非難に終始した。

 その是非はともかくとして、できればあまり深掘りせずにおくとして、もしも叔母夫婦が罠を仕掛けたのであれば、もう少しマシな言い訳をして取り繕うはずだ。


「義叔父様、叔母様。ワタクシは王族暗殺計画など企てていません。あれは冤罪です」


「え? そうなのか? お前ならいつか絶対にやると思っていたのだが……」


「そうそう、王族暗殺計画の噂を耳にしたとき、すぐにピンと来たもの。間違いなく犯人はエトランジュだって思ったわ」


 酷い言われようだ。こうやって冤罪が生まれていくのか。

 曲がりなりにも後見人を務める人間の発言とは思えない。叔母夫婦とは短くない期間を共に過ごしてきたが、結局ワタクシのことを何一つわかってくれていなかったということか。


 しかし、何も収穫がないわけではない。

 直接話を聞いてみてよくわかった。この叔母夫婦はワタクシを陥れた犯人ではない。

 動機的には最有力候補だし、私利私欲のためなら大抵の悪さはするが、人殺しをするほどの覚悟はない。彼らは所詮、金と権力が大好きなだけの小悪党なのだ。


 では、真犯人は誰なのか?

 これはあくまで直感であり、何ら確証はないけれども、ワタクシを罠にかけて陥れようとするとしたら――


「アンジェリーナ……」


 アンジェリーナ・フォン・ランデール公爵令嬢。ワタクシとは一つ違いの16歳。ランデール公爵夫妻の一人娘で、ワタクシとは血縁関係上、従妹にあたる。

 年頃が近かったこともあり、幼い頃から共に過ごすことが多く、お義姉様お義姉様としつこくまとわりついてきたものだ。

 今になって思い返してみると当時伯爵の地位だった実父の娘よりも、公爵家の後継者たるワタクシの義妹というポジションを確立しておいたほうが社交界において有利だと考えていたのだろう。あの子にはそういう計算高いところがある。


 アンジェリーナの思惑通り、社交界デビューしてからはワタクシの義妹として王侯貴族のご令息ご令嬢がたから認識されるようになった。

 彼女は自慢のブロンドヘアをなびかせ、世間では『正ヒロイン』などと呼ばれ、もてはやされていた。一方で義姉たるワタクシは悪名高い黒髪の『悪役令嬢』として確固たる地位を築いていた。

 禍々しい黒髪、おぞましい闇魔法、悪魔の666のアザを持つワタクシに『悪役令嬢』のレッテルを貼り、そんな義姉を持つ悲劇の主人公として不動の『正ヒロイン』の座を獲得するところまでアンジェリーナは計算していたのかもしれない。だとしたら大した策略家である。


 あの子なら、ワタクシを罠に嵌めてギロチン台へ送り、第一王子の婚約者の地位を奪い取るぐらいのことはやりかねない。

 そんなせこい真似をしなくても第一王子の婚約者なんて座はこちらから願い下げだったのだから喜んでプレゼントして差し上げるのに。

 ……いや、譲られた婚約者の座など彼女は許さないだろう。

 ワタクシから奪い取ってこそ、彼女の心は満たされるのだ。


 あの子の人物像を理解するのに、とてもわかりやすいエピソードがある。

 あれは聖ウリエール学園・初等部の学芸会での出来事だ。

 当時から顔だけはとびきり優秀だった第一王子が、思いつきで唐突に武闘会の開催を提案。舞踏会ならまだしも、学芸会で武闘会とは一体どういう脳みその構造なのか。

 しかし、そこはエーデルシュタイン王国第一王子。彼の取り巻き連中に教師陣、観覧しに来ていた父兄の皆様方は諸手を挙げて大賛成。生徒たちが苦労して準備してきた諸々の出し物を急遽変更して武闘会が開催されることになった。もちろん彼の実父であるエーデルシュタイン王に忖度してのことである。


 誰も止めないので第一王子の暴走はとどまることを知らず、優勝者にはなんと彼との1日デート券がもらえると提案したのだから、さあ大変。

 何度でも言うが、第一王子は顔だけは無駄にいいので、女生徒達はキャーキャーと盛りのついた動物のような奇声を上げていた。その中でもひときわ大きな咆哮を上げていた人物がアンジェリーナだったことを今でも鮮明に覚えている。


 それにしても自分とのデートの権利を優勝者にプレゼントにするとは、第一王子の恐ろしいまでの自己陶酔よ。

 残念なことに彼は殿方が優勝する可能性に思い至るだけの知能を持ち合わせてはいなかった。

 最後の良心として期待をしていた学園長も満面の笑みで親指を立てながら即時OK。幼心に絶望したものである。


 アホな権力者とは距離を置きたいワタクシは武闘会も第一王子との1日デート券も辞退したいところだったが、王家の意向とやらで全学年の生徒が強制参加させられることになった。

 突然のバトル展開。しかもトーナメント制にすると時間がかかりすぎるため、全校生徒によるバトルロイヤル。もはやカオスである。

 あれが伝統と歴史を誇る聖ウリエール学園の学芸会だというのだから、いよいよ終末の日も近いのだろう。


 男子生徒たちは万が一にも優勝して第一王子の機嫌を損ねてはなるまいと、開始前から戦意喪失のご様子。

 一方、ワタクシ以外の女生徒はこぞって1日デート券を獲得しようと血眼になっていた。

 おおかた、この機会に第一王子と親しい仲になって、ゆくゆくは婚約者の座を射止めという乙女チックでロマンチックな夢物語を頭に描いていたのであろう。

 その手段が武闘会なので、ちっとも乙女チックでもロマンチックでもないけれども……。


 当時から正ヒロインを自負し、将来は第一王子と結ばれることを公言してはばからなかったアンジェリーナは血走った目で闘志をみなぎらせ、鼻の穴は大きく膨らみ、極度の興奮状態にあった。あれはそう、人殺しの目だった。

 第一王子が声高らかに武闘会のはじまりを宣言した直後、アンジェリーナの両手から強烈な光が四方八方に放出された。

 アンジェリーナは自ら正ヒロインを名乗るだけあり、歴代の勇者や聖女と並ぶほどの光魔法の使い手なのだ。

 その光魔法の全体攻撃一発で、生徒たちは見るも無残に壊滅状態となった。


 お義姉様お義姉様とポーズだけでも慕っていたはずのワタクシには手加減をするどころから、ひときわ強力な光魔法を浴びせてきた。あれはどう考えても故意だった。

 光魔法は、闇魔法にとって唯一の弱点だ。そもそも参加意欲が極めて低かったこともあり、最初から防御に徹していたおかげでノーダメージだったけれども、まともに喰らっていたらさすがのワタクシでもただでは済まなかっただろう。

 あの子は、そこまでやるのだ。

 そこまでして『正ヒロイン』とやらの地位にしがみつくのがアンジェリーナという娘なのだ。


 ちなみに、この逸話には続きがある。

 光魔法でワタクシ以外の全校生徒を殲滅したアンジェリーナが圧巻の勝利。

 攻撃対象外だった人々にとって、光魔法は美しく煌びやかなファンタジーワールドにしか見えないため、観客は大喜びで拍手喝采。

 さらには大ダメージを負った生徒たちに対して全体回復魔法を施したことで、アンジェリーナは光の聖女だと大絶賛される。

 そして、そんな彼女に惜しみない拍手と称賛の言葉を贈る第一王子……。

 いやいや、色々おかしいだろ。と、子供心にツッコミたくなったものだ。


 欲しいものを手に入れるためには手段を選ばない。かつて勇者や聖女が使ったと言われる神聖な光魔法を悪用してでも欲しいものを奪い取る。

 これがアンジェリーナという女の本質なのだ。

 第一王子を手に入れ、正ヒロインの地位を確固たるものにするためなら、あのアンジェリーナのことだ、何だってやるだろう。

 真実はまだわからない。これはあくまでワタクシの推論でしかない。

 けれども、確信めいたものがある。

 ワタクシを嵌めたのはアンジェリーナだ。


 同じように手段を選ばない行動をとっているのに、あの子の場合は正ヒロインで光の聖女と称賛されるのに対し、ワタクシの場合は悪役令嬢で暗黒の魔女と後ろ指をさされるのだから釈然としないが、それが人間世界における光と闇の関係というものなのだろう。

 光あれば闇あり。

 光の正ヒロイン、アンジェリーナ・フォン・ランデール公爵令嬢。

 闇の悪役令嬢、エトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢。

 闇があるからこそ光は美しく輝けた。

 しかし、闇が失われた今、果たして光は光のままでいられるのだろうか。


 真相はいまだ闇の中だが、いずれアンジェリーナが地獄に堕ちてきたときに明らかにすればいい。だから今は焦らずともよい。将来の楽しみが一つ増えたと、ポジティブに考えておくことにする。

 しかし、真犯人があの子だと確定したそのあかつきには――

 10000倍にして借りを返して差し上げるとしよう。