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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode53

悪役令嬢、危機一髪!!

「さて、イグナシオの坊ちゃん。この戦いをどう見る?」


「エトランジュお姉様は1ヶ月を要せずカンフーマスターである師匠から『毒蛇』の異名を与えられ、免許皆伝となった蛇拳の使い手。スピードでは優勢だと思います」


「しかしよぉ、坊ちゃん。いくらスピードがあっても、あのサキュバスのお姫さんの防御力とパワーの前じゃ無意味なんじゃねえのか?」


「そのフィジカル面のハンデを補うために技が存在するんです。柔よく剛を制す。弱き者が強き者を凌駕する。そのために先人が編み出したのが技なんです」


「なるほどねぇ。スピードとフィジカル、技と力の対決ってわけか。確かにコイツは見応えのある戦いになりそうだぜ。というわけで実況は地獄の凄腕傭兵シュワルツと――」


「エトランジュお姉様の弟にしてワルサンドロス商会会長のイグナシオがお送りいたします」


 シュワルツとイグナシオの二人は完全にこの状況を楽しみ始めている。

 我が地獄の軍団の仲間たちはもちろんのこと、サキュバス一族まで座り込んで観戦し始める始末。ケル、ベロ、スーの三人娘に至ってはスイーティアお手製のスイーツをモグモグと頬張っている。

 アリアの親衛隊たちがそれを見て物欲しそうな顔をしていることに気づいたスイーティアが、彼女たちにもスイーツをお裾分けするという大盤振る舞い。あたりは次第に宴会の様相を呈していく。そこにもはや、かつての緊張感は存在しない。


 このまま連中の見世物になるのは望むところではないが、アリアとの戦いに何とかして終止符を打たねばならない。

 やるからには先手必殺というのが、ワタクシが勝手に作ったローゼンブルク公爵家の家訓。

 そうと決めたら迷わず初手を打つべし打つべし。

 蛇が獲物に襲い掛かるがごとく、鋭くしなやかなワタクシの突きがアリアの喉元を狙う。


 ぷに。

 何この手応え?

 アリアの喉を正確にとらえたワタクシの手がズブリの肉に埋もれる。


 ぽよよーん。

 そしてゼリーのようなババロアのような不思議な弾力ではじき返される。

 何コレ?


 続けざまに師匠から教わった人体の急所と言われる急所を次々と狙う。

 天倒、霞、人中、秘中、村雨、水月、明星、電光、月影。

 ぽよん。ぷにぷに。ぽよよよーん。

 だが、そのすべてが弾き返される。

 何てことかしら、技がまったく通用しない……。

 けど、なんだか楽しくなってきた。だって、ぷにぷにして気持ちいいんですもの。


 ワタクシの攻撃を一通り受け切った後、今度はアリアが攻撃に転ずる。

 両手でワタクシを抱き締めるようにつかみかかってくる。捕まったらそこでジ・エンド。

 だが、そう簡単に捕まるワタクシではない。闘牛士のようにひらりとかわす。

 無駄だとわかっているが、ついでにアリアの脇腹に蹴りを入れてみる。

 むに。

 やっぱり効かない。そして気持ちいい。


 その瞬間、背筋が凍りつく。

 不用意な攻撃を待ち受けていたアリアが、ワタクシの美しいおみ足をむんずとつかむ。

 しまった。これを狙っていたのか。

 アリアの瞳がギラリと光る。何を仕掛けようというのか。


「あ、あれは……! 危ない、お姉様!!」


 強烈な殺気。

 何が起きるかわからないが、とにかくこれはマズい。

 ワタクシの左足を脇に抱え込んだアリアが、そのまま全身を使って勢いよくワタクシの内のお股をくぐるようにして回転する。

 マズいマズいマズい。

 このままだとワタクシの左足はねじ切れてしまう。

 とっさの判断で、アリアの回転に合わせて思いっきり前方宙返りする。そうすれば左足のねじれを無効化できるはず。一か八かの賭けだ。


 一瞬の判断と一瞬の出来事。アリアは地面に突っ伏し、ワタクシは両足で立っている。間一髪、賭けに勝ったのだ。多少左足に痛みが残っているが、ねじ切られるよりは1億倍マシだ。

 てっきりアリアは体格を活かしてフィジカルでゴリ押ししてくるものかと思ったら、こんな必殺技が飛び出してくるとは。

 あー、ビックリした。


「おいおい、坊ちゃんよ。今の技、かなりヤバかったんじゃねえのか?」


「あれは『ドラゴンスクリュー』。地球のプロレス技です。相手の片足をとって内側に勢いよくひねり、膝へのダメージを与える技です。強制的に足をねじ曲げられるので、膝、特に前十字靱帯・後十字靱帯への損傷は深刻です。エトランジュお姉様は決して肉体的に強靭なわけではありません。一方、アリア姫はパワーも体重も超絶スーパーヘビー級。下手をすれば足を在らぬ方向にねじ曲げられるところでしたよ」


「マジかよ……。このままじゃ姐さんが不利なんじゃねえのか、おい?」


「ええ、今のところ打つ手なしです。しかし、お姉様もまた普通の人間ではない。エトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢がこのまま負けるなんて、あり得ません」


 力強くワタクシの不敗を断言するイグナシオ。

 さすが我が弟。よくわかっているじゃありませんの。

 そう、ワタクシはエトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢。我が辞書に『敗北』の二文字はありませんことよ。

 と言いたいところなのだけれど……。


「うぎぎぎぎぎぎ! いだだだだだだだだだ!」


 痛い痛い痛い!

 何コレ!? 何が起きていますの!?

 はっきり言ってメチャクチャ痛いんですけど!!!?


 イグナシオが解説していたドラゴンスクリューとやらから難を逃れたと思いきや、一難去ってまた一難。何が何だかわからないうちに、あれよあれよという間に、またしても技をかけられてしまった。


「イグナシオ坊ちゃん! あの技は一体……!?」


「あれはドラゴンスクリューと同じくプロレス技の『コブラツイスト』です。その名の通り、毒蛇に締め付けられるような強烈なダメージが肩・腰を襲います。あれはドラゴンスクリューと違い、一度決まってしまったら逃れることができない極め技です」


「じゃ、じゃあ、姐さんはもう一貫の終わりってことじゃねえかよ!」


「ええ。こうなったらボクたちにできるのは祈ることだけです」


 およしなさい、縁起でもない。

 それに神に祈ったところでご利益なんてありゃしませんことよ。

 祈っている暇があるのなら頭を働かせて考えるべきだ。

 カッコ悪くてもいい、最後の最後まで諦めずに足掻き続けることだ。

 そうやって自らの努力で活路を拓くのが、ワタクシが勝手に作ったローゼンブルク公爵家の家訓……


 とカッコいいことを言ってみたところで、この痛みが和らぐわけではない。

 この痛み。マジえげつない。

 もしやこれがワタクシに与えられた地獄の刑罰なのだろうかと思うぐらい痛い。

 このままでは師いわくキングコブラ拳と名付けられたワタクシの蛇拳の完封負けだ。キングコブラ拳がコブラツイストに負けるなんて洒落にもならない。

 何とかしてこの危機を脱する方法はないものか……? むぎぎぎぎぎ。


 どこか身体の一部だけでもいいから動かせる箇所はないか。

 痛みに耐えながら、この状況下でもコントロール可能な部位が存在するかを確認してみる。

 お? 胴体は完全にホールドされてしまっているが、腕はある程度動かせるではないか。あまりの痛みに今まで気づかなかった。

 我が蛇拳の基本にして真髄は腕の動きにある。その腕が多少なりとも動かせるなら活路は拓けるかもれない。

 しかし、突き技はアリアのぽよんぽよんの肉体には無効だと先般証明されている。

 うーむ。この難局、いかに乗り越えてくれようか。


 あ!

 いいこと思いつきましたわ!

 ワタクシって、やっぱり天才。


 ――さて、ここで問題です。

 ワタクシの天才的なひらめきとは、どのようなものでしょう?