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エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode90

悪役令嬢、人間世界で黒髪・闇魔法が忌み嫌われる元凶を知る。

「黒髪の子供なんて縁起でもない! この子がローゼンブルク公爵家を破滅させる前に捨ててきてください!」


 ワタクシがまだ幼かった頃、愛する兄の子が黒髪だったことを問題視し、幾度も叔母がヒステリックに怒鳴り込んできたことをおぼろげながら記憶している。


「ひそひそ……。見ろよ、あれが噂の悪魔の子だぞ」

「ひそひそ……。首筋には悪魔の数字が刻まれているそうよ」

「ひそひそ……。ローゼンブルク公爵家も終わりだな」


 公爵家に取り入りたくて屋敷に出入りする貴族たちも、ワタクシに好奇と悪意の目を向けてきた。


「ひそひそ……。お嬢様は闇魔法が使えるそうよ。ああ、なんて恐ろしい」

「ひそひそ……。裏庭で小鳥が死んでいた。きっと黒髪の呪いに違いない」

「ひそひそ……。もうこんなお屋敷で働きたくない」


 屋敷に仕える使用人たちも両親の目を盗んでは、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらワタクシに聞こえるように陰口を叩いていた。


「ひそひそ……。ねえねえ、聞いた? またエトランジュ様が暴力事件を起こしたそうよ。今度は襲い掛かってきた盗賊を皆殺しにしたんですって」

「ひそひそ……。友達の友達から聞いたんだけど、エトランジュ様は夜な夜な闇の儀式を執り行い、アンジェリーナ様に呪いをかけているらしいわよ」

「ひそひそ……。エトランジュ様と同じクラスになっちゃった。どうしよう、殺されちゃう」


 万事がこの調子だったため、聖ウリエール学園では初等部に入学以来、ついに学友を得ることは叶わなかった。


 すべてはワタクシが黒髪ゆえのこと。

 すべてはワタクシが闇魔法の使い手ゆえのこと。

 その原因は、地獄の魔王が黒髪で闇魔法の使い手だったせいだという。

 そして、その地獄の魔王とは幼い頃に拾って以来、ずっと共に過ごしてきたネコタローだったのだ。

 すなわち、ワタクシが人間世界でいわれのない差別・迫害を受けてきたのは全部ネコタロー、お前のせいやったんかーーーーーい!! かーーーい! かーい! かーい……。

 と心の中で、苦節17年の想いを込めて思いっきり叫んでみる。

 あー、すっきりした。


「本当にすまなかった、エトランジュ。俺が黒髪で闇魔法を使うせいで、まさかお前を苦しめることになるとは思ってもみなかったのだ」


 それはそうだ。

 ネコタロー、もとい地獄の先代魔王ギルティアスとやらは、ただ黒髪で闇魔法を極めし存在だったというだけで何ら落ち度はない。

 それを忌まわしいもの、悪しきものとして、ワタクシのような無関係の人間を差別の対象にした人々が愚かで罪深いだけだ。

 とはいえ、今までさんざんワタクシが黒髪と闇魔法のおかげで不愉快な思いをしてきたことを間近に見てきた彼としては、詫びずにはいられなかったのだろう。


「それは貴方が悪いことではありませんわ。気にしないで、ネコタロー。……あ、失礼。先代魔王ギルティアス様でしたわね」


「よ、よしてくれ、エトランジュ。今まで通り、ネコタローと呼んでくれ」


 そう言われてもなぁ。

 あの可愛かったネコタローの面影はあるものの、どこからどう見ても悪魔。どこからどう見ても成人男性。イケメンではあっても、別に可愛くはない。

 ネコタローと呼んでほしいのなら、あの頃のネコタローを返せ。


「俺もかつては魔王として地獄を統べていた者。ちゃんと先代魔王として責任は取らせてもらうし、お詫びの仕方も考えている。まずは……」


 まさかの叔父である先代魔王の登場で、先程から顔を真っ青にして怯えているだけのアホーボーン。そこにはもう魔王の姿はなく、ただただ叱られるのを怯えるばかりの青年がいるだけだった。


「魔王アホーボーン。お前は本日この時をもって魔王の座を降りてもらう」


「は、はい、叔父上。もちろんです。むしろ喜んで……!!」


 なるほど。これが先代魔王ギルティアスとしての責任の取り方というわけか。

 自身が再び地獄の魔王の座に就き、機能不全を起こしている地獄の再建に取り組む。

 まあ、順当なところだろう。


「新魔王には、魔王アホーボーンを倒したエトランジュを任命する」


 は?

 ワタクシが魔王?


 いやいやいやいや。

 順当どころか、斜め上どころか、急転直下の展開にさしものワタクシもビックリ仰天だ。

 先代魔王として責任を取り方、お詫びの仕方がワタクシの思っていたのと全然違う。そんなの聞いてない。


「よかったですね、お嬢様。天国の旦那様、奥様もきっとお喜びですよ」

「さすが我が親友エトランジュじゃ。確かにそなたほど魔王に相応しい者はおるまい」

「おめでとう、お姉様! ボク、とっても誇らしいよ!」


 口々に賞賛と祝福の言葉を並べてゆく仲間たち。

 みんな、瞳を潤ませている。

 ヒッヒ、クック、エリトなどは隠そうともせず、笑顔で涙を流している。

 どうやら冗談でも何でもなく、本気で喜んでくれているようだ。

 魔王なんて可愛くもエレガントでもないから絶対に嫌なのに、こうなってくるとどうにも拒否しづらい。


 というわけで、めでたしめでたし。

 魔王エトランジュ、爆誕。