エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode49
悪役令嬢、人生終了のお知らせ。
サキュバスの姫アリアの暴虐非道、悪逆無道、冷酷無情、悪辣無比な言葉によって戦いの火ぶたは切って落とされた。
「スイーツを滅ぼす」という不用意な言葉ひとつで戦争の引き金になってしまうわけだから、言葉の選び方にはくれぐれも注意せねばなるまい。後世にとっては良い教訓となり、サキュバスの姫にとっては最悪のトラウマとなることだろう。
彼女とて、かつてはスイーツを愛した同志のはず。ワタクシとしても何とかして救いたかった。しかし、スイーツを滅ぼしてやるとまで宣言されては、もうそれは宣戦布告、戦争だ。
全宇宙のスイーツの守護者として、スイーツを滅ぼさんとする文字通り悪魔を野放しにしておくわけにはいかない。断腸の思いで皆殺しにしてくれますわ。
この聖戦の先陣を切ったのは意外にもスイーティア。
彼女は今や前衛の要、徒手空拳で戦うバトルメイドだから先陣を切るのは何も不思議ではないのだが、ふんふん!と鼻息も荒く猪突猛進、他の前衛を担うヒッヒやネコタローを差し置いての単騎駆けを見せた。
これでは作戦もへったくれもありゃしない。おかげでサキュバス軍は混乱に陥っている。
それに続けとばかりに突撃したのがケル、ベロ、スーの獣人三姉妹。
長女のケルは普段は隠している大きく鋭い爪を振り回す。バトルモードのスイッチが入ったからなのか、楽天家の彼女らしからぬ形相で次々と敵を切り裂いていく。
次女のベロは、ブルーのロングヘアを振り乱しながら長身を活かした変幻自在の足技で敵兵を蹂躙していく様が何とも美しい。王都のご令嬢方が見たら即日ファンクラブが設立されることだろう。
末っ子のスーは、チビっこいけど、その分すばしっこい。ピンクのツインテールをふわふわと揺らしながら、まるで軽業師のようにピョンピョン飛び跳ねて敵を手玉に取っている。
開戦直後から混戦の様相を呈する戦況を俯瞰していると、ふとスイーティア、ケル、ベロ、スーの4名に共通点があることに気がついた。
スイーティアは言うまでもなくワタクシの専属メイドとしてスイーツの道を極めし至高のパティシエ。ケル、ベロ、スーは魔王アホーボーンにスイーツを人質にされ、そのスイーツがきっかけで仲間になったほどのスイーツ好き。
そう。彼女たちもスイーツをこよなく愛する同志なのだ。ゆえに「スイーツを滅ぼす」というサキュバスの姫アリアの言葉が許せなかったのだろう。
うんうん。わかる、その気持ち。
やっぱり許せないですわよね? やっぱり皆殺しですわよね?
対するサキュバス軍は防戦一方。
しかしながら、我が地獄の軍団の攻勢を受けても防御網を完全には崩さない粘り腰。特に姫君の周囲を固める華やかな鎧兜に身を包んだ一団の献身的な戦働きには目を見張るものがある。あれはおそらく姫君の親衛隊か。
親衛隊の鉄壁の防御のおかげで、サキュバスの姫アリアは戦場を冷静に見渡すことができたのだろう。我が軍の一瞬の隙を突く好機を逃さなかった。
それは無謀に等しい前衛部隊のスタミナが切れてきたと見て、スイーティアがお手製の回復アイテム(スイーツ)を手にしたときのこと――
「くんか、くんか。……この甘酸っぱい果実と夢にまで見たホイップクリームの香り。これはイチゴのショートケーキじゃな!?」
お見事!
彼女の指摘の通り、スイーティアの手のひらには本日の回復アイテム、イチゴのショートケーキが乗っている。
敵ながらあっぱれ。素晴らしい嗅覚の持ち主だ。彼女は、このワタクシ、エトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢にも匹敵する超絶一流のスイーツソムリエのようだ。
皆殺しにするつもりだったが、やはり彼女はスイーツを愛する者。このまま灰も残らず消滅させてしまうのは忍びない。
ワタクシの中にサキュバスの姫アリアを何とか救いたいという気持ちが再び芽生えてくる。
もう一度だけ、もう一度だけ、清らかでスイーツな心を取り戻すチャンスをあげたい。
ワタクシの首を狙っていたケル、ベロ、スーとも、スイーツのおかげで瞬く間に仲良しになれたのだ。スイーツ好きなら、きっとわかってくれる。彼女だって本当はスイーツに身をゆだねたいはずだ。
「スイーティア! そのイチゴのショートケーキをサキュバスの姫君に差し上げて!」
「は、はい、お嬢様!」
ワタクシの指示を受けて、スイーティアがおずおずとショートケーキを両手で差し出しながら前進する。それまで鉄壁の防御を誇っていた親衛隊がショートケーキに道を譲る。
その様は、まるで荒れ狂う海が突如として真っ二つに割れて道ができたという神話のようだ。
「これは何のつもりじゃ……?」
「同志アリア。貴方もスイーツを愛する者の一人なのでしょう? 戦いなんかやめて、ワタクシと一緒にスイーツタイムを楽しみませんこと?」
ワタクシの申し出にアリアは体を震わせている。戸惑い、躊躇い、逡巡、葛藤……。
彼女の迷いが手に取るようにわかる。
「さあ、素直になって。共にスイーツに身をゆだねましょう」
「う、うるさい! そなたにわらわの気持ちはわからぬわ!!」
このときのサキュバスの姫アリアの行動をワタクシは生涯忘れないだろう。
あろうことかスイーティアが手にした皿の上のちょこんと乗った、何の罪もない愛くるしいイチゴのショートケーキが、アリアの放った初級火属性魔法ファイアーボールによって無残にも真っ黒こげにされてしまったのだ。
「きゃっ!? 熱っっ!!」
あわてて手を引っ込めるスイーティア。その手から落ちた黒焦げの物体は地面に落ちてバラバラと崩れ去り、そして風によって跡形もなく消え去った……。
そ、そんな……。
そんな……。
こんなことって……。
スイーツを燃やしてしまうなんて………………。
ワタクシの人生終了のお知らせ。
ガクリ。
完
エトランジュ・フォン・ローゼンブルク先生の次回作にご期待ください!