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エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode85

悪役令嬢、親友の言葉に感動する。

 獣人三姉妹の怒涛の口撃を無防備なまま受けていた魔王アホーボーンだったが、瞳の奥にギラリと妖しい光が灯る。

 勝利を確信して油断している我が地獄の軍団の隙を突き、一撃必殺の大逆転を狙うノーガード戦法か。

 それならそれで大いに結構。

 さて、どんな必殺技を見せてくれるのか。お手並み拝見といこう。


「おい、サキュバスの女王の娘よ! 何をボーっと酒樽みたいに突っ立っているのだ! エトランジュの首を差し出せば、魔法のやせ薬をくれてやると言ったであろう! さあ、早く俺様と助けるのだ! そしてエトランジュのやつめを殺すのだ!!」


 なんとまぁ。

 これが地獄の悪魔を束ねる魔王かと思ったら、情けなくて涙が出てきますわね。


 能ある鷹は爪を隠すということわざもあるぐらいだから、ここまで醜態をさらしてきたのは偽りの姿で、実は必殺の一撃を狙っていたものと期待していたのだが、完全に当てが外れた。魔王アホーボーンは、窮地を脱するのに自らの能力と機転ではなく、どこまでいっても他人任せの他力本願を貫く姿勢だ。

 トップたる者、確かに直接手を下したり、口を出しすぎるのはよくない。部下たちの健全な成長の妨げになるケースがままあるからだ。私自身、それに気づいてからはちゃんと仲間に任せるべきは任せ、頼るべきは頼るように心がけている。

 しかし、この魔王アホーボーンの行動は、それとはまったく本質が異なる。

 彼の場合、自分で解決する能力がないくせに、地位を利用してただやみくもに命令しているに過ぎない。典型的な無能上司だ。彼のような上司の下では人は育たず、ただ疲弊していくだけ。やがて一人、また一人と有能な人材が去っていき、そして誰もいなくなった……というバッドエンドが待ち受けている。


「魔王アホーボーンに申し上げる。わらわはもうやせようなどと思ってはおらぬ。ブタ姫と陰口を叩かれようと、酒樽とののしられようと、気にはしない。以前のわらわはサキュバスの女王の娘としての重責と、ゆくゆくは一族を率いていく宿命に圧し潰されそうな毎日を送っていた。すべてはこの生まれついてのまるまると太った身体を恥だと思っていたからじゃ。なんとかやせてみせようと努力するもまったく改善は見られず、ついには愛するスイーツを食べることをやめ、やがてスイーツを憎むようにまでなった……」


 まさに出会ったときのアリアは憎しみの塊のようだった。

 心無い家臣たちにさげすまれ、心を閉ざしてしまった彼女は、自らの身体を醜いと断じ、呪い、その原因をスイーツに求めたのだ。

 愛するスイーツを憎むことでしか怒りのやり場がなかった彼女の境遇には今思い返しても涙が出そうになる。


「しかし、わらわはエトランジュと出会って、戦って、生まれ変わった。見た目の美醜など、どうでもいい。大事なのは心だということをエトランジュが気づかせてくれたのじゃ。おかげでわらわは他人の評価など気にせず、自分が信じる道をゆくことを決意した」


 そう、アリアは生まれ変わったのだ。

 ワタクシとの一対一のタイマン勝負の果てに、「お前、やるじゃねえか」「ふっ、お前もな」「今日から俺たちはマブダチだぜ」「宿敵と書いて友と読む」「よーし、夕日に向かってダッシュだ」というわけで、お友達になったのだ。

 ん……? いや、ちょっと違ったかな? お父様の書斎にあったご本の内容と記憶が混同している? ……まあ詳細は覚えていないが、とにかくアリアとは戦いを通して仲間になったのだ。

 大切なのはその経緯ではなく結果であり、ワタクシに生涯のスイーツ友達ができたということだ。細かいことは気にしない気にしない。


「ゆえに魔王アホーボーン、そなたの命令には従わぬ。我が心は親友エトランジュとともにありじゃ」


「アリア……」


 自然と親友と呼んでくれた友の名前を口にする。

 アリアは、ワタクシにとって初めてできた友達だ。その友達が親友と言ってくれたこと。それがただただ純粋に嬉しかった。

 あれほど自らの身体的特徴を気にするあまり周囲の評価にとらわれていたアリアが、魔王を相手にこの堂々たる態度。ワタクシも親友として誇らしい。いずれアリアがサキュバスの女王として一族を率いる姿が目に浮かぶようだ。

 おっと、いけない。涙腺がゆるんできた。

 どうも仲間ができてからというもの涙もろくなった。無敵を自負してきたワタクシにとって、これは唯一の弱点になるかもしれない。気をつけねば。


「どいつもこいつも裏切り者ばかりというわけか……」


 邪気をはらんだ禍々しいオーラがゆっくりと魔王アホーボーンの全身を包んでいく。

 あら、逆ギレ?

 女の子たちに片っ端から嫌われて、ダークサイドに堕ちたのかしら?


「仕方あるまい。できれば永遠に封印しておきたかったのだが、かくなる上は地獄の魔王の闇魔法を見せてやろう。後悔するがよい、愚かな反逆者どもよ。皆殺しにしてくれるわ」