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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode72

幕間狂言:有能執事、勇者パーティーに選ばれる。

 エーデルシュタイン王国の最高学府、聖ウリエール学園は王侯貴族およびその臣下となる優秀な人材を育むという、その実態はともかくとして崇高な理念を掲げている。

 そして学園にはもう一つの隠された使命がある。

 それは来たるべき魔王との戦いにおいて、人類に光と正義と勝利をもたらす勇者パーティーのメンバーを発掘し、育成するという使命だ。


 勇者パーティーに選ばれる人材は、学園創設以来、武芸・学業ともに秀でた男女が選抜されてきた。

 幸いにも彼らが魔王と戦った記録はなく、現在に至るまで平穏な時代が続いている。

 長く平和が続いたおかげで……というか平和が続いたせいというべきか、魔王を倒すための勇者パーティーを育成するという目的は代を重ねるにつれて形骸化していき、今や生徒はもちろん、教師たちまで当初の使命を忘れ去っている。

 近年では学園の優秀な人材は勇者パーティーではなく、生徒会という生徒主体の学園運営に携わる組織に変貌し、勇者に該当する最優秀生徒は勇者ではなく生徒会長の肩書を戴いている。


 俺、ジュエルバトラーはエトランジュお嬢様と共にその聖ウリエール学園の生徒として学園生活を送ってきた。今年で高等部2年生になった。

 エトランジュお嬢様が学園を破壊したりすることなく、無事に学園を卒業すること。そして、お嬢様がローゼンブルク公爵家の家督を承継なさるのを見届けること。それが俺の長年の悲願だった。

 それなのに、それなのにエトランジュお嬢様はもうこの世にはいらっしゃらない……。


 お嬢様不在の学園など通う意味はないが、俺の復讐リスト第1位の第一王子と、第2位のアンジェリーナが平然と楽しそうに学園に通っているため、やつらの動向を監視するために致し方なく今も学園に籍を置き、時折通学している。

 今日は、その時折の日だ。


 第一王子とアンジェリーナはエトランジュお嬢様を処刑した後も、婚約パレードを終えた後も、ランデール公爵夫妻を処刑した後も、欠かさずに学園に通っている。

 一体どういう神経をしているのか。

 やつらは本当に人間なのだろうか。


 第一王子は最終学年の3年生、アンジェリーナは今年入学した1年生。

 卒業後の将来が約束されているやつらが今も真面目に学園に通っているのは、つまるところ共に過ごせる残り少ない学園生活で、青春とやらを味わい尽くしたいだけのことだ。


 ちなみに第一王子は、顔以外は何のとりえもないくせに1年生のときから生徒会長の座に居座っている。

 言うまでもなく、その隣で副会長の座に居座っているのはアンジェリーナだ。

 二人とも選挙で選ばれた武芸・学業に秀でた生徒などではなく、第一王子は学園長と教師陣の忖度により選ばれ、アンジェリーナに至っては第一王子のご指名によるものだ。

 これはエトランジュお嬢様がご存命のときの話なので、お嬢様という婚約者がいながらアンジェリーナをパートナーに指名した第一王子はその一点においても極刑に値する。


 お嬢様は「あら、ジュエル。ワタクシはまったく気にしていませんことよ。あの第一王子の隣で、しかも生徒副会長なんて、想像しただけで鳥肌が立ってしまいますもの」と一笑に付されていたが、それでも俺はお嬢様をないがしろにする行為を許せない。

 実力から言えば、武芸において圧倒的強者、世界最強の生物であるエトランジュお嬢様が生徒会長になるべきだし、憚りながら学業においては実質トップである俺が副会長としてお嬢様をお支えするのが本来あるべき生徒会の姿だ。

 しかし、それを今更言ったところで栓無き事。お嬢様はもうどこにもいらっしゃらないのだから……。


 今日は珍しく第一王子から生徒会室に呼び出された。

 生徒会室で待ち構えていたのは第一王子とアンジェリーナの二人、その後ろにも見知った顔が4人ほどいる。全員生徒会とやらに所属するメンバーだ。どいつもこいつも名のある貴族の子息だが、第一王子と同様にアンジェリーナにいいように操られている忠犬どもだ。

 何事かといぶかりながら第一王子が用件を切り出すのを待っていると、隣にいるアンジェリーナが自分こそが主人公とでも言わんばかりに偉そうに口を開いた。どうせロクでもないことに違いない。


「ジュエル。本日、勇者パーティーを結成します」


「は?」


 いきなり何を言い出すかと思えば、勇者パーティーだと?

 勇者パーティーなど形骸化して久しいというのに、わざわざそんなお飾りの集まりを結成してどうしようというのか。

 魔王は今やおとぎ話の中でしか語られない架空の存在だ。それを退治する勇者の存在もまたしかり。時代錯誤もはなはだしい。

 だが、アンジェリーナの狙いは大筋想像がつく。

 彼女は第一王子と過ごせる、あと1年にも満たないわずかな学園生活を徹底的に満喫したいのだ。そのために学園創設以来、誰も経験したことのない魔王退治の冒険を思いついたのだろう。

 魔王など存在しないのだから、これは言わば勇者ごっこだ。そのごっこ遊びに学園を……、いや国家を挙げて付き合わせようというのだから恐ろしい。


「魔王は? 魔王が現れるとの予言でもあったのですか?」


「ないわ」


 ないんかい。


「魔王はあなたが探してきて、ジュエル」


 なるほど。それで俺を呼び出したわけか。

 しかし、存在するはずもない魔王を探しに行くほど俺も暇なわけではない。

 お前たち二人を地獄に叩き堕としてやるための証拠を見つけるのに忙しいのだ。


「無理です」


 そっけなく返答してやると、第一王子が一歩前に出て俺を睨みつけてくる。

 アンジェリーナに向ける優しい瞳とは打って変わり、氷のように冷たい目になる。


「おい、ジュエルバトラー。お前を魔王に仕立ててもよいのだぞ?」


 脅しか。

 そして、魔王はでっち上げる前提のようだ。

 これが歴史ある学園の生徒会長で、一国の王子だというのだから苦笑いを禁じ得ない。


「……わかりました。お引き受けします」


「じゃあ、ジュエルも勇者パーティーの一員ね」


 やめろ。俺をメンバーに入れるんじゃない。

 そんな俺の心の叫びを知る由もなく、アンジェリーナが饒舌に続ける。


「勇者パーティーのメンバーを紹介しておくわね。勇者はもちろん、生徒会長の王子様。勇者を支える聖女は副会長であるこの私。それから――」


 おい、ちょっと待て。

 今、聖女と言ったか?

 誰が聖女だと? まさかアンジェリーナ、お前じゃないよなぁ?

 お前のどこが聖女なんだ。

 お前は悪女だ。

 しかも並みの悪女じゃない。一国を滅ぼしかねない稀代の悪女。傾国の悪女だ。


 お前たちのような輩が徒党を組んだだけの集団が、勇者パーティーを名乗るなどおこがましい。お前たちは、ただの悪党だ。

 勇者も聖女も、名乗る資格があるのはエトランジュお嬢様だけだ。


 俺が考える、本来あるべき勇者パーティーはこうだ。

 勇者:エトランジュお嬢様

 聖女:エトランジュお嬢様

 魔導士(闇):エトランジュお嬢様

 戦士:俺

 僧侶:スイーティア(スイーツでお嬢様を回復)

 遊び人:ネコタロー(癒し枠)

 うむ。盤石の布陣だ。異論は認めない。


「……以上のメンバーよ。それじゃあ、ジュエル。魔王探しの件、よろしくね。ふふっ」


 どうやら俺が夢想しているうちに、偽りの勇者パーティーのメンバー紹介が終わったようだ。

 やれやれ、仕方ない。

 偽勇者と偽聖女のために偽魔王を探すとしよう。

 どうせなら、このゴミ溜めのような勇者パーティーを一掃してくれるような強烈な魔物を見つけてやろう。


 こうして、聖ウリエール学園に勇者パーティーが復活した。