エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode39
悪役令嬢、うっかりポロリする。
地獄の番犬ケルベロスとの戦いは、ワタクシが予想しなかった形で幕を開けた。
三人組、ネコタロー、スイーティア、エリト、シュワルツたち、家来一人ひとりに対して、あらかじめ綿密に練っていた戦術を指示しようと思った矢先、彼らが自ら動き始めたのだ。
しかも、それぞれがちゃんと自分の強みと弱みを理解し、その特性を活かし、補い合う戦い方をしているではないか。
ヒャッハーとシュワルツが弓と銃火器による遠隔攻撃で敵をけん制。そこで生まれたすきを突いてヒッヒ・ネコタロー・スイーティアの前衛攻撃部隊が三方から攻撃を仕掛ける。エリトは遊撃隊として中距離からムチで敵の弱点を狙い撃ち。怒り狂った敵が大技を放ってきたら、待機していた肉の鉄壁クックがそれを封じ込める。
まさにワタクシが描いていた通りの戦術が目の前で展開されていく。
しかも、それだけではない。彼らはワタクシが思い描いていなかった戦術まで披露してくれた。
シュワルツの銃撃で目をくらました後にヒッヒの必殺技で大ダメージを与える連携攻撃。軽量のネコタローを怪力のクックが投擲し、瞬時に距離を縮める奇襲。エリトのムチを使ってスイーティアの手作りスイーツを味方へと運搬しHPを回復する後方支援。ふしぎなおどりを踊るヒャッハー……は相変わらずよくわからない。
いずれにしても、これは嬉しい誤算だ。ワタクシが気を失っている間に綿密に作戦を練り、猛特訓したのだろう。そうでなくては、これほど美しい連携が成立するはずがない。
ちなみに、イグナシオは移動要塞マカロンの中でお留守番している。
彼を子供だからと侮るつもりはないし、弟だからと身びいきするなんて指揮官として論外だ。イグナシオには戦場に出るよりも戦略の要となるような装備やアイテムの開発に専念してほしい。だから前線から外した。
人にはそれぞれ生まれ持った個性がある。それを生かすも殺すも指揮官次第。これは適材適所なのだ。
「みんな、頑張って! お嬢様をお守りするのよ!」
「おう、任せとけ! 姐さんには指一本触れさせやしねえぜ!」
「ネコタロー殿! もういっちょ、いくでありますよ!!」
「うむ! 遠慮せずに次はもっと思いっきり投げるがいい、クック!」
家来たちの士気が異常なまでに高い。みんなで考えた戦術がものの見事にうまくいっていることが彼らの士気を高めているのだろうが、それだけでは説明がつかない。
「貴方たち、どうしてそんなにやる気満々なの?」
「どうしてって……大好きなご主人様をお守りしたいからに決まっているじゃないですか。僕たちはご主人様の家来であり、そして仲間なんですから」
執事姿の良く似合うヒッヒが、キラリと白い歯を輝かせながら笑顔で答える。
その迷いのない答えに胸がきゅんきゅんする。
言っておくが、ヒッヒのスマイルにハートを射抜かれたわけではない。ワタクシのことを「仲間」と言ってくれたことに心動かされたのだ。
「ナ、ナカマ……?」
「……はじめて友情を知ったモンスターみたくなってますよ、お嬢様」
仲間。
我が辞書によると仲間とは『心を一つにして物事を行う間柄の人。あるいはその間柄』のことを言うらしい。
仲間という言葉の存在は知っていたし、同じ年頃のご令嬢方が仲間らしき関係をお作りあそばされている光景も目にしたことがある。
しかし、黒髪+闇魔法のコンボを決めているワタクシにとっては夢のまた夢の遠い世界の出来事として、物心ついたときには諦めの境地にいた。仲間なんて一生得ることはないだろうと思っていた。それなのに……。
ポロリ。
思わず涙がこぼれた。
これまで強くあらねばと心に決めて、どんなことがあっても涙を見せまいとして生きてきた。しかし、この突然の仲間という言葉の不意打ちに、ついうっかり一粒の涙をポロリしてしまった。
こんなに心強くてたくさんの仲間に囲まれ、ピンチのときには守ってもらえるなんて、生まれて初めての経験だ。身分の上下や戦闘能力の高低に関わらず、固い絆で結ばれている関係。これが仲間、これが友情というものか。
ワタクシのたった一粒の涙を、目ざとい仲間たちは見過ごさなかった。
「姐さんの涙が拝めるとはなぁ。鬼の目にも涙、ってか?」
「くっくっくっ。鬼のというやつでありますかな?」
誰が鬼だ。
……まったく、ワタクシの仲間は口が悪くて困る。