キマイラ文庫

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エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode21

幕間狂言:正ヒロイン、ずっと自分のターンを確信する。しかし、その陰でもう一人…。

 私と第一王子の婚約は、吉報としてエーデルシュタイン王国を瞬く間に駆け巡った。

 同時に稀代の悪女、エトランジュ・フォン・ローゼンブルクが王族暗殺未遂の大罪で即日ギロチン送りにされたことも、吉報として民衆の知るところとなった。


 翌週には王都グランベルクで国家を挙げての大催事、私と第一王子の婚約パレードが執り行われた。

 精巧な金細工で彩られたオープンタイプの馬車に乗り、群がる平民たちに笑顔で手を振ってやる私。

 顔を向けるだけ、手を振るだけで、あちこちからキャーキャーと歓声が上がる。

 宙には色とりどり花びらが舞い、未来のロイヤルファミリーを祝福するかのように白い鳩たちが羽ばたいてゆく。


 ああ、幸せ。

 平民たちが私のためにこんなにも集まって、あんなにもキラキラした瞳を向けて間抜けにも祝福の声を上げている。

 彼らは反逆者エトランジュの死を歓迎し、その義妹たる私と第一王子の婚約を我がことのように喜んでくれている。

 彼らは何の疑問も抱かないのだろうか? 第一王子の婚約者が反逆者として処刑され、すぐさまその反逆者の義妹と婚約したことに違和感を覚えないのだろうか? このパレードには彼らが汗水たらして稼いだお金から徴収された血税が湯水のごとく使われているが、そのことに不公平を感じることはないのだろうか?

 たぶん、何も考えていないのだろう。まったく、笑っちゃうくらいチョロい連中だ。


「どうしたんだい、アンジェリーナ。何がそんなにおかしいんだい?」


 おっと、思わず笑い声が漏れてしまっていたか。いけない、いけない。


「いえ、何でもありませんわ。民衆の方々にこんなにも温かく祝福していただけるのが、ただただ嬉しくて……つい喜びがあふれ出てしまったのです(笑)」


「おお、アンジェリーナ。本当になんて可愛いんだ、キミは。民衆の目がなければ、今すぐこの場で抱き締めてキスしたいよ」


 チョロいと言えば、この王子様も大概だ。婚約者に婚約破棄を申し渡し、即刻処刑。同時に婚約者の義妹である私との婚約を宣言。その夜にはイチャイチャラブラブやっちゃうわけだから、相当な神経の持ち主だ。

 サイコパスなのか、それとも単に脳みそが空っぽなだけなのか。

 しかし、見た目だけは最高にカッコいい。だから満足。イケメン最高。


「アンジェリーナ様、ばんざい!」

「未来の王妃様に祝福を!」

「エーデルシュタイン王国の次なる国母様に永遠の忠誠を!」


 平民たちの熱気は時間が経つにつれ、冷めるどころか過熱していく。

 もう暑苦しいったらありゃしない。私の気持ちはもう満たされたのだから、砂糖菓子に群がるアリのようにいつまでも集まっていないで、アリならアリらしくさっさと働けばいいのに。もっと私に税金を納めるために。


 ああ、この人生はなんてチョロいんだろう。

 唯一邪魔だったエトランジュがいなくなった今、私はもう無敵だ。これからは私のハッピーライフ無双。ずっと私のターンよ。おほほほほほほ。

 ・

 ・

 ・

 ……どうせそんなことを考えて優越感に浸っているのだろう、あの女は。

 第一王子と、その新たな婚約者たるアンジェリーナの婚約パレードの様子を見に来てはみたものの、胸糞が悪くて吐き気がしてきた。


 身寄りのなかった俺は、幼い頃に今は亡きローゼンブルク公爵夫妻に拾われ、執事として生きる道を与えていただいた。彼らに拾われていなかったら、とうの昔に凍え死ぬか餓死していたか犯罪者に身をやつしていたことだろう。


 名無しだった俺にジュエルバトラーという名を与えてくれたのは、エトランジュお嬢様だった。宝石のように輝く瞳を持つ執事という意味で名付けてくださった。

 それから数年後、お嬢様が拾ってきた黒猫に対するネーミングセンスを見るに、危うく生涯のトラウマとなる名前を頂戴する可能性もあったわけだが、奇跡的にも回避できた。神に感謝だ。

 ……いや。もう神には感謝すまい。ローゼンブルク公爵夫妻とエトランジュお嬢様に引き合わせてくれた運命の神に毎日感謝を捧げてきたが、この世に神などいないと悟ったのだ。


 本来、エトランジュお嬢様を守るべき婚約者の立場にありながら、自らの手で処刑を下した第一王子。

 法的には従妹であるにもかかわらず執拗に義姉と呼び続けた人がギロチン送りになるのをほくそ笑みながら見ていたアンジェリーナ。

 やつらが大手を振って婚約パレードの主役として我が世の春を謳歌しているのが、この世に神が存在しないことの何よりの証だ。


 許すまじ。

 エトランジュお嬢様は王族の暗殺など企てていない。あのお方が本当にやると決めたのなら、コソコソと暗殺などせず正面から限りなく全殺し寄りの半殺しにする。

 お嬢様は罠に嵌められたのだ。

 今は証拠がない。だが、必ずや証拠をつかみ、貴様らを地獄のどん底へ突き堕としてやる。

 それまでの間、せいぜい短い春を満喫するがいいさ……。