エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode56
幕間狂言:有能執事、正ヒロインに恐怖する。
ランデール公爵夫妻が一昨日処刑された。
王族暗殺計画の真犯人として、エトランジュお嬢様と同じギロチン台にかけられ、その首をはねられたのだ。
告発したのはアンジェリーナ・フォン・ランデール。
ランデール公爵夫妻の実の娘であり、エトランジュお嬢様亡き後、愚かな第一王子の婚約者の座をかすめ取った卑しい女だ。
今は不遜にもローゼンブルク公爵家の家督を継ぎ、アンジェリーナ・フォン・ローゼンブルクを名乗っており、いずれはこの王国の王妃となることが決まっている。
そのアンジェリーナが、実の両親たるランデール公爵夫妻を文字通り切り捨てたのだ。
ランデール公爵夫妻は強欲だ。ローゼンブルク公爵亡き後、エトランジュお嬢様の後見人となったのも、いずれローゼンブルク公爵家の財産を我がものとするため。エトランジュお嬢様を第一王子の婚約者に仕立て上げたのも、王家に取り入って権力を掌握するため。
その思惑は成功し、伯爵から公爵へと一気に成り上がり、宰相の地位まで手に入れた。その後は将来王妃となる娘を最大限利用して盤石の地位を築く腹積もりだったのであろう。
しかし、こう言っては何だがランデール公爵夫妻の行動は金銭欲と権力欲にまみれた貴族としては、ごく平凡と言っていい。人を利用したり陥れることはあっても、近親者を手にかけたりはしない。
しかし、娘のアンジェリーナは違う。
つい先日、第一王子の寝室で二人の会話を盗み聞きしたときのこと。
「ねえ、王子様。最近、お父様とお母様の様子がおかしいの。なんだかとても悪いことを企んでいるようで……私、怖い!」
「おお、アンジェリーナ。僕がついている限り、何も怖れることはないよ。さあ、抱き締めてあげよう。こっちへおいで」
「お父様の書斎からこんな書類を見つけてしまったの。どうしていいか迷ったけど、王子様に万が一のことがあってはいけないから、勇気を出して持ってきたの。はい、どうぞ」
「おお、さすがアンジェリーナ。勇敢だな、キミは。どれどれ何が書いて……、こ、これは!
!?」
「そこには王族暗殺計画が書かれています」
「え? え!? でも王族暗殺計画の主犯はあの人間兵器のエトランジュで、あいつはもう処刑にしたはず……」
「ランデール公爵夫妻が真犯人だったのです」
「真犯人……。け、けど、いいのかい? ランデール公爵夫妻はキミの実の親だろう?」
「構いません」
「で、でも……」
「構いません」
アンジェリーナは第一王子が二の句を告げないほど冷静にハッキリと言ってのけた。二度も。そこに親子の情は一切感じ取れなかった。
「あの人たちは王族暗殺計画を企てた大罪人。情けも容赦も無用です。即刻処刑してください」
「………………わかった。僕の婚約者、未来の王妃であるキミには、一切罪が及ばないように全力を尽くそう」
「ああ、王子様。愛しています」
そして、そのままベッドイン。
コイツらはどういう神経をしているのだ?
第一王子はただの馬鹿なのだろう。
しかし、アンジェリーナは?
実の親を陥れて何の罪悪感も抱かないのか。
俺はほぼ毎日のようにランデール公爵の書斎を調べている。
王族暗殺計画なんて存在しなかった。ランデール公爵は利権をむさぼるだけの小物だ。そんな大それた計画ができる人物ではない。
王族暗殺計画はアンジェリーナのでっち上げだ。おそらくはエトランジュお嬢様のときも同様に捏造したのだろう。
アンジェリーナがわざわざ両親を始末したがる理由はなんだ?
親の立場を利用して甘い汁を吸われるのが気に食わなかったか。それともいまだに子ども扱いされることに辟易したか。その真意は計り知れない。もしかすると、どうでもいいような些末な理由なのかもしれない。だが、どうでもいい理由であればあるほど、アンジェリーナは異常であることがわかる。
俺はアンジェリーナを見くびっていたかもしれない。
あいつのことは性根の腐った欲まみれの女ぐらいにしか思っていなかった。
だが、今は違う。
もっと不気味で根が深く、ドス黒い闇を感じる。
正直、俺はアンジェリーナが恐ろしい。
アンジェリーナは何者なのだ?
俺は一体、何を相手にしようとしているのだ……?