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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode35

悪役令嬢、値段をつけられる。

「大変です、ご主人様!」


 慌てふためいた三人組がその知らせを運んできたのは、三つの太陽が容赦なく照りつける正午のことだった。

 その知らせとは――


「ご主人様が賞金首……ですか。人の身で地獄の指名手配犯になるとは前代未聞ですね」


 開いた口がふさがらないといった表情で、三人組が持ってきた手配書に目を通すエリト。

 聞けば、人間が地獄でやりたい放題していることに激怒した魔王アホーボーンが、ワタクシの首に賞金をかけたのだという。


「……で、賞金はいくらですの?」


「地獄通貨の1000ダークだから、お姉様が住んでいたエーデルシュタイン王国通貨に換算すると約1280万エーデル。ボクが住んでいた地球だと1万USドル相当だね」


 ワタクシの隣にちょこんと座っているイグナシオが瞬時に計算する。

 さすが天才少年。我が弟かと思うと鼻が高い。

 しかし、それにしても賞金が安すぎる。ワタクシの価値を金銭に置き換えようなんてこと自体がそもそもナンセンスだけど、どうしても値段をつけるというのなら、せめて国家予算程度には設定してもらわないとローゼンブルク公爵家の沽券にかかわる。


「これはこのまま捨ておくわけにはいきませんわね……」


「ですよね? お嬢様を賞金首にするだなんて許せませんよね?」


 ぷんぷんと鼻息を荒げて拳を握りしめるスイーティア。

 いつでも殴り込みに行く準備はできていますよと言わんばかりだ。ワタクシのスイーツ専属メイドが地獄に来てからというもの、どんどん武闘派になっていく件。


「いいえ、賞金首は別に構いませんのよ。それよりも賞金が安すぎるのが納得いきませんわ。ワタクシを安い女だと見積もった地獄の魔王に、目にもの見せて差し上げねばなりませんわね。そうと決まれば善は急げ。移動要塞マカロン、発進ですわよ」


「いやいや。自分から賞金をつり上げに行ってどうするんですか」


 ワタクシの至って真っ当な主張に呆れ顔のスイーティア。

 あれれ? おかしいですわね。ここは、主を安く見られたスイーティアが一緒にぷんぷん怒ってくれる場面だと思ったのに。


「ご主人様は、おてんばとか、じゃじゃ馬とか、そんな次元を遥かに超越していますね」


「うむ、ご主人様には世紀末覇王とか、破壊王とか、そういうのが相応しいであります!」


「魔王様をやっつけて魔王殺しってのも似合いそうだよね~。ひゃっはー!」


 三人組が勝手に二つ名を増やしていく。

 世紀末覇王エトランジュ。

 破壊王エトランジュ。

 魔王殺しのエトランジュ。

 よりどりみどりだ。地獄に堕ちてからというもの、かなりのハイペースで二つ名が増えているが、どれもこれも人間世界のときよりも物騒なのは、なぜだろう?


「メイドのお嬢ちゃんから聞いたが、こんな恐ろしい姐さんに婚約者がいただなんて信じられねえよな。事実だとしたら同じ男として同情するぜ」


「あら、同情してほしいのはワタクシのほうでしてよ。ローゼンブルク公爵家を存続させるための後ろ盾になるとはいえ、一瞬でもあの第一王子と婚約していたという事実はワタクシの人生の汚点でしかありませんわ」


「王家としては、ご主人様のような危険な存在を野放しにしておくわけにはいかない。下手に刺激して敵に回すぐらいなら身内にしてしまおうと考えたのでしょうね」


 さすが参謀の地位を虎視眈々と狙うだけのことはある。エリトの推理は正しい。

 そう、ワタクシは最終人間兵器として叔母夫婦に売られたのだ。その報酬として伯爵だった叔父は公爵の爵位へ二階級特進、そしてエーデルシュタイン王国宰相の地位を手に入れた。


 反発することもできた。大暴れして王国を滅ぼすこともできただろう。しかし、それをしなかったのは両親が愛した領地と、先祖代々受け継いできたローゼンブルク公爵家を守るためだった。

 処刑され、地獄で自由を満喫している今となっては領地も伝統も空虚なものに思えるが、当時はそうではなかった。自由奔放わがまま放題に生きているように見えても、ワタクシを縛るものはあったのだ。


 王は、最終人間兵器たるワタクシを利用して世界征服などという今どき中学二年生でも夢見ないような分不相応な野望を抱いていたようだ。叔母夫婦の詐欺まがいの売り込みを信じて、その気になったのだろう。そして、ワタクシの手綱を握らせるために第一王子に白羽の矢を立てた。

 思えば、あの王子も被害者だったのかもしれない。でも、だからと言って許す気は微塵もないし、いつか1000回まわってギャフン!と言わせてやるけれど。


 ワタクシと第一王子との婚約の知らせを聞いたときのアンジェリーナの顔は今でも忘れない。目は憎しみの炎を爛々とたたえ、醜く歪んだ口から垣間見えた歯はギリギリと音を立て、拳はわなわなと怒りに震えていた。

 人はあれほどの怒りと憎しみを抱けるものなのか。

 あのとき初めて、あの子のことを恐ろしいと思った。