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エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode92

幕間狂言:有能執事、正ヒロインに吐き気をもよおす。

 正式に勇者パーティーが結成されてから数日が経過した。

 今、俺たちは、俺がでっち上げた偽魔王が潜むというエーデルシュタイン王国の西の果て、魔の森の奥深くにある魔窟の入り口に立っている。


 出立の際には、王都グランベルクで盛大なパレードと任命式が執り行われた。

 勇者に魔王退治を命じる王。言うまでもなく勇者は第一王子であり、王はその父親だ。いずれもアンジェリーナの手のひらで踊る道化たち。

 パレードと任命式、それに魔王退治の支度金として国庫から捻出された金貨の枚数を鑑みるに連中の金銭感覚は異常だし、偽魔王とわかっていて勇者ごっこにそれだけの税金をつぎ込むわけだから、エーデルシュタイン王国の滅亡はすでにカウントダウンに入っていると言えるだろう。

 放っておいても自滅するやつらではあるが、それでもお嬢様を処刑した罪はこの手で断罪してやらないと気が済まない。


 そこでまずはアンジェリーナ以外の第一王子とその他の勇者パーティーのやつらを始末するために偽魔王を探した。これがなかなか大変だった。

 なにせSランク級の主だった魔物たちは、火山に眠るファイアドラゴンも、五つ首を持つ巨大な毒蛇ヒュドラも、獅子の身体に蝙蝠の羽を持つマンティコアも、ことごとくお嬢様が存命のうちに退治してしまったからだ。


 東奔西走の末にようやく見つけ出したのが、この魔窟の最下層に眠るという聖白竜だ。

 聖白竜は光属性の竜族で、闇属性の暗黒竜と対をなす最高位のドラゴンである。

 わざわざ光属性のドラゴンを選んだのは、同じく光属性の魔法を得意とするアンジェリーナとの相性からだ。

 光属性は闇属性に対しては滅法強いが、同じ光属性に対しては効果が低い。つまり、アンジェリーナは本領発揮することができず、そのために勇者パーティーはアンジェリーナを除いて奮闘むなしく全員死亡するという筋書きだ。無様に生き延びたアンジェリーナは、婚約者を失い、光の聖女失格の烙印を押されることになる。


 俺はといえば、もちろん復讐を果たすまで死ぬわけはいかないので、戦闘が始まり次第バレないように後方に退き、念のために光の護符と即死防止アイテムも懐に忍ばせておく。

 ちなみに偽魔王の正体が聖白竜であることは、連中には内緒のままだ。というのも、情報操作するまでもなく、魔の森の魔窟の最下層に住む魔物なら暗黒竜に違いないと馬鹿なアンジェリーナが勝手に思い込んでくれたからだ。

 何事も、お嬢様のこと以外は、すべて自分の思い通りにしてきたアンジェリーナは、この世の出来事を都合のいいように解釈する癖がついている。

 光魔法の使い手である聖女アンジェリーナが退治する魔王であるからには、当然、闇属性の暗黒竜であるべきだという身勝手な論理が本気で成立すると思っているのだからおめでたいというか何というか。


 この魔窟に到着するまでの道中もなかなかのもので、俺は何度もめまいと吐き気をもよおす羽目になった。

 まず旅立ちの日。

 御者として第一王子とアンジェリーナを乗せた馬車を走らせていると、あんあんうんうん吐息が漏れるのが聞こえてきた。

 まだ正午にも満たない時間帯。まがりなりにも魔王退治の旅に出て間もない時。国民の血税で賄われているこの壮大な勇者ごっこで、いの一番にやることがそれなのか……?

 その場で刺し殺してやりたい衝動にかられたが、空を見上げて天国にいらっしゃるお嬢様の笑顔を思い浮かべ、なんとか殺意を抑え込むことに成功した自分を褒めてやりたい。


 しかし、それは始まりに過ぎなかった。

 最初に到着したのは、王都から離れた小さな村。休息を兼ねて軽い昼食を摂ることにした。

 事前に村への通達は無く、昼食はもちろん全部村の負担だ。

 村人たちは突如として降ってわいた無理難題に頭を抱えていたが、第一王子とアンジェリーナは村にとって最高の栄誉だろうと偉そうにふんぞり返っていた。


 王侯貴族の子息たちに相応しい昼食を何とか整えようと悪戦苦闘する村人たち。

 ようやく出された昼食の毒見役は、もちろん俺だ。

 毒見した後に毒を盛ってやろうかとも思ったが、それもぐっと堪えた。

 昼食の味は素朴ながらも丁寧に下ごしらえされた滋味あふれる郷土料理であった。

 だが、アンジェリーナはその真心こもった料理を一口食べただけで、こんな田舎臭い料理を出すなんて不敬にあたると騒ぎ始めた。

 第一王子とその仲間たちは、それをいさめるどころか尻馬に乗って村人たちを責める始末。これが未来のエーデルシュタイン王国の中枢を担う王侯貴族の子息だというのだから、村人たちには早々にこの国から脱出することを強くお勧めする。


 結局、アンジェリーナたちは文句を言いながらも料理を全部平げたうえに、謝礼を払うどころか、不敬罪で村長以下、料理にたずさわった者たちをムチ打ちにした。

 王侯貴族どころか、これでは野盗と変わらない。村人たちにとっては、とんだ災難だ。

 それでようやく嵐が過ぎたかと思ったが、それだけでは終わらなかった。


 村でもう少し休憩したい言い始めたアンジェリーナに、第一王子以下全員賛成。

 これだけのことをした後に、まだ居座るつもりなのか? 悪い意味で並みの神経ではない。

 俺は罪悪感でいたたまれなくなって、その場を離れた。

 少し時を経て様子を見に戻ってみると、家屋の陰で何やら男女が囁き合う声が聞こえた。

 どうせまたアンジェリーナと第一王子だろうと思ったら、アンジェリーナがシュテルクスト・フォン・ヴァイザーの上にまたがって乱れている姿が飛び込んできた。

 不敬?

 どの口が言ったのだ?

 村人たちには今すぐ一斉蜂起し、この女を絞首刑に処する権利がある。


 以上は、王都を旅立ってからたった半日での出来事。

 この魔窟に到着するまでの旅程は7日間。その間にどれだけのおぞましい光景を見せられたかは口にするのも憚られるため、記憶の奥底にねじ込んで、いずれ俺の死とともに消去することにする。


 一つだけ言えることは、7日間のうちにアンジェリーナは、ナイトハルト・フォン・アインツェルゲンガー、ジークフリード・フォン・ゼーレ、シュテルクスト・フォン・ヴァイザー、エミール・フォン・フリューゲルと、勇者パーティーに属する俺以外の男たちを軒並み攻略し、平らげたということだ。

 エトランジュお嬢様を死に追いやってまで手にしたかったものが、こんな野獣のような色欲を満たすことだったのかと思うと、怒りで狂い死にそうになる。

 アンジェリーナをこれ以上、長生きさせておくわけにはいかない。


「ジュエル。では、まいりましょうか」


 魔窟への道案内を終えた俺に、ここからも先導せよと顎で指示するアンジェリーナ。

 この女はあえて生き残らせて、生き恥をさらさせようかと思ったが、このまま聖白竜に喰い殺させたほうがいいかもしれない。


 ただし、エトランジュお嬢様を陥れた王族暗殺計画の主犯がアンジェリーナであるという証拠だけは先につかんでおきたい。反逆者の汚名をかぶったままお嬢様の名前を歴史に残すわけには絶対にいかない。

 お嬢様の無実さえ晴らせれば、あとはどうなってもいい。この分なら王も王妃も放っておいても王国とともにいずれ滅びることは確定だ。


 早く証拠を見つけなければ。

 お嬢様が無実だという確たる証拠を……。