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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode80

悪役令嬢、実況する。《地獄の三人組編》

 魔王城の入り口から奥へ奥へと回廊を突き進んでいくと、中流貴族のお屋敷がすっぽり丸一つ収まるほどの大きな広間に到達した。

 普段はここで盛大なパーティーを催しているのだろう。今日も、ある意味盛大なパーティー。すでにお客様をおもてなしするために重装備の魔王軍が臨戦態勢で待ち構えてくれている。その数、ざっと見て50は下らない。


「あれは魔王親衛隊。上級悪魔の中でも選りすぐりの精鋭ぞろいだぞ」


 地獄の住人だったネコタローが端的に解説してくれる。

 一目で魔王親衛隊であることを見抜いたことといい、それに関する知識といい、ネコタローは意外と地獄の中でもそこそこのポジションにいたのかもしれない。

 それがなぜ人間世界に転移して、ただの黒猫としてワタクシに拾われることになったのか。よほどの事情があるに違いない。とはいえ興味本位で聞くべきことではないため、本人の口から語られるのを静かに待つことにしよう。

 それよりも今は魔王親衛隊との戦闘だ。これがおそらく魔王アホーボーンとのラストバトルに至る最後の関門となるだろう。


「ご主人様。ここは我ら三人にお任せください」


 最後の関門をこじ開ける役割を買って出たのは、ヒッヒ、クック、ヒャッハーの地獄の三人組だった。

 三人が三人とも覚悟を決めた表情でこちらを見つめている。その瞳には一点の曇りもない。死を覚悟した悲愴な表情ではなく、自信と誇りに満ち溢れた勇者の表情だ。


「よろしくてよ。魔王親衛隊とやらのお相手は、貴方たち三人にお任せしますわ」


「「「御意!!」」」


 さっと一礼し、魔王親衛隊に向かって一歩、また一歩とゆっくり前進する三人組。その背中は普段よりも大きく見える。そこに出会ったばかりのときの下品で粗野で貧弱だった彼らの面影はない。


「いいのか、エトランジュ?」


「何がですの?」


 ネコタローが心配そうな顔のまま続ける。


「あの三人組は元はと言えば地獄の最下層にいた悪魔だ。ヒッヒはレッサーデーモン。クックはオーク。ヒャッハーはグレムリン。いずれも知能も戦闘能力も低い種族で、お世辞にも強いとは言い難い。そんな連中が数でも能力でも勝る魔王親衛隊に太刀打ちできるとは到底思えない。無駄に戦力を消耗することになるけど、いいのか?という意味だ」


「ふふっ。ご丁寧な解説ありがとう、ネコタロー」


 ネコタローの指摘はもっともだ。

 地獄の最下層の悪魔×3 vs 魔王親衛隊×50など、ここが闘技場なら賭けも成立しない対戦カードだ。


「けど、三人組はワタクシが名付けたことで変身(メタモルフォーゼ)して真なる姿とスキルを得ましたのよ。それに加えて、我が地獄の軍団の初期メンバーとしてほぼすべての戦闘に参加してきたわけですから、かなりの経験値を積んでレベルアップしているはずですわ」


 ワタクシが闇魔法を使えたときは一人でゴリ押ししていたような気もするが、それでもパーティーメンバーとして一緒にいた三人組には多少なりとも経験値が振り分けられているに違いない。いわゆるパワーレベリングというやつだ。


「なるほど、エトランジュの言い分は理解できた。確かに地獄の最下層だった三人組も今となってはレベルアップしているだろう。ひょっとしたらヒッヒはレッサーデーモンからアークデーモンへ、クックはオークからオークキングへ、ヒャッハーはグレムリンからジャバウォックへ進化(クラスチェンジ)しているかもしれない。だとしても、だとしてもだ。15倍以上の数の魔王親衛隊を相手にするのは無謀という他ないぞ」


 進化(クラスチェンジ)――

 レベルアップを重ねていけば、そんな選択肢もあるのか。


「それでもワタクシは三人組が勝つと思いますわ」


「いいだろう、エトランジュ。では、このまま二人で実況と解説をしながら戦いの行方を見守るとしようではないか」


「ええ、望むところですわ」


 双眼鏡とイヤフォンをセットして実況と解説の準備を整える。

 ネコタローは獣人三姉妹と同じく裸眼で見えるそうなので、イグナシオ特製のネコ耳型のイヤフォンを付けている。これがまた可愛い。

 イヤフォンの向こうからはヒッヒ、クック、ヒャッハーの会話が聞こえてくる。感度は良好だ。


「まさか、僕たち三人だけで魔王様の親衛隊と戦う日が来るとは驚きですね」


「ご主人様と出会う前のボクたちだったら、親衛隊の名前を聞いただけで逃げ出しただろうね~、ひゃはっ☆」


「それがこうして怖気づくことなく立ち向かっていけるのは、ひとえにご主人様の家来として研鑽を積んできたがゆえ。吾輩、感無量であります」


 魔王親衛隊との距離を詰めていく間、三人組が昔を懐かしむように語り合う。

 そこに気負いはなく、あるのは勝利への確信だけだ。

 でもさ、これで負けたら、かなりカッコ悪いけど大丈夫なの、貴方たち?


「ボクたちがこうして肩を並べて戦っているのも、よく考えたら不思議な感じだよね~」


「ご主人様と出会う前は毎日のようにいがみ合っていましたからね。それも今となっては遠い昔のようですが」


「あの頃、吾輩たちは地獄の最下層で生き残るのに必死でありましたから。正直、自分が最下層から這い上がれるのなら、ヒッヒもヒャッハーも蹴落とすつもり満々でありました」


「実際、ボクたちに名前がなかったときは仲間意識なんてなかったしね~♪ 生きるか死ぬか、殺すか殺されるか、みたいなとこあったよね~☆」


 そんなハードな人生を送っていたとは。

 そりゃ、やさぐれもするし、地獄に堕ちてきたばかりの可憐な乙女一人に集団で絡んでくるわけだわ。

 彼らの過去をもう少し掘り下げて聞いてみたいところだが、それはまた別の物語ということにしておこう。


「僕たちは長い間、浅ましく醜い心で生きてきました。しかし、ご主人様の家来となり、仲間が増えていくにつれ、助け合い、分かち合う心を持つようになれたんです」


「さよう。ゆえに、この戦いに勝利することで吾輩たちの成長と、ご主人様への感謝を伝えるのであります」


「ひゃはっ♬ 大賛成~!!」


 うーん、そこまでハードルを上げてしまって本当に大丈夫だろうか。

 なんだったら死亡フラグにすら思える。


「いきますよ、クック、ヒャッハー!! 我らがご主人様のために!!」


「「おう!!」」


 僕たち

 吾輩たち の戦いはこれからだ――

 ボクたち




 完




 いや、終わらないですわよ?

 ちゃんと魔王親衛隊を倒してくださいな。