エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~
喜多山 浪漫
episode36
悪役令嬢、処刑された経緯を振り返る。
エーデルシュタイン王国の第一王子は、実父とよく似て、愚かな男だった。
生まれながらにして与えられた地位と約束された将来。しかし、それに見合うだけの才覚はなく、また己の未熟さを補うための努力も放棄し、第一王子という身分を振りかざして威張るだけしか能のないつまらない男だった。
第一王子を未来の王として崇め奉る家臣たち。能力的には下から数えたほうが早いはずの彼の成績を改ざんして学年トップにし、入学と同時に生徒会長の座に祭り上げる聖ウリエール学園の教師たち。第一王子の信認を得て少しでもおこぼれに預かろうと足の引っ張り合いに躍起になるご学友たち。同じ学園の生徒として、よく呆れさせられたものだ。
彼を諫めることのできる唯一の存在である王と王妃は、息子を手放しで可愛がるばかりで、息子の愚行を諫めるどころか金と権力で揉み消す始末だ。これでは第一王子が馬鹿に育つのも無理ない。
こうして、せいぜい褒められるのは容姿だけの未来の王を、みんなで寄ってたかって育て上げたというわけだ。
そんな第一王子に生まれて初めての試練が課された。
その試練とは他でもない、ワタクシだ。
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「ねえ、エトランジュ。僕のために東の大霊瘴の魔窟に眠るという伝説の剣を獲って来てくれないか?」
「嫌です」
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「なあ、エトランジュ。婚約者である僕のために南海で何隻もの船を沈めているというクラーケンなる魔物を退治して――」
「嫌です」
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「おい、エトランジュ! エーデルシュタイン王国第一王子として命令する。今すぐ――」
「嫌です」
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と、まあこんな具合に鉄壁の防御でことごとく第一王子の願いを拒否してきた。
だって面倒くさいし。どれもこれも自分でやれよってことばかりだし。
だが、幼少の頃より周囲からチヤホヤされて育ってきた第一王子にとって、自分の願いが聞き入れられないなどという事態は初めての経験であり、許しがたいことだった。
ハチミツ漬けのお花畑で純粋培養された彼の脳みそは、これまで自分の置かれてきた環境が特殊だったことに気づくはずもなく、命令を聞かないワタクシが異常なのだと考え、敵と認定するのにさほど時間を要さなかった。
ワタクシには握る手綱など存在しないことを悟り、制御不能の大量破壊兵器だと戦慄した王と第一王子は、何者かが仕組んだであろう王族暗殺計画をすがるように信じ、これ幸いと厄介払いすることにした。
言うまでもなく王族暗殺計画の犯人はエトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢。そして、ワタクシは申し開きの場を与えられることもなく、捕えられたその日のうちに処刑された。
「てめえの婚約者を処刑するなんざ、男の風上にもおけねえクズ野郎だな。反吐が出るぜ」
「くっ! 吾輩、断じて許せないのであります!」
ワタクシが処刑された経緯を聞き、家来たちは我が事のように怒りをあらわにする。怒りや悲しみをほとんど表に出さないワタクシに代わって怒ってくれているのだろう。
「にしても、よくご主人様を処刑できたよね~」
これまでさんざん地獄で闇魔法を披露してきたのだ。ヒャッハーの疑問は当然だろう。
「睡眠薬を盛られて、寝込みを宮廷魔導士100人がかりの魔法で押さえつけられうえに、逆らえば執事もメイドも猫も皆殺しだと言われて、あっという間に処刑されたのですわ。彼らはよっぽどワタクシのことが怖かったのでしょうね」
さきほどから怒り心頭、怒髪天を衝く勢いの家来がたまりかねた様子で立ち上がった。
ネコタローだ。
んん?
ネコタローが立った?
「断じて許せん!!!!」
え? え?
ネコタローがしゃべった!?