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目次

エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode11

悪役令嬢、ムチ打ち地獄で専属メイドと再会する。

 地獄でハッピーライフをエンジョイする。

 ワタクシの第二の人生の指針は決まった。あとは必要な環境を整えるだけだ。

 必要な環境とは何か?

 それはもちろんスイーツだ。何はなくとも、まずはスイーツ。スイーツなしの人生なんて考えられない。


「こんなとき、彼女がいてくれたら……」


 専属メイドのスイーティア。

 彼女の作るスイーツは控えめに言っても極上。洋の東西を問わず、バラエティー豊富なレパートリーを毎日のように披露してくれた。そのおかげでワタクシは甘く豊かな日々を過ごすことができた。彼女のスイーツがなかったら、人生の半分も楽しめなかったに違いない。


「にゃーご」


 ネコタローの鳴き声につられてふと目をやると、悪魔たちが一人の人間に寄ってたかってムチを振るっている。


「あれは……」


 よくよく目を凝らすと、見慣れたメイド服の女性の姿が目に入る。

 なんと、あれは今まさしく会いたいと切実に願っていた専属メイドのスイーティアではないか。

 こんな奇跡ってある?


「もしかして、お知り合いですか、ご主人様?」


 まさかという表情でおずおずとヒッヒが尋ねてくる。

 そりゃそうだ。ネコタローに続いてスイーティアに出会うなんて。しかも地獄で。どんな確率だとワタクシもツッコみたくなる。

 地獄に堕ちてからというもの、なぜか幸運が続いている。日頃の行いが良かったのか、それともよっぽど地獄との相性がいいのか。

 いずれにせよ、スイーツでハッピーな第二の人生にまた一歩近づけそうだ。


「それにしても――」


 悪魔たちにムチで打たれるがままのスイーティア。抵抗するなり逃げるなりすればいいものを、ずっとムチで打たれて悶えている。

 わかったぞ。以前こっそりエッチなご本で読んだことがある。あれはSMという上級者向けのプレイだ。さすがは5歳年上のお姉さん。やるな。


「……なるほど。彼女には、ああいう性癖がありましたのね。この場は見なかったことにして、そっとして差し上げたほうがよさそうですわね」


 うむ。それが武士の情けというものであろう。


「いやいやいやいや」


 ワタクシの人情裁きに間髪入れずクックがツッコミを入れてくる。


「いやいや、違うでありますよ、ご主人様。ここはムチ打ち地獄。あれは地獄の刑罰の一つで、ムチ打ちの刑なのであります」


「あら、そうですの? ……だとすると、おかしな話ですわね」


 彼女は地獄に堕ちるような罪を犯す人間ではない。間違いなく、これは冤罪だ。

 だとすれば見過ごすわけにはいかない。断固抗議せねば。


「ちょっとお待ちなさい」


 ムチを振るう地獄の悪魔たちへ近づき、毅然とした態度で制止する。


「彼女はワタクシの専属メイドよ。今すぐ解放しなさい」


「お、お嬢様……!?」


 ワタクシのほうを見るや、スイーティアが驚きと喜びに大きく目を開く。

 この姿を見てもなお信じがたいらしく、何度も目をこすりながら二度見三度見している。


「夢でも幻でもありませんわよ、スイーティア。ワタクシが来たからには、もう安心。さあ、こっちへいらっしゃい」


「は、はい、お嬢様!」


 しかし、黙って解放してくれるほど地獄は甘くない。当然のようにムチ打ち地獄の悪魔たちが立ちはだかる。


「ま、まずいよ、主人様~。こいつらは地獄の断罪人で、地獄の責め苦を与えるのが仕事なの。邪魔したら、ご主人様までムチ打ちの刑にされちゃうよ~」


 ワタクシの腕にしがみついて震えるヒャッハーは、完全に逃げ腰だ。おおかた地獄のヒエラルキーでは、断罪人とやらが彼らよりも上位に位置するのだろう。ワタクシに名前を与えられてしたとはいえ、条件反射的にひるんでしまうようだ。


 しかし、地獄のヒエラルキーがどうあろうと関係ない。今、重要なのはワタクシの大切な専属メイドを取り戻すこと。それだけだ。

 大切なものを取り戻すのに、相手が地獄のお偉いさんだとか魔王様だとか、そんなことは一切関係ナッシングなのだ。


「ヒッヒ。クック。ヒャッハー。しっかりと胸をお張りなさい。貴方たちはこのワタクシ、エトランジュ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢の家来ですのよ」


 ワタクシの言葉に、三人組はハッとして背筋をピンと伸ばす。

 弱気に陰っていた表情に少しずつ勇気と自信の色が宿っていく。


「さあ、ワタクシのスイーツ……もとい、スイーティアを取り戻しますわよ」