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エトランジュ オーヴァーロード ~反省しない悪役令嬢、地獄に堕ちて華麗なるハッピーライフ無双~

喜多山 浪漫

episode22

小休止:悪役令嬢、地獄でグルメ紀行。《台湾ラーメン編》

 その日、地獄で迎える初めての夜。吹雪いてこそいないものの、凍てつくような風が頬を刺激する。慌てて移動要塞に退避したが、風はしのげても寒さそのものをしのぐには限界がある。


 日中は三つの太陽に照らされて、まさしく地獄の猛暑だった。しかし、日が沈むと半分に欠けた月が顔を出し、青白い光で幻想的な世界を紡ぎ出した。

 ちなみに半分に欠けた月というのは月の満ち欠けの話ではなく、物理的にバキッと割れているのだ。一体、何事があったのだろうか。想像するだけでワクワクする。

 ……と、美しい風景にうっとりできたのは、そこまで。その後まもなくして凍てつく風が襲ってきたのだ。


「地獄の寒暖差は人間世界から来たばかりのご主人様にはキツイでありましょうな。夕食の当番は吾輩クックが務めるであります。冷えた身体を温めていただきたく腕によりをかけて作りましたので、どうぞご賞味あれ」


 白いコック帽に、白いエプロン。しかし、身に着けているのはそれだけ。この寒さにもかかわらず、クックは筋骨隆々の巨躯をむき出しにしている。その昔、お父様の書斎で見つけたいけないご本で見たことがある。確かこれ、裸エプロンというやつだ。

 料理の出来に満足しているのか、クックはニッコニコだ。いろんな意味で嫌な予感しかしない。


「さあどうぞ、ご主人様。お召し上がりくださいませであります」


 そして、ドンっと目の前に置かれたのは、直径40センチはあろうかという大きな器。器の中を満たした真っ赤なスープが湯気を上げている。この時点で沁みるような強烈な香りが嗅覚を刺激してくる。

 スープの中には細めのちぢれ麺。その上には挽肉と「これでもか!」というほどの真っ赤な唐辛子がこんもりと盛り付けられている。

 うーん。やっぱりこう来たか。


「これは人気激辛料理、特製地獄台湾ラーメンであります。カレーをご賞味されるご主人様のお姿を拝見し、次の激辛料理はこれだ!と吾輩、確信していたのであります。お気に召されること請け合いであります、はい!」


 確かに人生初の激辛料理は辛かったけど美味しかった。ワタクシの味覚に新境地を切り拓いてくれた。それには感謝している。……けどね? だけどね? 立て続けに激辛料理ってどうなのよ?


「ラーメンとは、麺料理の一種であります。麺は中国と呼ばれる地域が起源でありまして、その歴史は2000年以上にのぼるそうであります」


「へー、そうですの。じゃあ、台湾というのは?」


「台湾はまた別の地域であります。そもそも台湾ラーメン発祥の地は台湾でも中国でもなく、日本という地域にある名古屋という場所でありまして――」


 うーむ。まったくもって意味不明だということだけはよくわかった。

 これ以上、クックの講釈を聞いていたら、せっかくの麺がのびてしまいそうだ。


「いただきます」


 まずはスープから。陶器製のスプーンで真っ赤な液体を一口。

 ――辛っっ!!!! わかってはいたけど、覚悟もしていたけど、メチャクチャ辛い。一口すすっただけで舌はヒリヒリとしびれ、全身から汗が噴き出す。

 これってもう、ステータス:状態異常なのでは?


 もう一口。よくよく味わってみると辛さの中にしっかりと濃厚な出汁の味がする。

 鶏がらと野菜を一緒に長時間煮込まないと、これだけのコクと味わいは出ない。辛さで味を誤魔化すことなく、むしろ辛さで旨味を引き出している。唐辛子をふんだんに使用した発酵調味料のようなものもスープに更なる深みを与えている。


 お次は麺。ちぢれ麺によくスープが絡む。

 公爵令嬢として少々抵抗はあるが、ここは思い切ってズズッと一気に麺をすすってみる。


 ズッ。ズズズッ。


 小麦の香りにもちもちした触感。初めて体験するタイプの麺だが、これはかなりいい。もちもちつるつる。喉越しも大変心地いい。

 麺が口の中にあるうちに、スープを注ぎ込む。やはり思った通りだ。麺とスープが口の中で辛さと旨味のリズムに合わせてワルツを踊りはじめた。


 こうなると挽肉にも俄然期待が集まる。

 麺で包み込むようにして挽肉を頬張ってみる。並大抵の挽肉では、この激辛スープのインパクトには対抗できまい。だが、案の定、それは杞憂に終わった。この挽肉、ちゃんと仕事がしてある。

 上質の挽肉をゴマの香りのする油で一気に強火で炒める。そうすることで肉の旨味、肉汁を逃さずに閉じ込めることができるのだ。味付けはシンプルに塩と胡椒。そこに干した輪切りの唐辛子をたっぷりとブチ込んで更に炒めれば出来上がり。

 ……挽肉の正体が何なのか気になるところだが、聞いたところで知らない生き物(たぶんモンスター)だろうし、食欲が減退する恐れがあるので聞かずにおこう。


 すでに額からは汗が滴り、全身から湯気が立ち上っているが無視を決め込む。今は目の前の料理に集中すべき時だ。

 麺をすする。スープを一口。

 挽肉をガッツリ口に放り込んでから麺をかっ込む。そこにスープを流し込んで口内に広がるを味わう。

 麺、スープ。

 スープ、麺、挽肉。

 スープ、挽肉。

 挽肉、麺。

 食べる順番次第で無限に可能性が広がっていく。


「ご主人様。少々お下品な食べ方でもよろしければ、仕上げに残ったスープに白米をダイブさせて、さらにお好みで生卵を投入するのがオススメでありますが……」


 なんと、そんな奥の手まで!?


「当然、いただきますわ」


 食い気味に、迷うことなく即答する。

 そんなの美味しいに決まっている。お下品とか、そんなの関係ない。公爵令嬢とか嫁入り前の娘とかも関係ない。うまければ、それでいいのだ。うまいは正義なのだ。


 スープに白米を入れて再加熱し、卵でとじたものを『おじや』というらしい。白米と卵という新たなキャストの登場により、また一味違うストーリーが始まった。

 白米と卵で辛さがマイルドになり、新たな旨味のハーモニーを奏でる。

 ハラショー。この食べ方を発案した方の偉業に拍手喝采。スタンディングオベーションだ。


「ふぅ……。ごちそうさま。とても美味しかったわ」


「光栄であります、ご主人様!」


 辛さも相当、量も相当なものだった。しかし、食べれば食べるほど辛さと旨味が舌と胃袋を刺激して止まらない。あれだけ寒かったのに身体がじんじんしびれるほど火照っている。随分と汗もかいたので着替えをしないと風邪を引いてしまいそうだ。早く着替えないと。


「今日は冷えますのでスープのある台湾ラーメンをご賞味いただいたでありますが、吾輩、個人的には汁なしニンニクましましの台湾まぜそばが大好物なのであります」


 何それ、聞いてない。

 台湾まぜそばとやらも、どうせ台湾が発祥じゃないんだろうけど、是非とも食してみたい。

 だが、今はその時ではない。すでに乙女にあるまじき、ぽっこりお腹がふくれるほどの超満腹なのだ。次の機会を待つとしよう。


 激辛料理の沼に自らハマりにいっていることを自覚しつつ、スイーティアに食後のデザートを頼むことにする。


「スイーティア。食後のケーキをお願いできるかしら」


 ぽっこりお腹がふくれている? 超満腹?

 それはそれ、これはこれ。

 乙女にとってスイーツは別腹なのだ。




【特製地獄台湾ラーメン】

 材料: 

 ・麺(生)

 ・謎の挽肉(お好みの肉でOK)

 ・唐辛子

 ・ニンニク

 ・しょうゆ

 ・豆板醤

 ・塩

 ・コショウ

 ・鶏がらと野菜のスープ


 ※〆のおじやは、残ったスープに白米を入れて加熱。仕上げに溶き卵を入れる。