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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode38

悪役令嬢、地獄の番犬に遭遇する。

 復讐よりも地獄での暮らしを選んだワタクシの株は人気急上昇の連日ストップ高。もはや魔法を使えないことなんて誰も気に留めていないようだ。

 片やワタクシを賞金首にした地獄の魔王アホーボーンの株は連日ストップ安。人間世界から来る罪人たちの裁判と刑罰の実行が地獄本来の役割であるにも関わらず、人間世界での罪状をコピペしているだけのテキトーな仕事ぶり。魔王とは名ばかりで、能力なし、人望なし、やる気なしの三拍子が揃っているのだから支持されるはずもない。


「魔王様と言えば、ご主人様を賞金首にしたのは仕方ないとしても、地獄で起きる問題すべての責任を家来たちに押し付けているそうですよ。まったく魔王が聞いて呆れます。これでは家来がついて行くはずがありません」


 やれやれとため息を吐くヒッヒ。愁いを帯びた表情の美男子ぶりがとても絵になる。人間世界にいたら、ご令嬢方が放ってはおかないだろう。


「いやはや、ご主人様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいであります!」


 失礼な。ローゼンブルク公爵令嬢の爪に垢なんて存在しません。手足の爪のお手入れは淑女のたしなみ。地獄に来てからも欠かしていませんことよ。


「ご主人様の爪の垢……? ボクも飲みた~~~い!!」


 ……マニアックな性癖を笑顔でカミングアウトするヒャッハーのことは放置しておくとしよう。


 話を戻すと、三人組の情報では地獄の魔王アホーボーンは先代魔王の唯一の親族であり、甥っ子にあたるそうだ。

 地獄のトップが世襲制だとは驚きだ。百戦錬磨の魑魅魍魎たる地獄の悪魔たちを率いるのに、実力ではなく血筋を重んじるとは……にんともかんとも。

 これでは家来たちが不満を持つのも当然だし、地獄で平然と不正が行われているのも頷けるというものだ。いや、悪魔のことだし不正は普段から普通にやっているかもしれないが。


「ご主人様! 緊急事態発生です!」


「早く外へ出てみなよ、姐さん! とんでもねえやつのお出ましだぜ!」


 移動要塞マカロンの管制室からエリトとシュワルツの声が響いてくる。声には焦りと緊張が含まれている。おそらく、いや間違いなく敵襲と見ていいだろう。


 緊張感半分、ワクワク感半分で外に出てみると、期待を大きく上回るものが出迎えてくれた。

 漆黒の炎のように逆立った体毛に覆われた巨大な体躯は移動要塞マカロンに匹敵する。地獄の入り口のごとく開かれた口には鋭い牙がずらりと並んでいる。そして何よりも特徴的なのは三つの首だ。

 おとぎ話に聞かされた地獄の番犬がワタクシの目の前にいる。今にも嚙みつきそうな唸り声を轟かせながら。

 地獄に来てから別次元の人間世界の武器だの、鋼鉄の巨神だの、いろんなものを見てきたが、これこそザ・地獄というものだ。ようやく、ちゃんと地獄らしくなってきた。


「コイツはケルベロス。先代魔王が拾ってきた地獄の番犬だ」


 地獄の住人だったというネコタローはなかなかの情報通らしい。見た目は愛くるしい黒猫だけど、意外と歳を重ねたおじいちゃんなのかもしれない。


「エトランジュ、お前もケルベロスを家来にしたいか?」


 探るようにワタクシの顔をのぞき込むネコタロー。

 その問いの答えは、聞かれるまでもなく決まっている。


「いいえ。ワタクシにはネコタローがいるから興味ありませんわ」


「ん……」


 あら、それだけ?

 反応が薄いと思って見てみれば、黒猫なのに顔を赤くしてモジモジしている。

 あらあら可愛い。これはたまらん。


 地獄の番犬ケルベロスは魔王アホーボーンに命じられてワタクシの首を獲りに来たのだろうけど、ワタクシの首はつい先日、人間世界で胴体とお別れしたばかり。バーゲンセールじゃないのだから、そうポンポンと渡して差し上げるわけにはいかない。


 それにこれはワタクシが魔法を失ってから初めての戦闘だ。リーダーとしてのワタクシの資質が問われることになる。そう考えると、ほんの少し不安と緊張が走るが、大丈夫。望むところだ。

 ワタクシはエトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢。どんな艱難辛苦が待ち構えていようとも、たとえ魔法が使えなくとも、この頭脳とエレガントさとスイーツで乗り切ってみせますわ!!