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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode78

悪役令嬢、実況する。《イグナシオとシュワルツ編》

 侵入者を撃滅せんと魔王城の外から迫り来る500の軍勢。

 移動要塞マカロンから降り立ったワタクシたちは、敵勢の鬼の形相と鍛え上げられた大きな体躯を目視確認する。どうやら頭上を飛び越えて魔王城へたどり着いたワタクシたちをブチ殺そうとお怒りのご様子。この分だと頭に血が上った悪魔たちに扉だけでなく、その他の設備にまで被害が及びそうだ。


 500の敵勢に対して迎撃の任を与えしは、我が弟イグナシオと歴戦の傭兵シュワルツ。

 彼らが使いこなす銃器兵器の数々の威力をもってして、敵を撃滅、後続の増援まで含めて戦意喪失させるために、ここで容赦なく彼我の圧倒的な戦力差を見せつけておく必要がある。それが少々過激ではあるものの、平和的解決の第一歩なのだ。


「ということで、この戦闘の実況はワタクシ、エトランジュと――」


「解説は獣人三姉妹が長女、ケルでお届けします。ふふっ。イグナシオちゃんとシュワルツちゃんの戦いぶりを見ながらおしゃべりするだけでいいなんて、楽チンだわー。ねえ、エトランジュちゃん?」


 解説役を買って出たケルだが、その楽観的性格がゆえに実況と解説の仕事と甘く見ているようだ。

 実況担当には戦況を広く見渡し、後世に名場面、珍場面として語られるであろうシーンを発見し、実況することが求められる。その相方たる解説担当には、実況で拾い上げた場面を有識者としてわかりやすく伝えるという重要な任務がある。

 果たして、ケルにその任をまっとうするだけの能力があるのだろうか?


「あ、見て、エトランジュちゃん。そろそろ始まるみたいよ」


 ケルに促されて見てみると、魔王城の大扉の前に立つイグナシオとシュワルツが銃器を構えて、敵勢を待ち構えている。


「どうやら敵勢が有効射程圏内に入るのを待っているようですわね。歴戦の傭兵であるイグナシオはこういう場面はお手の物でしょうからいいとして、注目すべきは兵器開発が本職のイグナシオがどこまでシュワルツの足を引っ張らずに援護できるかでしょうね」


「あら、それは心配ないと思うわよ」


「ほほう? その心は?」


「だって、イグナシオちゃんはエトランジュちゃんと一緒に1ヶ月もの間、みっちりと秘密の特訓を重ねて、最終的にはシュワルツちゃんのお墨付きをもらったわけでしょ? シュワルツちゃんはちょっぴり抜けているところがあるし、ついついイジりたくなるキャラクターだけど、あれでも地獄じゃ名の知れた傭兵で、その武勇は魔王城の中まで轟いていたのよ。そのシュワルツちゃんが、元雇い主だからと言って忖度してイグナシオちゃんにお墨付きを与えるとは思えないから、イグナシオちゃんはシュワルツちゃんと肩を並べて戦える一流の戦士だと思うわ」


 驚いた。

 数少ない情報を、点と点でつないで分析し、きっちりと的確な解説に落とし込んでいる。

 そして、ケルの分析は正しい。

 イグナシオは秘密の特訓を経て、今やどこの戦場に出しても恥ずかしくない戦士に仕上がっている。

 ケルの解説に不安があったため、あえてイグナシオの戦闘能力不足を口にしてみたのだが、彼女の鋭い洞察力がそれを払拭してくれた。これなら、このままケルに解説を任せて大丈夫そうだ。


 それにしても笑顔が素敵な気のいい楽天家のお姉さんぐらいに思っていたケルが、これほどの洞察力を有していたとは驚きだ。こうして実況と解説をしていくことで、まだまだ彼女の知らない一面を知ることができるかもしれない。

 もしかすると仲間たちの新たな一面や隠れた才能を探るのに、実況と解説は最適なのかもしれない。これからも機会を作って解説役を変えながら実行してみよう。


「さあ、そろそろ敵勢が有効射程圏内に入りそうですわ。二人が手に持っている武器は何かしら?」


 だいたい想像はついているが裸眼では正確なところがわからないため、双眼鏡を取り出す。

 なるほど、あれはやっぱり――


「あれは『WSC(ワルサンドロス)ウージー地獄改』よ、エトランジュちゃん」


 ワタクシが口にする前に、ケルが迷わず答えを出す。その手に双眼鏡はない。獣人の特性なのか嗅覚だけでなく視覚も人間のそれと比較して段違いに優れているようだ。おそらく聴覚も同様だろう。

 その優れた身体能力はある程度わかっていたのでさほど驚きはしないのだが、銃器の名称をピタリと当てたことには驚きを禁じ得ない。


「あら、ケルが銃器に詳しいなんて意外ですわね」


「そう? 仲間が使う武器やスキルを把握しておくのは当然じゃない?」


 これまた意外な一面を発見した。

 ケルには共に戦う仲間たちの武器やスキルを把握するのは当然という意識の高さがあり、それをちゃんと記憶する学習能力があったのだ。

 今まで、ただの楽天的なお姉さんだと思っていました。ごめんなさい。貴女はしっかり者のお姉さんです。


 ガガガガガ! ガガガガガ!

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!


 ワタクシの勝手な思い込みに喝を入れるかのようにウージー地獄改の銃声が響く。

 イグナシオとシュワルツの二人が同時に発砲しているため、美しい二重奏を奏でている。

 二人は500の敵勢の前衛部隊に対して、銃弾を横なぎに斉射している。しかし、敵勢の動きは、鈍りはしたが止まらない。


「さすがは魔王城に住まう悪魔たちと言ったところかしら。ウージー地獄改では多少の足止めにはなっても、戦意喪失とまではいかないようですわね」


「ウージー地獄改は女の子にも扱いやすい軽量なサブマシンガンだからね。下級悪魔はともかく魔王城の守備を任されている屈強な上級悪魔相手にはちょっと厳しいんじゃないかな」


 ほほう。

 ウージー地獄改の特性もちゃんと理解しているようだ。

 また一つ、勉強熱心というケルの新たな一面を垣間見ることができた。


「一目見てウージー地獄改と判別し、その特性をさらりと解説してのけるとは、なかなかおやりになりますわね」


「そりゃ、まあね。エトランジュちゃんが乱射していたからよく覚えているわよ」


 んん?

 ワタクシがウージー地獄改を乱射ですって?? そんなこと、あったかしら?


 バルルルルルルルルルル!! バルルルルルルルルルル!!

 バルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル!!


 不思議に思って記憶の糸をたどっていると、ウージー地獄改とは違う銃声が耳に入り、ワタクシの思考を現実に戻す。


「あ、あれは……!」


「あれは『WSC(ワルサンドロス)XM556改・デビルシスター“エトランジュ”』。イグナシオちゃんが大好きなお姉様への愛ゆえに生み出してしまったバケモノよ」


 この爽快な射出音。あの極太の美しいフォルム。何となく記憶がある……。

 うっ!? 頭痛が……!!

 どうやら記憶の奥底に封印していた黒歴史に触れたらしい。身体が拒絶反応を見せる。


「あーあ。あのバケモノにかかったら、上級悪魔もひとたまりもないわね。かわいそうに」


 ワタクシの名を冠したガトリングガンの餌食になっていく悪魔たちに憐れみをかけるケル。でも、どうせならあんなバケモノじみた兵器に自分の名前を付けられたワタクシを憐れんでほしい。


 数秒後、500の敵勢は一目散に敗走していった。

 よし。これで、この魔王城の大扉での戦いの目的は無事に果たせた。

 二度と彼らが戻ってくることはないだろうし、増援に駆けた他の悪魔たちに対しても絶対に近づくことなかれと触れ回ってくれることだろう。間違っても大扉を破壊して侵入したり、城壁をよじ登ってまでワタクシたちと戦いたいと思う愚か者は現れないはずだ。


 欲を言えば、もっと我が弟イグナシオの活躍を見たかった。

 しかし、それはまたの機会、たとえばラストバトルのここぞという見せ場まで取っておくとしよう。


 こうして魔王城攻略の初戦を終えたワタクシたちは、そっと魔王城の入り口の大扉を閉じたのであった。

 次にこの扉が開かれるとき、城の主は変わっていることであろう。