エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode33
悪役令嬢、ただの可憐な(?)公爵令嬢になる。
朦朧とした意識の海を漂う中、ワタクシは幼い頃の夢を見ていた。
お父様とお母様がこちらを見て優しく微笑みかける。事故でお亡くなりなられる以前、お父様とお母様は黒髪で闇魔法の使い手であるワタクシを忌み嫌うことなく、目いっぱいの愛情を注いでくださった。ワタクシが、やさぐれて不良にならなかったのは両親の深い愛情の賜物と言えよう。
やりたい放題好き放題にやっているように見えて、一応これでも人としてのギリギリのラインでとどまっているのは天国にいる両親が今でも見守ってくれているという意識があるからだ。その歯止めがなかったら、エーデルシュタイン王国はとっくに滅亡の憂き目を見ていたことだろう。
王国の王侯貴族は、神などにではなく我が両親にこそ日々命あることへの感謝の祈りを捧げるべきだ。
ワタクシが再び目覚めたのは、最初に気を失った日から丸二日が経過した朝のことだった。夢の中で両親との再会を果たしたおかげか、気分スッキリ。晴れ晴れとした朝を迎えることができた。
その一方で、重大な問題が発覚した。ステータスを確認したところ、MPと魔力が0になっていたのだ。つまり、今のワタクシは魔法の一切使えない、ただの可憐な公爵令嬢になってしまったというわけだ。
MPは魔法を使った分だけ消費するものだし、マイナスのなったことすらあるので、まだわかる。しかし、レベルアップに伴って上昇することはあっても下がることはないはずの魔力が0というのは一体全体どういうことなのか……?
「とにかく、お嬢様のお身体が回復して良かったです。魔法が使えなくなった原因がわからなくても、スイーツをいっぱい食べていれば、そのうち治りますよ」
スイーティアがワタクシを元気づけようと、むふー!と腕まくりをしてみせる。
どうも彼女はワタクシにスイーツさえ与えておけば大抵ことは解決できると思っている節がある。まあ、あながち間違ってはいないのだけれど。
他の家来たちもワタクシの身を案じ、何が起こったのかと真剣に議論を交わしている。
「ご主人様が突如として魔法を使えなくなったのは呪いの類ではないのか? たとえば、我々の中に裏切り者がいるとか……」
「俺を見ながら言ってんじゃねえよ、エリト。俺は姐さんに惚れ込んで家来にしてもらったんだ。裏切るわけねえだろ」
「僕が思うに禁呪を連発したことに関係しているのでは?」
「吾輩もヒッヒの考えに賛成であります。その推理が一番しっくりくるのであります」
「あれだけ無茶苦茶やったんだから、天罰ってのが順当なんじゃないかな~?」
「ヒャッハーちゃんの言う通り天罰だとしたら、お嬢様をこんな目に遭わせた犯人は神様ってこと……?」
「なあ、メイドのお嬢ちゃん。もし本当に神が犯人だとしたら、どうするつもりなんだ?」
「そんなの決まっているじゃないですか、シュワルツさん。天国に乗り込んで神様に猛抗議してやります。場合によっては力ずくで」
「フッ、さすがはスイーティア嬢。相手が誰だろうと見境なしとは、ご主人様の専属メイドだけのことはありますね。このエリト、感服しました」
「にゃーご」
ネコタローも真剣な面持ちで議論に参加している。何を言っているのかは皆目見当がつかないが、とにかく可愛い。
魔法が使えなくなった原因は結局何一つわからないままだし、議論の中にちょいちょいワタクシをディスる発言が混ざっている気がするけど、そこに以前と変わらない地獄での日常があることに幸せを感じる。
なんだか不思議な気持ちだ。地獄に来て、まだたった数日のことなのに、こんなにも心を許している自分がいる。
「貴方たち……。これからもワタクシの家来でいるつもりなの?」
魔法の使えないワタクシは、ただの可憐な公爵令嬢。普通なら地獄の悪魔たちがこの下剋上のチャンスを逃すとは思えない。実際に今ここで彼らに裏切られたら、ワタクシに対抗するすべはない。
「はい。このエリト伯爵以下、ここにいる全員が今後ともご主人様に付き従うことを誓います。一応、事前に多数決を取ってみたところ、満場一致でした」
「にゃーご」
「ネコタローも多数決に参加したのよね」
ネコタローのためにスイーティアが付け加える。
「みんな、お嬢様のことが大好きなんですよ。人徳のなせる業ですね」
主が慕われていることが嬉しくて仕方がないのか、スイーティアは満面の笑みだ。
満場一致。生まれてこの方、これほど多くの味方を得たことがあっただろうか。両親を亡くして以来、ワタクシの味方は執事のジュエルと専属メイドのスイーティアの二人とネコタローだけだった。それが今やヒッヒ、クック、ヒャッハー、エリト、シュワルツも加わり、まるで家族のようだ。
いけない。このままでは、みんなの前で泣いてしまいそうだ。
「魔法を使えないからといって少しでも裏切る素振りを見せようものなら、あとでどんな恐ろしい復讐が待っているかわかったものではありませんからね」
エリトが余計な補足をする。
それは一体どこの暴君の話だ? ワタクシの感動を返しやがれ。
「お姉さん……。よかった。意識が回復したんだね」
おずおずと医務室に入ってきたワルサンドロス商会の会長イグナシオが心配そうに声をかけてくる。
そうだった。戦いを終えて、そのまま気絶してしまったから失念していたが、彼の処遇が曖昧なままだった。
「お姉さん、魔法を使えなくなったってホント……? それって、ボクのせい……?」
不安で不安で仕方ないといった様子の天才少年は今にも泣きだしそうだ。
かわいそうに。ワタクシが意識を取り戻すまでの間、ずっと不安と罪悪感にさいなまれていたのだろう。
「大丈夫よ。貴方のせいじゃないわ。それよりも、「お姉さん」と呼ぶのはもうおよしなさい」
「あ……、ごめんなさい。……ご主人様」
「ふふっ。そうじゃなくて。エトランジュお姉様、でしょ?」
「え……?」
「あなたを弟にするって言ったでしょ。エトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢に二言はありませんわ。イグナシオ、貴方はワタクシの弟よ。これから、よろしくね」
そして、そっと優しく新しくできた弟の頭をなでる。
人間世界では、叔母夫婦もアンジェリーナも第一王子も家族とは程遠い関係だった。それなのに地獄ではこんなにもあっさりと家族ができるなんて自分でも驚きだ。けれども、それはそれでワタクシらしくていいと思う。
「ありがとう、エトランジュお姉様! これからお姉様のために、ボク、がんばるよ!」
「ええ、期待していますわよ。具体的には鋼鉄の巨神の大量生産に期待していますわ」
「うん、わかった!」
「お嬢様に弟ができたなんて知ったら、ジュエルさん、さぞかし驚くでしょうね」
「ふふっ。そうですわね」
呆れ顔のジュエルが目に浮かぶ。
「まったくお嬢様ときたら……。ローゼンブルク公爵家の当主ともあろうお方が、後先考えずにポンポンと家族を増やしてもらっては困ります」という声が今にも聞こえてきそうだ。
懐かしい顔を思い出したら、なんだか心がほっこりと温かくなった。
さて、当初の目的であったワルサンドロス商会の強奪には無事に成功した。新たにシュワルツという凄腕傭兵が家来になり、天才少年イグナシオは我が弟になった。
魔法が使えないという問題は解決していないものの、地獄でのハッピーライフに向けて望外の結果を得られたと言っていいだろう。
ワルサンドロス商会と天才少年イグナシオが新たな戦力となった今、新しい武器の開発、量産、売買、強化、合成など、一気に選択肢が広がった。これまで以上にやりたい放題できそうだ。
ワタクシことエトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢とその弟イグナシオは、大胆な発想と唯一無二の技術力を背景に、ビジネス面からも地獄に革命をもたらすことになるのだが、それはまた別の物語――