エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode89
悪役令嬢、ネコタローの正体見たり。
魔王アホーボーンとのラスボス戦の決着はついた。
あとは戦後処理のみだ。
美しく、ゴージャスで、エレガントで、スイーツなハッピーライフの実現に向けて、必要なものは根こそぎ頂戴するとしよう。
「こんな馬鹿な……。僕は魔王だぞ……。僕が負けるはずがない……」
おやおや。
一人称が「俺様」から「僕」に変わっている。「俺様」は虚勢で、どうやら「僕」が本来の姿らしい。
「これは悪い夢だ……。そうだ、悪い夢に違いない……」
「やれやれ、地獄の魔王ともあろう者が情けない。しっかりと、この現実を受け止めるのだ」
現実逃避する魔王アホーボーンを叱責する威厳のある声。仮にも魔王に対して、これほど偉そうな物言いができるワタクシ以外に思い当たらないのだが。
見ると、声の主はネコタロー。二本足で仁王立ちし、器用に前足を組んで胸を張っている。
うーん、可愛い。
「魔王になれば少しは変わると思って期待していたのだが、お前というやつは……」
「た、たかが猫が何を偉そうに!!」
「まだわからないのか? では、わからせてやるとしよう」
そう言ってネコタローが何やら呪文をブツブツとつぶやいたと思ったら、みるみるうちに身体が大きくなっていき、人型の男性へと姿を変えた。
「お、お、お、叔父上!!?」
叔父上?
魔王アホーボーンの叔父……ということは例の先代魔王か。
へー、そうなんだ………………………………………………………………。
んんんん!!?
ネコタローが地獄の先代魔王ですって!!!!?
「エトランジュよ。俺にもいろいろ事情があると言ったのは、こういうことだったのだ」
出会って以来、長年正体を隠してきた後ろめたさを詫びるように申し訳なさそうに話す先代魔王。
美しく長い黒髪。王の風格を漂わせる立派な角。どこか色気を感じさせる神秘的な瞳と褐色の肌。その首にはネコタローと同じローゼンブルク公爵家の紋章である薔薇をあしらった首輪が煌めいている。
「エトランジュの愛猫の黒猫ネコタロー……。しかしてその正体は地獄の先代魔王、名をギルティアスというわけだ」
ギルティアスと名乗った先代魔王は、ちょっと困ったような照れくさそうな表情でワタクシを見つめる。
こういう表情を見ると、いつもの黒猫のときのネコタローと印象と重なる。
「そ、そんな顔したって許しませんことよ。ずっとワタクシを騙していましたのね」
いくらネコタローっぽい表情をしようが、これは許せない。
彼にもやむにやまれぬ事情があったことも、話すに話せなかった苦しみがあったことも容易に想像はつくし、できれば優しく許して差し上げたいところだが、乙女心とはそう理路整然と論理だけで解決できるものではない。頭の中ではわかってあげたくても、ワタクシの心の乙女の部分が現在、激おこプンプンなのだ。
「そう怒らないでくれ、エトランジュ。魔力を失って、お前のいた人間世界に転移した俺は、ただの黒猫でしかなかったし、地獄に堕ちて次第に魔力を取り戻していってからも、突然地獄の先代魔王だと名乗るわけにもいかず、これまで打ち明けるタイミングを逸してきたのだ。それに……。俺はできれば黒猫のネコタローのままで、ずっとエトランジュと一緒にいたかったのだよ」
ま。可愛いことを言ってくれるじゃありませんこと。
でも、まだ乙女の腹の虫はおさまらない。だから、もう少し怒ったふりをしておこう。プンスカ。
「先代魔王ともあろうお方が、どうして人間世界へ、しかもただの黒猫として転移なさったのかしら?」
「ご覧の通り、アホーボーンはこういうやつだ。尊敬する亡き姉の忘れ形見であるアホーボーンを立派な魔王にするために試練を与えるつもりで転移することにしたのだよ。しかし、黒猫になったのは予定外の事故、転移ミスが発生したわけだ」
獅子は子を千尋の谷に突き落として育てると言うが、右も左もわからないような人材にいきなり無理難題を与えて「さあ、育て」って言われても育つはずがない。ちょっと考えればわかることだと思うのだけれど、それが教育、それが愛情と信じてやまない人たちが一定数存在するようだ。
また、役職が人を育てるとも言うが、それはそれだけの素養と潜在能力がある人材に対してのみ適用される話であって、やみくもに誰にでも役職を与えれば育つというものではない。そんなことをすれば、むしろ貴重な人材を潰すだけだ。
見込みがあると思って上位の職責にチャレンジさせる場合は、常にチャレンジする人材の動向を見守り、困っているようなら気軽に相談できるようにフォローする。そういう人を育てる仕組み、体制を作ることがトップや上司の仕事なのだ。
思うに先代魔王ギルティアスは、自身が有能であるがゆえに人を育てるのが苦手というか、どう育てればいいのかわからないのだろう。優秀な勇者が、未来の勇者を育てる優秀な教師になるとは限らないのと同じだ。
「俺の目論見は残念ながら大失敗だったようだ。こやつを一人にして任せたのがそもそも間違いだった。今の地獄の凋落の原因は、すべて先代魔王である俺にある。皆、すまない」
頭を下げられた仲間たちは驚きと恐縮で戸惑うばかり。これまで仲間として共に戦ってきたネコタローの正体が、まさか以前に仕えていた先代魔王様だったとは想像もしなかったろう。
地獄の悪魔である三人組、エリト、シュワルツ、獣人三姉妹、アリア、アリア親衛隊は慌てて臣下の礼をとる。
先代魔王は立派だったという評判は地獄に来てから何度か耳にしていたが、眉唾ものだと思っていた。王侯貴族なんて、所詮は地位にかまけてふんぞりかえっているだけのつまらない人物しかいないということは、人間世界で嫌というほど目の当たりにしてきたから。
だが、この先代魔王は評判にたがわず、立派な人物のようだ。
自分の失敗を素直の認め、反省し、部下たちに謝罪する。大抵は余計なプライドが邪魔をして自らの過ちを認められずにいるのに、大したものだ。さすがネコタロー。
なんとか腹の虫もおさまってきたが、もう一つ引っかかっていることがある。
ワタクシは生前、人間世界においてこの黒髪と闇魔法のおかげで、大層ひどい差別を受けてきた。その原因は、古くからの言い伝えにある地獄の魔王が黒髪で闇魔法の頂点を極めた存在だったからであり、そのため人々の畏怖の対象となってしまったのだ。
黒髪で闇魔法を極めた地獄の魔王……
それって、この先代魔王のことですわよね?
ワタクシがずっと人間世界で忌み嫌われてきた原因を作ったのは、ネコタローだったということですわよね?
さて、この問題。どうしてくれようかしら。