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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode84

悪役令嬢、魔王に同情する。

 得意のゲーム勝負に持ち込むはずが、当てが外れて窮地に追い詰められた魔王アホーボーン。彼が次にとった行動は、地獄の番犬であり、先代魔王の代から仕えてきたケルベロスにワタクシを殺害せよと命じることだった。


 地獄の番犬ケルベロスは、かつてその命令通りに賞金首となったワタクシの首を獲りに来たという経緯がある。しかし、激闘の末にスイーツをこよなく愛する者同士、心が通じ合い、仲間となったのだ。

 ケルベロスの正体であるケル、ベロ、スーの獣人三姉妹とは今や血を分け合った姉妹に劣らぬ固く強いスイーツの絆で結ばれている。そんなことになっているとは露ほども知らない魔王アホーボーンは、ケル、ベロ、スーが今でも配下であると信じ切って命じるのであった。


「さあ、ケル、ベロ、スーよ。スパイごっこはもう終わりにして、さっさとその生意気な小娘を殺してしまえ」


「嫌よ」

「やなこった」

「やでスー」


「へ……?」


 見事な拒絶の三重奏。聞いていて清々しい気分になる。

 地獄の頂点に立つ魔王アホーボーンの言葉は、神の言葉に等しいはずだ。地獄の悪魔なら誰しも絶対服従するのが当然であり、配下の者に拒絶されることなど生まれてこの方一度たりともなかったに違いない。そんな世間知らずの純粋培養のおぼっちゃまには、この状況は受け入れがたい者があるのだろう。唖然と口を開いて、しばしの間、フリーズしている。


「な、なぜだ!? なぜ俺様の言うことが聞けない? 俺様は地獄の魔王アホーボーン様なのだぞ!!?」


「確かにアホーボーンちゃんは魔王かもしれないけど、俺様俺様って偉そうに命令するくせに自分は仕事せずに遊んでばっかりのロクデナシじゃない? アタシ的にはエトランジュちゃんのほうが100倍、魔王に相応しいと思うけど」


「ケル姉の言う通りだぜ。お前はスイーツを人質にしてオレたちに命令するばかりの卑怯者だった。でも、エトランジュは敵だったオレたちを仲間として受け容れてくれたんだ。上に立つものとしての器量ってやつが段違いなんだよ」


「スーはね、アホーボーンのこと大っ嫌い。だって、全然スイーツくれないんだもん。けどね、エトランジュちゃんは大好き。だって、いっぱいスイーツ食べさせてくれるから♥」


 ケルとベロはベタ褒めだ。そこまで手放しに褒められるとむずがゆい。

 片やスーの評価は大好きなスイーツを与えてくれるかがすべてのご様子。いつか彼女が目の前のスイーツに惑わされて裏切る日が来ること、一応覚悟しておこう。


 三人娘からこっぴどくダメ出しを受けた魔王アホーボーンは、驚愕の表情で青ざめている。まさかそんなふうに思われているとは想像したこともなかったのだろう。

 部下を持つすべての方々にはこれを教訓として、是非とも肝に銘じていただきたい。部下というのは、上司が思っている以上に上司のことをしっかり見ていて評価しているものだということを。


「だいたい毎日毎日何年も何十年も自分の部屋に引きこもって、ゲームばかりしているのってどうなのよ。ゲームを遊んだり作ったりすることを否定する気はまったくないけど、働きもせず責任も果たさずスイーツもくれずに、自分のやりたいことだけをやってるような男は絶対無理よね」


「そのゲームを買う金も作る金も、オレたちがスイーツを食べる間も惜しんで汗水たらして働いて稼いだ金だと思ったら、マジむかつくよな。全部ブッ壊してやりたくなるぜ」


「あ、そっか! アホーボーンがゲームにお金を使わなかったら、その分だけたくさんスイーツが買えたはずなんでスー! うぎぎぎ……。それは許せないのでスー!!」


 積年のスイーツの恨みは怖い。

 しゃべればしゃべるほど、ケル、ベロ、スーの恨み節は加速していく。


「毎日鏡を見てうっとりするのをやめてほしい」

「自分がカッコいいと思ってるところがとてつもなく残念」

「口が臭い」


「抱かれたくない男ランキング1位……」

「最悪な上司ランキング1位……」

「一緒にスイーツを食べたくない男ランキング1位……」


 言葉のナイフが容赦なくザクザクと魔王アホーボーンのハートを切り刻んでいく。

 彼に抵抗するすべはなく、ただひたすらノーガードで獣人三姉妹の攻撃を受けている。

 魔王としての職責を放棄していた彼の自業自得だから仕方がないとはいえ、ここまでくると何だか可哀そうになってきた。


 魔王アホーボーンの精神力は、もはや限界。部下だった女の子たちにけちょんけちょんに言われて、精神崩壊寸前だ。このままでは魔王アホーボーンの精神力は一方的な口撃によって削られ続けることになり、KO(ノックダウン)は時間の問題だろう。

 まあ、それはそれで別にいいんだけど、だいぶ思っていたのとは違う形でラストバトルが決着を迎えることになる。

 だが、試合終了かと思ったその瞬間、魔王の瞳がギラリと輝いた。


 ほほう。さすがは魔王。そうこなくては。

 地獄で最強たる魔王との戦いが、これで終わりのはずがありませんわよね。

 さあ、見せていただきましょうか。地獄の魔王の性能とやらを。