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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode88

悪役令嬢、ラストバトルの決着をつける。

「諦めるなんて、らしくないぞ、エトランジュ」


 力強い、しかし、ぬくもりを感じさせる声が諦めかけたワタクシの心を鼓舞する。

 誰?

 この悲愴感漂う戦いの中、誰が諦めずにまだ戦おうとしているというの?


「暗黒星よ。闇に煌めく星々よ。我が呼びかけに応え、怨敵を殲滅せよ。メテオ」


 魔王アホーボーンが放った闇魔法の禁呪メテオに対して、同じくメテオを放ったのは、なんとネコタローだった。

 ……んんん!?

 ネコタローが魔法? なんで? どうして!?


「ネコタロー……? 貴方、魔法使えたの?」


「まあな(ニヤリ)」


 キュン♥

 人生最大のピンチに隠し持っていた本当の力を見せるだなんて……こんなの、ずるい。うっかり恋に落ちてしまったら、どうしてくれるのだ。まあ、相手がネコタローなら、それもやぶさかではないのだけれど。

 しかし、闇魔法を使えることをずっと秘密にしていたことは、ちょっぴり腹立たしい。もともとは地獄の住人だったことを内緒にしていたことと言い、水臭いんじゃないかしら。ワタクシにだけは教えてくれたっていいじゃない。

 ぷうっ。とほっぺたを膨らませていると、それに気づいたネコタローが言い訳をする。


「いやいや、エトランジュよ。何もお前を騙していたわけでも秘密にしていたわけでもないぞ。人間世界に転移したときは、間違いなく魔力を失っていたのだ。瀕死のところをエトランジュに拾われ、共に過ごしていく中で徐々に、それこそ夜露を一滴一滴ためていくようにゆっくりと魔力を回復させていったのだ。地獄に来てから一緒に戦うようになって、だいぶ魔力が回復し、会話することもできるようになったものの全盛期とは程遠かった。ようやく本来の魔力に近いところまで取り戻せたのが、魔王親衛隊との戦闘を終えてレベルアップした後のことだったんだぞ?」


 それが事実なら、絶体絶命のピンチに間一髪間に合ったということになる。ネコタローに言い分はもっともらしく聞こえる。


「でも、闇魔法を使えることは、会話ができるようになった段階で打ち明けてくれてもよかったのではありませんこと?」


「う“っ……。そ、それはだな、俺にもいろいろ事情というものがあってだなぁ。って、今、そんなことを追及している場合か?」


 浮気を疑う妻と、追及を何とか回避しようとする夫のように聞こえなくもない会話も、ワタクシにとっては超重要なこと。だって、長年にわたって築き上げてきたネコタローとの信頼関係に影響することですもの。

 とはいえ、ネコタローの言う通り、今はラストバトルの大詰めの真っ最中であり、このタイミングで必ずしも真実を白状させる必要があるかと言えば、確かに今この時でなくてもよい。

 こうしてワタクシと会話している間も、魔王アホーボーンは大小何種類もの闇魔法を放ち続け、それに対してネコタローは無詠唱で同じ闇魔法を放って応戦していて大忙しなのだから。


「……いいですわ。では、時を改めましょう。けど、いろいろな事情とやらは、あとでじっくり聞かせてもらいますわよ?」


「ああ。わかってるよ、エトランジュ。ちゃんと話す」


 ワタクシの追及を無事に逃れたネコタローは、魔王アホーボーンを上回る闇魔法の多重発動により、手数で追い詰めていく。


「くっ……! お前、何者だ!!?」


「俺か? 俺はただの通りがかりの黒猫さ」


 ネコタローったら、カッコつけちゃって。

 でも、確かにカッコいい。

 可愛い上にカッコいいだなんて、無敵じゃない?


 他の仲間たちはというと、突如として始まった魔王vs黒猫の闇魔法バトルという超展開に脳が追いつかず、先程からずっとフリーズしている。たぶん、夢か幻を見ていると思っているのだろう。まあ無理もない。


「エトランジュ。最後はお前が決めろ」


「え? でも……」


 なんだか最後に美味しいところだけかっさらうなんて浅ましい行為は、エトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢に相応しくない。条件反射的に躊躇する。


「このままいくら闇魔法を打ち続けても、やつは倒せん。だから、間隙を縫って物理攻撃で仕留めるしかないのだ」


 なるほど。そういうことなら、遠慮なく。


「魔王アホーボーンは、魔法以外はそこらにいる村人A以下のステータスだ。これ以上、謁見の間に被害を出したくなければ、一撃で決めろ」


 そうなのだ。

 やむを得ない事態とは言え、強烈な闇魔法と闇魔法のぶつかり合いによって、謁見の間に少なからず被害が出てしまっている。これはもうリフォームするしかない。


「わかりましたわ。きっちり一撃で決めてみせましょう」


 深呼吸して体内に大気のエネルギーを集める。

 秘密の特訓の際にカンフーマスターの導きで編み出した我が必殺技をお披露目するときが、ついにやってきた。

 師匠は、東洋風の格好をした、浮浪者に見えなくもない仙人のようなおじいちゃんで、ワタクシに伝授してくれた蛇拳だけでなく無数の拳法を体得している伝説の人物だった。

 ワタクシの蛇拳に猛毒を持つ蛇の名を冠してキングコブラ拳と名付け、オリジナルの必殺技を生み出せるように導いてくれたのも師匠だった。


「よくぞ成し遂げた。必殺の『キングコブラアッパーカット』の完成じゃな」


 あのときの満足そうな師匠の笑顔を思い出しながら、さらに集中力を高めていく。


「ここぞというときに必殺技を放つときは、腹の底から技の名前を叫ぶのじゃ。さすれば、技の威力が5割増しになるぞい」


 そういえば、師匠はそんなことも言っていた。

 必殺技を叫ぶだなんて、ちっともエレガントじゃないし、公爵令嬢にあるまじき行為である。だが、ここは敬意を込めて素直に師匠の教えに従っておくとしよう。

 上位闇魔法の連発でさすがに呼吸が乱れてきた魔王アホーボーンが、ぶはぁっと大きく息を継いだその瞬間――

 今ですわ!!


「いきますわよ!! お喰らいなさい!! キングコブラアッパーカァァァァァァーーーーーーートッッッ!!!!!!!」


 近年まれに見るクリティカルヒット。

 ワタクシ史上最高の会心の一撃。

 それをまともに喰らった魔王アホーボーンは、糸の切れた凧のようにキリモミ回転しながら天井にぶつかり、そのまま鳥のフンのようにべしゃりと床に落ちた。


 勝った。

 決まった。

 さしもの地獄の魔王も、これはもう立ち上がれまい。

 ネコタローの話によると、魔王アホーボーンは、魔法以外はそこらにいる村人A以下のステータスということだったから、もしかするとオーバーキルだったかもしれない。

 魔王をオーバーキルか。

 まあ、それもワタクシらしくてよろしいですわよね?

 同意を求めようと仲間たちを振り返ると、みんな遠い目をして半笑いになっている。

 どういう表情かジャッジしかねるが、無言は同意と見なすことにしよう。


 これで地獄も魔王城もワタクシのもの。

 長かった旅路もこれで決着。

 これからは、この魔王城を拠点に地獄での第二の生活をさらに快適に! 美しく! ゴージャスに! エレガントに! そして、もっともっとスイーツに!!(←ここ一番大事)

 魔王アホーボーンを倒し、ようやく地獄に堕ちて以来、待ち望んでいた地獄でのハッピーライフが手に入ることを実感し、心が満たされていく喜びを噛み締めるワタクシなのであった……。