エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode60
悪役令嬢、復讐するは我にあり。
叔母夫婦の悪行の数々をひとしきり語り終えたネコタローとスイーティアは憑き物が取れたかのように落ち着いた表情を取り戻していた。
「しかし、殺しても死なないと思っていたランデール夫妻がそろって死ぬとはな……」
ネコタローの疑問はワタクシも気になっていたことだ。
エーデルシュタイン王国においてランデール夫妻を死に追いやれるとしたら王と王妃、第一王子と、そして――
「もしかすると、アンジェリーナ様に処分されたのでは……?」
「アンジェリーナか。あり得るな」
スイーティアの仮説をネコタローが肯定する。
ワタクシもその仮説を全面的に支持したい。
このタイミングで叔母夫婦を始末する理由がある者が他に思い当たらないからだ。
「アンジェリーナというのは、確か吾輩の記憶ではご主人様の……」
「ええ。エトランジュお嬢様の従妹にあたる方で、ランデール公爵夫妻のご息女です」
「本人は公然とエトランジュの義妹を名乗っていたけどな」
ふんっ、と吐き捨てるように鼻を鳴らすネコタロー。
アンジェリーナは、なぜか幼い頃からワタクシのことをお義姉様お義姉様と呼んだ。
特段ワタクシを慕っているとかそういう好意的な感情は微塵も感じたことはなかった。
よっぽど義理の妹というポジションが欲しかったのだろう。
最初のうちは義姉ではなく従姉だと都度訂正していたものだが、いちいち訂正するのが面倒くさくなって、ついには勝手に呼びたいように呼ばせることにした。
あの執念、一体どこから来るのだろうか。
「ひゃは? でも、メイドちゃんとタローちゃんの言うとおりだとすると……実の娘が両親を殺したってこと?」
「親殺しとは穏やかじゃねえなぁ」
「あら、シュワルツちゃんがまたチビルツちゃんになってる」
「チビってねえっつーの!!」
ケルにからかわれて額に青筋を浮かばせながら否定するシュワルツ。
彼は歴戦の猛者だが、我が地獄の軍団においては着実にいじられキャラのポジションを確立しつつあるように思う。
「ご主人様。外の様子をご覧になってください。敵が動き始めました」
エリトに促されて窓の外に目を向けると、たいまつを手にした集団がこちらへと近づいてくるのがわかる。
どうやらワタクシたちが移動要塞マカロンの中で状況を静観している様子を、大群を前に恐れをなして籠城したと都合よく解釈したらしい。おおかた、籠城したワタクシたちを要塞ごと火あぶりにしてやろうという魂胆なのだろう。
やれやれ、困ったものだ。
ワルサンドロス商会を傘下にして以来、移動要塞マカロンの強化も着々と進めてきたから、たいまつの火あぶりごときでは傷一つつかないが、可愛いマカロンがほんのちょっぴりでも汚されるのは嫌だ。
こちらも打って出るとしよう。
それにしても叔母夫婦と戦うことになるとは。
過去、人間世界においても幼少のみぎりより様々な人々、時にはモンスターとも戦いを繰り広げてきた。
あるときは馬車で移動中にバッタリ出くわした盗賊を撃退。有り金を全部巻き上げて差し上げた。
あるときは屋敷に忍び込んだ賊の後をつけ、彼らのアジトを奇襲。金銀財宝を根こそぎ奪い取って差し上げた。
そしてまたあるときは旅先で襲い掛かってきたヴァンパイアロードを返り討ち。その居城に隠されていた秘宝を強奪……もとい貴重な文化財として代わりに保管してあげたこともある。
そんなワタクシでも親族と直接暴力をもってして対決したことはなかった。
それは、たとえ両親亡き後でも、たとえいくら腹立たしくても、愛する父と母の血縁に連なる者と戦うことに強い抵抗があったからだ。
両親がローゼンブルク公爵家を守ってきた姿勢には子供ながらに尊敬の念を覚えたものだし、そのローゼンブルク公爵家の名誉を傷つけてはならないという想いが、常に心の中のどこかにあった。
それが人間世界でやりたい放題に生きてきたワタクシを縛っていた唯一のものであり、そのおかげで誰の命も奪わずに済んだのだ。
でも、もういいかな。ここ、地獄だし。
お父様もお母様もきっと天国にいるから、地獄の様子は見ていないだろうし。
それに人間世界で幼いワタクシに色々と意地悪をしてくれた叔母夫婦にちょっぴり仕返しをしたところで罰は当たらないだろう。
ということで、復讐するは我にあり。
叔母夫婦に今日を生きる資格はない。
さあ、我が地獄の軍団諸君。戦争の時間ですわよ。